第31話

文字数 3,168文字

 一方アメリカ合衆国においては十二月に行われた選挙人選挙の結果を話し合う両議員総会が一月早々に開かれエイミー・ディキンソンが次期大統領として正式に決定されるに至った。ディキンソンはその決定を受けて一月二十一日の大統領就任式直後に日本の総理大臣であるキャサリン青木と東京都知事福島百合子をホワイトハウスに招いて初の首脳会談を行うことを記者会見の席で発表した。この報道は日本の大手メディアでも大々的に報じられ、海外首脳からの信頼が厚い福島都知事のリコールについて、日米関係を分断しようとする勢力の工作ではないか、都民は住民投票で懸命な選択をすべきだといった意見が相次ぐこととなった。その中で東京都選管は福島都知事のリコール請求の投票を二月の第四日曜日に行うと発表した。その間も福島都知事が発表した東京都のAI行政支援システムとマザーとの統合化計画は着々と実行に移され、都政の管理は実質国のAI行政支援システムマザーの管理下で行われることとなった。その上で昨年十二月一日に東京都に住民票がある有権者の名簿が作成されリコール投票の準備が国の実質管理の下に行われる状況となったのである。
 東工大情報工学科石井琢磨教授チームが行っているリバーシブル・コンピューティングの技術を用いたAIマザーのビッグデータによる政策決定プロセスの視覚化プロジェクトは一定の成果を上げつつあった。ベータ版が試験的に導入されたのであるがそれは副産物としてハッカーなどの攻撃に対しての高度な防御システムを伴うことが分かった。リバーシブル・コンピューティングの技術は外部からの侵入による防御システムの解除に対しても有効であり、マザーのように五重に障壁を持つシステムの場合第一の障壁が破られても可逆的工程により一旦開いた障壁は瞬時に閉じることになり、侵入者はどこかのステージで永遠にさまよい外部への情報流出を妨げる結果となったのである。システムの本格的な導入にはひと月ほどの時間が必要となってくるのであるが、本格始動後には日本の行政支援AIマザーがアメリカのそれのグレート・イーグルよりもシステムの精度や保安面において先行することになり、グレート・イーグルとの連携に関して日本側が有利な立場に立てる状況となったのである。この結果をもってキャサリン青木は福島百合子と共にアメリカへと旅立ったのである。国内世論はアメリカ次期大統領の初首脳会談の相手としてキャサリン青木が選ばれたことにより青木内閣の支持率は六十パーセントを超えるものとなった。また支持率低迷で死に体の状況であった福島都知事もエイミー・ディキンソン次期大統領の支援のメッセージもあってか徐々に回復しつつあった。その状況を踏まえて、栗林最愛の保釈をネット世論に寄り添う形で認めたのである。彼女の保釈は大手配信メディアにより報道され福島都知事の支持率回復の一助となった。
 大統領就任式の翌日午前十一時からランチも入れて二時間日米首脳の会談がホワイトハウスで行われた。会談後の共同記者会見で両首脳により日米がリーダーシップをもって普遍的な価値観を共有する国々との間で統一したルールに基づく市場の構築を今後十年以内に行うことを確認する旨の発表が行われた。また日本の自衛隊と在日米軍の協力の下、東シナ海からインド洋にかけての地域の安全保障に積極的に関与していくことの確認も行われた。記者からは統一したルール下の市場における使用通貨は何を考えているかの質問に対してはディキンソン大統領により基本的にドルや円が基軸通貨であることに変わりはないが仮想通貨の割合も今後徐々に高めていきたいとの発言があった。別の記者からは日本の自衛隊が米軍の傘下になるのかの質問に対しては青木総理により、自衛隊と在日米軍は地域の平和のための共同作戦を考えているが自衛隊はあくまでも日本の総理大臣、青木の指示により行動を行うと力強く発言した。また別の記者からは統一された経済のルールとは具体的にどのような事を指すのか。個々の国の独自の経済システムや雇用習慣を尊重するのか、もしくは新たなルールを各国に強いることを考えているのかといった質問に対しては、まずは最大公約数的な通商支援AIシステムの構築を目指すといったもので具体例の提示は行われることはなかった。そしてディキンソン大統領に対して、マッコイ前大統領支持者たちがディキンソン大統領を全体主義者と呼んでいることについての見解を質問したところ、全時代主義的な非知的で一方的なレッテル針であり、論評に値しないというのがディキンソン大統領のコメントであった。また青木総理に対しても東京で反青木と反東京都知事の運動が盛んにおこなわれ独裁者といった意見が散見しているが如何との質問に対しては、エイミー・ディキンソン大統領が首脳会談での共同記者会見であるにもかかわらず福島東京都知事を自分の横に招いて記者たちに言った。
「皆さん、丁度良い質問が出たから皆さんに東京都の知事、福島百合子さんを紹介するわね。彼女は今、普遍的な価値観を共有するグローバル市場に戦争を仕掛けている前近代的なグループに対して東京で勇敢に戦っている戦士よ。私は彼女のテロには屈しない政治姿勢をしっかりと応援するつもりよ」
「皆さん、ただいま大統領にご紹介していただきました。東京都の知事、福島百合子でございます」
 福島都知事は柔らかな笑みを浮かべて目の前の大勢の記者たちをゆっくりと眺めながら話しだした。
「今、日本ではフェイクニュースによる一方的な誹謗中傷で民主主義が危機に瀕しています。私たちはそのような恫喝に対して民主的な方法で対抗していきます。ディキンソン大統領も私のそのやり方について同意していただきました。前近代的な考え方の人たちには日本が危機的な状況と思われているのかもしれませんが、私たちの目指す社会とは世界中の人たちが笑顔を絶やさずに暮らしていく社会です。そしてその笑顔を次世代、そしてその次の世代へ引き継いでいくために今、努力しているところです。テロの恫喝には決して屈することはありません。どうかフェイクニュースに惑わされずに真実を見据えたうえで報道していただければ幸いです」
 福島知事の話の後、会場の報道関係者からは大きな拍手が送られた。

 翌日の日本の朝のワイドショーではディキンソン大統領と青木総理の共同記者会見の話題でほぼ独占された形となった。それぞれの配信局のコメンテイターたちの発言もデモのグループがあたかもテロリストか過激派の集団であるかのごとき発言に終始して大統領と総理の協力を肯定的にとらえる発言がほとんどであった。それまでデモグループの擁護の発言をしていたコメンテイターまでもが手のひらを返したように青木総理支持に回ったのである。ジャーナリストの久富幸太郎は先の京都でのデモについてのコメントで各メディアから出演機会を奪われていたのであるが、このニュースにより完全復活を遂げてデモグループに対しての猛批判を行ったのであった。一人TNNの女子アナのみが八王子での知的障害者に対しての人体実験の責任問題が明らかにされていないと指摘したのだが、久富により、あれはデマであってフェイクニュースを流すなと一括される次第であった。ここにきて五代礼三率いる国際派の巻き返しが身を結びつつあったのである。その週の週末に行われた世論調査の結果では青木総理支持は七十パーセントを大きく上回り、八十に届きそうな勢いであった。また福島都知事への指示も各社軒並み五十パーセントを超えたものになり、デモグループへの賛同は次第に下火になっていったと言わざるを得ない状況であり福島東京都知事のリコールも成立する可能性は低くなったのである。
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