文字数 1,683文字

庚申(こうしん)の日は三尸(さんし)が天帝に人間の悪行を報告しに行く日である。

寿命が縮まることを恐れた人間が
身を清める日から なぜか 眠らないで過ごせば良いと解釈し
縁日が出て老若男女がただのお祭り騒ぎをする日になってしまっている。


人間は変わっていく…

人間は自分たちの都合が良いように時代によって解釈を変えていく
とても曖昧ない生き物だ。

それなのに、神様や御先には変わらない事を望む。

神様と人間が交わした約束は
時代が変わっても、
形が変わっても成し遂げられる。

だから神様は簡単には約束は交わさない。

念いが変わる人間との約束は
縁を与える事で便宜を図り
人間自身の絆の強さを見守る。


(だい)(しずか)が沈んで行く夕日を見ながら
そこに在ったはずの景色を
思い出している様に言った。

「ある日、ぱったりと彼女は姿を見せなくなったのよね…。
姿がずっと変わらない泊瀬(はつせ)をみて、時々寂しそうだった。
しかたないよね…。」

「彼女は来なくなったんじゃないよ、
逢いたくても逢えなくなったんだ(・・・・・・・・・)
しかたないよ。人間だから(・・・・・)
魔多羅(またら)様は全て見ていたんだ。」


(かずら)が逢いに来れなくなったその日
泊瀬(はつせ)は紫陽花の剪定をしていた。

紫陽花は終わった花が自然に散る事がないので、花を取り去る作業が必要だった。

次の年もきれいに花を咲かせるため
“きれいだな”と思うところに花の位置が来るように剪定していくのが大切だった。

「紫陽花もそろそろ終わりの季節か…」

色褪せてきている紫陽花が混ざっているのを見つけて
そっと触れ剪定鋏をあてた。

風が花を揺らして手に
涙の様に雨粒が伝わる…

その瞬間、
何かを感じた泊瀬(はつせ)は顔色を変えて色褪せていた紫陽花を一輪持って参道を走り
社の前まで行くと崩れるように跪いた。

そして、息が切れて言葉が上手くでないまま
何度も何度も繰り返し願いを口にした。

「オン コロコロ… シャモンダ ソワカ…
魔多羅(またら)様…お願いです…
多くは望みません。
彼女の為ではなく…私自身の欲のため…ですが…どうか…どうか…」


泊瀬(はつせ)のその願いは聞き入れられた。
何故なら
(かずら)があの日からほぼ毎日お参りをして願いをかけていた事は
泊瀬(はつせ)が願った事と同じだったからだ。


【多くは望みません…
どうか、ここに来れば必ず…逢えますように。】

それは『花守りの約束』として記され巻物は大切に保管された。

時を超えても(おも)いが残っていれば繰り返し果たされる神様との約束として。



それからというもの
その約束の時が得るのは、
不思議と紫陽花がきれいに咲く季節が多かった。




キラキラと光る木漏れ日のようなお天気雨

道案内をする様な飛び方をするハンミョウの姿を追って、
迷い込んだ魔多羅(またら)神社の参道

季節の花々が迎えるように咲き誇る

特に 紫陽花が美しく咲いている季節には、縁結びの御利益があり

御縁がある人と巡り逢える…という噂がたった。

人間が作った新しいおまじない(・・・・・)
またできた。



「噂をまいたのはアタシ(・・・)だけどね。」

(しずか)が得意げに言った

「はぁ?!(しずか)が人間に噂をまいたのか?
なんで?」

(だい)は驚いて(しずか)をみた

「いつの世も縁結びっていうおまじないは人間の大好物なのよ。
参拝者がいないと神社が寂れてしまうでしょう?」

「確かにね…
色恋沙汰はどの時代でも尽きないよね。
人間って変わらないものとか、永遠とか好きだよね…
都合よく解釈は変えるくせにな。」


(だい)(しずか)
人間が作った御祭の縁日を横目でみながら
風に揺れる紫陽花の花のなかに消えた。




― 第二章 絆とは縁と念いで出来ている? ― 完
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登場人物紹介

大(だい) / 御先


魔多利商店街と魔多羅神社そして人間界を行き来できる。

魔多羅神社にお参りに来た人間の願い事の本質を聴きわけ魔多羅さまに伝える。


直属の神様は大黒様。

鼠の姿の時はハツカネズミ。


人型は精霊の時の髪色に反映されている為白髪。

鼠の本能的に節操はないタイプ。

しかし、玄(しずか)とは同種でありなが仕事仲間のラインはまだ越えていないプラトニックな関係。


玄(しずか)/御先


大(だい)と同じく直属の神様は大黒様。

魔多利商店街と魔多羅神社、人間界を行き来できる。

お参りに来た人間の本質や過去をみて願い事を見極め魔多羅さまに伝える。


鼠の時は黒鼠

精霊の時は黒髪、赤目。

節操はないタイプだが大(だい)には興味はわかない為、今のところお互いに仕事に支障はない。


伯奇(はくき)/御先


魔多利商店街の夢屋


人間が眠っている間に見る夢をコントロールしてお告げを伝える


悪夢を奪い安らぎを与える一方で

伯奇に悪夢を見せられた人間はほぼ抜け出せない。


新月の夜に伯奇に悪夢を見せられた人間は、満月までに抜け出せないと

現実との区別がつかなくなり精神が崩壊する。

崩壊した魂は伯奇が喰らう。

使い捨ての白い手袋を欠かせない様子に潔癖症を疑われているが

それは仕事に対する完璧主義であり慎重派の姿勢の現れである。


獏(ばく)/見習い


見た目はマレーバク。


二足歩行でき人間の言葉も話せるが、夢喰いとしてはまだ見習い

故に人型の精霊姿はまだ無理。


夢屋で雑務をこなしながら修行中。


伯奇が時々くれる不必要になった夢玉は

毎日頑張っている自分へのご褒美なので

大切に時間をかけて喰らう。


白兎(はくと)/御先


魔多利商店街の薬屋


普段は月に住んでいるため

新月にやって来て満月には月に帰る。


人型の精霊の姿の時もウサ耳だけは消さない。(消せないわけではない)

フードをかぶると両耳が折れてなおり難いのが悩み。


レシピは門外不出なので

魔多利商店街には月で調合済みのものを持ってくる。

(薬のブレンドは魔多利商店街でも可能。)

その場でブレンドするセンスと能力は月の兎でトップクラス。



蛟(みずち)/御先


姿が変態する竜の一種、まだ幼生。

由緒正しき水神の系統。


人型のときの姿は小さな少年。


感情のコントロールが難しくなると(特に怒り)鱗が現れ、人の姿は維持が難しくなる。


家守(やもり)/執事


絶対服従で蛟の家系の水神を代々護ってきた。

現在は蛟(みずち)の教育係であり身の回りの世話から護衛まで任されている専属の執事。

百足(むかで)/御先


夢をコントロールしてお告げを伝える。

直属の神様は毘沙門天さま


「良い夢を正夢にする」ことで人間の願いを叶えるというのが夢喰いの伯奇とは大きく違う点。


悪夢を喰らう獏と良い夢を正夢にする百足は七福神の宝船の帆に描かれている事もある様に

魔多利商店街の

伯奇と百足が組んで動く事も多い。


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