白蓬・Ⅱ

文字数 2,125文字

 
 月明かりの草原。

 つい先程、ジュジュとシンリィが狼と格闘していた場所だ。
 乱暴に蹴散らかされた焚火の跡を調べていたナーガが、立ち上がった。

「こんな所で野営をしたら、狼が寄って来るに決まっているじゃないか。危なっかしいなあ、もぉ」

 深緑(しんりょく)の馬を引き寄せて、長い髪を振ってナーガは舞い上がる。
「まあジュジュとシンリィなら、狼くらいは、いなせるだろうけれど」

 手綱に結ばれた山吹色のスカーフがサワサワとそよいで、この先の地面に反応を示している。
 さっき出発直前に、駆け寄ったハウスの子供に渡された物だ。

「ジュジュ兄ちゃんのもうひとつの指令。ナーガ様が捜索に行くって執務室を出たら、ダッシュで先回りして、馬繋ぎ場でこれを渡せって」

 スカーフは半分に裂かれていた。特徴のある山吹色は、ジュジュがいつも腕に巻いていた物だ。
 残りの半分は細く裂かれ、『道標(みちしるべ)の呪符』に結ばれて、これまでの道々に落としてあった。
 それのお蔭で、さして苦労せずにここまで追って来れたのだ。

 その呪符は、ナーガが十枚ほど作って執務室に常備していた物だ。
「今朝、手紙を置きに来た時に、ちょろまかして行ったんだろうな」
 そのヒトの身に付けている『大切な物』を二つに裂いて、片方を羅針盤に片方を足跡に設(しつら)える、『道標の呪符』。普段ほとんど使われずに奥にしまわれていたので、ホルズも気付かなかったんだろう。

 はぁ・・と、ナーガは息を吐いた。
 確かに全方位捜すよりは飛躍的に楽ではある。一回シンリィ捜しでヘロヘロになった所を見せちゃったから、見付けて貰う為というより、僕を気遣っての事なんだろう。
 けれど……

「何でこの呪符が奥深くしまわれていたか、ちょっとは考えればいいのに。一見便利そうな術ほど、手痛いしっぺ返しがあるんだぞ」

 前方の山麓に松明を掲げた騎馬群が見える。殺気立っているのがここからでも分かる。
 それらは分散して山を駆け登って行く。

「嫌な感じだ。麓(ふもと)だけじゃなく山全体が……とにかく嫌な感じだ」



   ***

 獣道を登り切ってフウヤは、いつも狩りで来る見知った風景に出会えてホッとした。

 月の薄い光に、三峰集落の遠景が見える。あと一息だ。

「ヤン・・」
 逃げ切っていてくれればいいんだけれど。捕まって酷い目に遭わされていたら……
 フウヤは頭をブルンと振った。やる事はひとつだ、一刻も早く三峰の大人に知らせなきゃ。

 馬は粘っこい汗をかいて項垂れている。体温も上がって多分限界が近い。
「もうちょっと頑張れない? 駄目か……」
 フウヤは下馬して手綱を引いた。少し先に湧水がある。そこで休ませよう。
 馬が回復しないようだったら、そこからは自分の足で三峰まで走ろう。

 しかし馬に水を飲ませているうち、フウヤもへたり込んで立てなくなった。
 自分の体力の限界を推し量れていなかったのだ。


「わああ――っ!」

 ――バサバサバサ――ッ――

 頭上からいきなりの騒音。
 思わず頭を抱えたフウヤの目の前を、斜めに何かが降って来た。

「痛ってえ――・・」
 草をなぎ倒してひっくり返っているのは、目の覚めるような綺麗な髪色の少年。
 年はヤンと同じくらいだけれど、種族が明らかに違う。
 離れた所に大きな草の固まり・・? と思ったら、一回転して立ち上がると馬だった。

(草の馬……)

「・ったくもう、何だっていきなり落っこちるんだ?」
 青い髪の少年は立ち上がってキョロキョロし、硬直しているフウヤと目が合った。
「驚かせてゴメン、ね、君、この辺の子? 小さい男の子見なかった? やせっぽちでボケッとした奴。はぐれちゃったんだ」

