キメ台詞

文字数 856文字

 目を開けると映画が流れていた。そうだ、私は映画館に来ていたのだ。いつの間にかウトウトしてしまっていたようだ。
 昨日もあまり寝ていないし、なにより目の前で流れているこの映画が酷くツマらない。

 チケット代を支払って観始めた映画が駄作だと感じたとき、時間の無駄だと席を立つ者と、意地でも最後まで観る者がいるが、私は後者だ。
 物書きの端くれである私にとって、駄作であっても、どこがダメなのか、光る部分はないか、と考察することが、自らの創作の糧になると考えるからだ。

 さあ、映画もクライマックスだ。
 冒頭で世界観の説明に二十分を費やしたときは「この映画は本当に終わるのか」と不安になったものだが、始まってみたらあっという間だった。主人公が突然現れた美少女と旅を始め、ダイジェストのようなあっさりとしたトラブル(ここで私は寝落ちした)を乗り越えて、主人公の兄との、因縁の対決へと差し掛かった。

真剣な表情で対峙する二人。
主人公がキメ顔で何か話しているようだが、何と言っているのかうまく聞き取れない。BGMとSEはしっかりと聞こえているから、音響の不具合というわけではなさそうだ。
私は、劇場の外にいるであろう係員に苦情を申し立てようと、席を立った。

――ゴンッ!!

 目を開けると、私の額が机にピッタリとくっついていた。
 顔を上げて周囲を見渡すと、見慣れた我が部屋であった。
 いつの間にかウトウトしてしまっていたようだ。なんだか変な夢を見ていたような気がするがハッキリと覚えていない。

 私の目の前で、青白い光を放つモニター。明日が締め切りの、ライトノベル新人賞へ応募する未完の自信作が映し出されている。
 寝落ちしている間に指がキーボードに触れていたのだろう、クライマックスシーンで主人公が放つキメ台詞の部分に意味不明なアルファベットが並んでいた。
「そうだ。ここの台詞が思い浮かばないうちに力尽きたんだったな」
 アルファベットの羅列を削除しながら、私は審査員を唸らせる名台詞を模索する。
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