第1話

文字数 1,183文字

 夢を見る。夢の中であの人は僕に何かを伝えようとしている。しかし、僕にはその『声』が聴こえない。僕にはあの人の『声』が必要だ。分かっている。だけど僕にはその大切な『声』が届かない。そして僕はいつも浅い眠りから覚める。



 碁盤の目のようにきれいに区画整理された住宅街の一角にその規則性を崩す一区画がある。まるで昔から変わらない昭和のようなその区画の中心に小さな神社がある。かなりの昔からあるその神社の正確な建立時期はわかっていない。巨木に囲まれた鬱蒼としたその神社こそが僕の家だ。狭い境内にある古い木造平屋建ての社務所が僕の実家、つまり生活スペースである。その狭い社務所兼実家に僕は祖父と祖母、そして父と母の五人で生活している。祖父は宮司を、父は公立高校で社会科の教師を、祖母と母は専業主婦をしている。家業が普通の人とは違うけど、傍から見るとどこにでもありそうな家族なのだが、実は人から見えないところでは僕の家は異常な家族関係であった。そんな異常な関係で育った僕は人とは違う闇を抱えて生きていた。



 祖父は非常に厳しい家父長制の権化だった。家庭内では祖父は絶対権力であり、逆らえる人は誰もいなかった。そんな祖父は自分の気に入らないことをしたり言ったりしたまだ幼い僕に暴力をふるう。僕が泣いてしまうと、男のくせに泣くなと更に暴力をふるう。それが幼い頃からの僕の日常だった。そんな祖父に暴力をふるわれている僕に父と母はまるで無関心だった。父などはあたかも僕が存在しないかのように無視をし、母はただ無表情で見ているだけだった。助けてくれる人は誰もいない。だから僕は祖父の怒りに触れないように祖父を恐れて生きるようになった。祖父は絶対。絶対に反してはいけない。物心ついた時には僕は常に祖父の顔色を窺いビクビクして生きるようになっていた。それでも祖父は僕の日常生活に何かと干渉し、あいつとは友達になるなとか男ならえらくなれとか、さらに学校の成績のことや学校生活のことに至るまでとにかく何でも自分の思い通りになるように僕へとこと細かく命令する。テストの点が悪いと、男ならある程度の教養を持てと暴力が待っている。友達と遊ぶと、あいつとは付き合うなと暴力。とにかく祖父は自分の考え方に反し気に入らないと暴力。父と母は一切関与してこない。僕はまともに友達とも一緒に遊べず、一人うちに引きこもりがちな子供時代を過ごした。そんな日常を生きていると次第に僕は祖父の考え方に従うだけの空っぽの人間になっていった。だから僕には僕という自我がない。自分自身というものを持つことのできない人間になってしまった。ただ祖父の影におびえて生きている、自我というものを持たない透明な存在になっていた。そしてその結果、僕は同世代の子供たちとは違い通常の感情をあまり持ち合わせない、ひどく冷めた子供へとなっていった。
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