「知らない」
 フウヤは無愛想に答えた。
 このヒトは蒼の一族だ。ナーガさまに僕の居所を知られたら、また物凄い勢いで構いに来るに決まっている。押しかけて来られて、「この子を宜しく頼みます」なんて言われたら堪(たま)ったもんじゃない。
 ここは僕が自分の力で築いている僕だけの場所なんだ。

「そう、ね、ここは何ていう山?」
 少年は重ねて聞いて来た。

「…………」
「ねえ」

「……あそこの棚に集落があるでしょ、迷子を捜しているんならあそこで聞いたらいいよ。夜でも、張り番のヒトが広場に居ると思うし。貴方の馬ならひとっ飛びでしょ」
 子供の指さす向かいの山腹の集落に、少年は今気付いて、ああ、と頷いた。

「そうだね、ありがとう」
 少年は馬を引き寄せた。

「あの……」
「うん?」
「行ったらついでに、ここで僕が助けを呼んでるって伝えてくれると嬉しい」
「…………」

 一度馬に跨(またが)った少年は、鼻から息を吐いて下りて来て、フウヤの両脇に腕を回した。
「顔色が悪いからおかしいと思ってたんだ。助けて欲しい時は素直に助けて欲しいって言えよ」
「いや、助けて欲しくなんか……」
「俺が君を運んで行く方が早いだろ。君の馬もバテているみたいだから、ここで充分に休ませて、後で誰かに迎えに来させればいい」

 半ば強引に草の馬に乗せられ、フウヤは少年の馬で運ばれた。
 飛ぶのは何回目だって慣れないし嫌いだ。ヤンと変わってあげたい。

「俺、ジュジュっていうんだ、君の名前は?」
「僕は……カペラ……っていいます」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

蒼の里の次期長。幼名ナナ。

書物の知識は豊富だが、実は知らない事だらけ。

シンリィ・ファ:♂ 蒼の妖精

カワセミとユーフィの一粒種。ナーガの甥っ子。

何も欲しがらないのは、生まれながらに母親からすべてを貰っているから。

カワセミ:♂ 蒼の妖精

前の代の蒼の長だったが、放棄している。シンリィの父。

天啓のまま生きる。

ユーフィ:♀ 蒼の妖精

成長したユユ。カワセミの妻。シンリィの母。故人。

自分の生まれて来た意味を考えながら、風みたいに駆け抜けた。

ユユ:♀ 蒼の妖精

ユーフィの幼名時代。ナナ(ナーガ)の双子の妹。

天真爛漫、自由に我が道を行く子供だった、外見は。

ナナ:♂ 蒼の妖精

ナーガの幼名時代。

次期長として申し分のない、放っておいても大丈夫な子供だった、外見は。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。近々ナーガに譲る予定。

同僚達と妻をいっぺんに失くした中、災厄で被害を受けた里を立て直さねばならず、余裕がない。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

ノスリの長男。執務室の統括者。ナーガの兄貴分。

前任者が引き継ぎをしないまま災厄で全滅した執務室を、五里霧中で回す新人管理職。


エノシラ:♀ 蒼の妖精

ノスリ家の遠縁。両親を災厄で失くす。助産師見習い。

癒し系でふわふわしているが、芯は強く石のように頑固。

赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる戦神(いくさがみ)。

イイヒト呼ばわりは大嫌い。

アイスレディ:♀ 蒼の妖精

ナーガとユーフィの母。先先代の蒼の長の妹。

遠方の雪山の、風の神を祀る神殿の守り人。

ジュジュ:♂ 蒼の妖精

親兄弟すべて災厄で失くしてハウスで育つ。

身の丈に合った堅実な暮らしがしたいのに、何だかトラブルに巻き込まれる。

フウリ:♀ 風露の民

風露の職人。二胡造りの名手。ナーガの気になる相手。

狭い世界で生きている割に、視野は広い。

フウヤ:♂ 風露の民

フウリの弟。二つ年下のシンリィと、初対面でウマが合う。

自信満々なのは、自分から自信を取ったら何も残らないと知っているから。

ヤン:♂ 三峰の民

蒼の里の統括地から外れた三峰山に住む、狩猟民族の子供。父弟を災厄で失くし、母と二人暮らし。

ややナーバスな母に育てられ、嫌でもしっかりしてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み