第8話 鬼病
文字数 1,175文字
動けるようになった篠田は、その後に花本を連れて屋敷から抜け出した。彼女は側頭部を殴られて怪我をしていたが、脳震盪を起こして気を失うだけで済んでいた。
パトカーの無線で救助を呼んだ後、全てがあわただしく動き始めた。病院への搬送、長い事情聴取、しつこいマスコミの取材。
彼女の家では4つの遺体が見つかった。配達に来たスーパーの店員。返ってこないことを気にして家を訪れた店長。通報を受けてきた警察官2人。
犯人である八瀬は姿を消し、その行方は分からないままだった。山狩りが予定された者の、全く人の手が入っていない広大な原生林を前にしては、警察でも出来ることは何もなかった。
八瀬は鬼となる前に様々な手続きを済ませていたらしく、事後処理は全て弁護士や司法書士が行ってくれた。彼女の受け継いでいた資産から、被害者の遺族の他、篠田と花本にも相応の金が支払われた。
篠田は八瀬から依頼された“鬼”についてはあいまいにごまかした。何となくだが、あれを世間に出してはいけないような気がしたからだった。警察には、精巧なフェイクの鑑定依頼を受けたと伝えるにとどめた。
それが事実であり、全ての証拠と証言がそれを裏付けた。本物の鬼がいたということ以外は。
家の捜索が行われたが、例の骨は発見されなかった。篠田が返した後で処分されたか、どこかにしまわれたまま見つかっていないか、それとも彼女がどこかに持ち去ったのか。
「まあ、災難だったな」
高成は行きつけの飲み屋で篠田と顔を合わすなりにそう言った。
八瀬が姿を消してから3か月経ち、篠田はようやく普通の生活に戻ることができた。大学側は篠田を調査中に事件に巻き込まれた被害者として扱い、特に処分などは下さなかった。花本の方は、殴られる直前に見た光景は、脳震盪によってきれいに脳から弾き飛ばされており、何が起こったのかは全く覚えていなかった。
今では、修士論文のテーマを何とかしようと頑張っている。
「お前さんが依頼したあれ、結局何だったんだ」
運ばれてきたビールを半分近く飲み干して、高成は自分が行った鑑定について尋ねた。
「人骨で作られたフェイクだ。鬼の骨だとか。髪は依頼人の物だ」
「趣味悪いな。例の事件の犯人か?」
「そうだな。まあ、あまり話したくない内容になったな」
「聞いて悪かったよ。奢ってもらう予定だったけど、俺の方が奢るわ。好きに頼めよ」
物わかりの良い友人は、それきり何も聞くことはなかった。篠田はメニューを眺めたが、あまり食指が動かなかった。
「調子悪いのか?」
「あんなことがあったせいかな。最近、頭が痛くなることが多くて」
「ストレスだな。食って飲んで忘れちまえ」
「そうしようか」
篠田は無意識に額を掻いた。最近になって頭痛に加え、眉の上あたりが痒くなることが増えた。皮膚の下に、とても硬いしこりのようなものを感じた。
パトカーの無線で救助を呼んだ後、全てがあわただしく動き始めた。病院への搬送、長い事情聴取、しつこいマスコミの取材。
彼女の家では4つの遺体が見つかった。配達に来たスーパーの店員。返ってこないことを気にして家を訪れた店長。通報を受けてきた警察官2人。
犯人である八瀬は姿を消し、その行方は分からないままだった。山狩りが予定された者の、全く人の手が入っていない広大な原生林を前にしては、警察でも出来ることは何もなかった。
八瀬は鬼となる前に様々な手続きを済ませていたらしく、事後処理は全て弁護士や司法書士が行ってくれた。彼女の受け継いでいた資産から、被害者の遺族の他、篠田と花本にも相応の金が支払われた。
篠田は八瀬から依頼された“鬼”についてはあいまいにごまかした。何となくだが、あれを世間に出してはいけないような気がしたからだった。警察には、精巧なフェイクの鑑定依頼を受けたと伝えるにとどめた。
それが事実であり、全ての証拠と証言がそれを裏付けた。本物の鬼がいたということ以外は。
家の捜索が行われたが、例の骨は発見されなかった。篠田が返した後で処分されたか、どこかにしまわれたまま見つかっていないか、それとも彼女がどこかに持ち去ったのか。
「まあ、災難だったな」
高成は行きつけの飲み屋で篠田と顔を合わすなりにそう言った。
八瀬が姿を消してから3か月経ち、篠田はようやく普通の生活に戻ることができた。大学側は篠田を調査中に事件に巻き込まれた被害者として扱い、特に処分などは下さなかった。花本の方は、殴られる直前に見た光景は、脳震盪によってきれいに脳から弾き飛ばされており、何が起こったのかは全く覚えていなかった。
今では、修士論文のテーマを何とかしようと頑張っている。
「お前さんが依頼したあれ、結局何だったんだ」
運ばれてきたビールを半分近く飲み干して、高成は自分が行った鑑定について尋ねた。
「人骨で作られたフェイクだ。鬼の骨だとか。髪は依頼人の物だ」
「趣味悪いな。例の事件の犯人か?」
「そうだな。まあ、あまり話したくない内容になったな」
「聞いて悪かったよ。奢ってもらう予定だったけど、俺の方が奢るわ。好きに頼めよ」
物わかりの良い友人は、それきり何も聞くことはなかった。篠田はメニューを眺めたが、あまり食指が動かなかった。
「調子悪いのか?」
「あんなことがあったせいかな。最近、頭が痛くなることが多くて」
「ストレスだな。食って飲んで忘れちまえ」
「そうしようか」
篠田は無意識に額を掻いた。最近になって頭痛に加え、眉の上あたりが痒くなることが増えた。皮膚の下に、とても硬いしこりのようなものを感じた。