平等の理事長

文字数 3,136文字

翌日の一般クラスは大騒ぎだった。

「おい鵜鷺風邪ひいてるじゃねぇかよ!」
「どうするんだよ下拾石!」

 鵜鷺の突然の風邪の報告。パルクールテクニックのある鵜鷺だからこそ実行できる作戦が水の泡になり、みんなが下拾石の机を囲み叫ぶ。鵜鷺のいない状態でどうやって勝つのかと。
 そんな中で下拾石は黙って目を閉じて座っている。少ししてようやく口を開いた。

「新しい作戦は今日のうちに考えておく。それにもうすぐ学年集会だ。体育館に移動するぞ」

 今日は月一で行われる学年集会の日。SSから底辺まで一年生の全クラスが集められる。基本的に連絡事項や部活の表彰、最後に校長か理事長からの話が行われる。




 体育館に移動するともうSSと選抜は並んでいた。こういうところに意識の差が現れている。一般の後に優良も来て最後に底辺がくる。
 5クラスを明確なラインで分けると良い方にSS選抜優良、悪い方に一般底辺のようになる。一般とはいえ頭はそこまで良くないし、今この場に並んでいる5列でいつまでも喋っているのは一般と底辺だけだからだ。優良以上は列を乱さず私語はほとんどない。

