フィルムカメラ

文字数 1,260文字

 屋根裏部屋の奥に仕舞われたおもちゃ箱の中からフィルムカメラを見つけた。機械式の古いカメラだ。イニシャルが入っていてどうやら父のものらしい。
(父さんカメラなんてやってたっけ?)
 父と娘、長く二人きりの生活だった家に、去年父が死んで今はわたしひとりだ。
 何本か未使用のフィルムも一緒にある。
 わたしはフィルムカメラに触るのは初めてだったけど、少し弄っていると、なんとなく仕組みが解ってきた。
 ファインダーを覗いてみる。
(なんだか自分の家じゃないみたい)
 レンズを通すと、部屋がいつもとは違って見えた。
 そうしているうちにフィルムを入れてちょっと撮ってみたくなった。
 居間、台所、玄関、トイレ、父の書斎。
 シャッターを押すと、カシャッ、とアナログな重みが指に伝わってくる。
 一本まるまる撮り切ると、今度は現像してみたい。

「古いフィルムだからね。普通に撮ったんなら真っ黒かもよ。劣化してるからかなり露光を長くするとかしないと」
 近くに住む大学生の従兄がいう。啓樹は写真が趣味だ。
「ろこう?」
「まあ現像しとくよ。明日またおいで」

 翌日の午後を待って啓樹の家に行くと彼が待っていた。
「これ誰が撮ったの? 結花が写ってるじゃん」
「あたし?」
 渡されたプリントを見るとそこには。
「知らない女の子が写ってる」
「え。これ結花じゃないの?」
「ちがうよ。あたしこんな髪型したことない」
 居間、台所、玄関、トイレ、父の書斎。
 どの写真にもおかっぱのちっちゃな女の子が写っている。女の子を被写体に狙ったというより見切れる感じで。
「座敷わらしってやつか」
 啓樹が面白がる。
「なあにどうしたの?」
 啓樹の部屋に洗濯物を抱えたまま伯母さんが入って来る。彼女はわたしから写真を受け取ると一枚一枚捲ってゆく。
「これは実花だね」
「だれ?」
 反射的にわたしが反応すると、伯母はまじまじとわたしを見つめ、ちょっと不穏な間がそこに生まれた。
「結花ちゃんのお母さんだよ。五歳くらいね」
 実花。そういえばわたしの母はそんな名前だった。
 忘れていたわけではないけど、不意に呼ばれて咄嗟にその「ミカ」という音が母のそれとは結びつかなかった。
 わたしの撮った写真に母が写ってる。背景は確かに昨日わたしが撮ったものだ。
「二重撮りかなあ」
 啓樹が呟く。
(不思議だ。ふしぎ。三十年前のママの姿だ)
 わたしはあらためて写真を見る。どの写真も無愛想な表情でなんだかふてぶてしくさえある。
 母はわたしを産んですぐいなくなった。父には子どものころにそう教えられた。
 今もどこかで生きているのだろうか。
 初めて見た母の姿は、わたしとそっくりの推定五歳のちっちゃな女の子だった。

 この不思議な出来事を、これはもしかしたら父の残した記憶かな。などと思う。
 家族同士で仲が良く、幼いころから一緒に育った父と母は一回りも歳が離れていたというから、これは高校生の父が見た風景かもしれない。あるいは高校生の彼は本当にカメラのシャッターを押したのかも。

 私の手元には、まだ数本の父の未使用フィルムがある。
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