「よし、並んだね。じゃあ今から学年集会を始めます」

 全クラスが揃ったのを見て学年主任が司会を始める。一般と底辺が喋っているのは無視だ。

「今日はまず理事長からお話があります。では理事長どうぞ」

 今日はいつもと違って理事長からの話で始まるらしい。

「おはようみんな。今日の天気は爽やかで気持ちがいいね」

 理事長の名前は江良伊等(えらいひと)、爽やかな男で若い。きっと先代から学校を受け継いだばかりなのだろう。とりあえずこの学校で一番偉い人だ。

「まあ、私が最初に話をする理由は文房具戦争だ。君たちも知っていると思うが、特別選抜クラスと成績支援クラスが戦った。結果は特別選抜クラスの圧勝だ」

 理事長がそういうとSSはみんなニヤついて底辺を見下す。底辺はただただ下を向く。辛いことに、底にいる人間には見下す相手がいない。

「成績支援クラスの持ち点は減って休みが少なくなるだろう。君たちも分かったはずだね、文房具戦争は特別選抜クラスと選抜クラスの搾取だと」

 みんな、全クラスの生徒が目を丸くした。まさか堂々と公の場でそんなことをカミングアウトするとは思っていなかったからだ。

「ただ敢えて言おう。私の一番嫌いな言葉は『差別』。そして一番好きな言葉はこの学校の校訓でもある『平等』だ」

「平等とかよく言うぜ」

 の言葉に反応したのは多多方だ。多多方は周りに聞こえるか聞こえないかの声で言ったのだが、理事長にはそれが聞こえていた。

「多多方くん、何か言ったかな?」

「あぁ、言ったぜ」

 若くして学校をまとめ上げる力、親から引き継いだ学校だとしてもこの理事長にはカリスマ性がある。超人だ。

「今ならなかったことにしてあげるから、言いたいことを言いなさい」

 微笑みながら理事長はそう言うが、目は笑っていない。だが、そんなことでビビる多多方ではない。立ち上がって吼える

「このシステムのどこが平等だって言うんだ? 明らかに成績の悪い一般や底辺の方が不利だろうが!」

 それはまさに一般と底辺が声を上げて叫びたかったことである。多多方がそれを代表して叫びあげる。

「底辺、というのは聞き捨てならないね。公の場で言うことは決して許されない言葉だ」

「公の場だけの規制なんて意味ねえよ。それに今問題なのはそこじゃねえ。平等ってのがどういう意味なのか知りてえんだ」

 多多方はバカだがアホではない。バカで人を騙せなくて真っ直ぐな言葉を使うからこそ本質を見逃さない。

「私の掲げる平等の意味は辞書と同じ意味だよ。皆一様に等しく私は幸を与える」

「幸なんて俺たちはもらってねえよ」

「いつか私の考えが分かる日がくる。それに、勝てばいいんだ。明後日の勝負で君たちは勝てばいい」

 そこで多多方の言葉が切れる。理事長の言葉に言い返す言葉が見つからない。
無言の睨み合いが数秒続き、2人だけの空間は解放された。

「さあさあ、私の話は終わりだ。次は表彰に移ろう」

 宣言通り、理事長はさっきまでの会話がなかったように表彰を進めていく。終わる頃に多多方は学年主任から指導室に呼ばれた。理事長がなかったことにすると言っても、実際にはなかったことにならない。




 今日一日多多方は反省のためと謹慎を受け、クラスのみんなと合流したのは放課後の作戦会議前だ。

「多多方、大丈夫か? 一日中絞られたんだ。今日は帰ってもらっても......」

 下拾石が気づかうが、それを多多方は首を振って拒否する。かなり絞られた様子だ。

「じゃあ、話を進めよう」

 そう言って下拾石は学校の校舎見取り図を取り出し黒板に貼り付ける。文房具戦争毎に支給されるため使い方は自由だ。

 戦場は教師棟(職員室などがある教師専用の棟)以外の校舎全体である。

「戦法だけど、まずは足が速くて逃げやすい人たちを散策隊として相手の本拠地の場所を探してもらう。」

 いつの間に用意したのか、下拾石はみんなの簡易的な似顔絵をマグネットにしたものを黒板に貼り付けていた。

「次に撹乱隊は俺たちの本拠地が分からないように別の場所を本拠地だと思い込ませてくれ。撹乱隊には比較的運動が苦手な人を選ぶ。そして次だけど」

「ちょっといいか?」

 山内(リコーダーの奴)が手を挙げて質問する。

「俺の説明が酷すぎる気がするけど、まあいいや。散策は分かる、だけど撹乱にそんな人数を使って大丈夫なのか? 本拠地の守りもあるし......」

 つまり山内はこう言っている。攻撃はどうするのかと。

「それなら大丈夫だ。残りの俺以外のメンバーで攻撃はしてもらう」

「はぁ!?」
「そんなの本拠地に攻め込まれたら終わりじゃんかよ」
「勝つ気あるの?」

 どうもこのクラスには我慢出来ない奴が多いらしい。

「だからこその撹乱隊だ!!

 そんなクラスを鎮めるため、下拾石は大声を出して言う。

「俺達が勝つためには普通の作戦じゃダメなんだ! セオリー通りの作戦で勝てる相手だと思うか? 俺は思わない、だからこそ残りのみんなで攻撃する。散策隊も敵の本拠地を割り出せば襲撃隊に入れる」

 そこまで聞いて、立ち上がって文句を言っていたメンバーは座る。

「普通の作戦じゃダメだ。格上と戦うにはリスクも背負う必要があるし、攻撃をするなら守りを考える余裕もない。やるならゼロか百だ。俺たちはゼロのまま『負ける』のか? 違うだろ、百を出して『勝つ』んだ!!

 しん、とクラスは静まり返る。そして数秒後に拍手が巻き起こる。

「うぉぉぉぉ!!
「何か臭いけどカッコイイぞ下拾石!!
「いける! いけるよ!」

 騒がしくて我慢ができないクラスだが、希望があれば明るくなる。このクラスこそゼロか百のクラスだ。

「よし、じゃあ詳しい作戦を今から練っていこう」

「撹乱隊にもガタイの良い奴を入れて周りをうろちょろさせるといいんじゃないか? そうすれば相手も信じやすくなるだろ? 定規の一本でも持たせたらコロッと騙せるぜ」

「お、それいいな。他にもあるか?」

「じゃあさじゃあさ! そこのところをそうやって......」

 今までまとまりのなかったゼロのクラス、それが今はまとまり百になる。団結力だけならSSや選抜すらも凌ぐ。
 だがすぐに下拾石は疑うことになる。一般クラスの団結、そして裏切り者の存在を。
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