第5話 破局

文字数 2,055文字

 小学生の確か3年生の頃の話だ。
 父から、
「何故、勉強をしなくてはいけないのか?」
を教えてもらった。
 父曰く、
「今は分からないのは当たり前だが、ひょっとしたら大学生になっても、将来なにをしたいのか見つからないかも知れない」
「だからこそ、将来なりたい職業が見つかった時に選択できるように、勉強をしておくんだぞ」
「自分の将来の選択肢を沢山持てるように、これからは努力する時期なんだ」
と諭してくれたのを覚えている。
 その話に、とても納得できて勉強へのモチベーションがあがった。
 それまでも成績は良かったが、”何か目標を見つけた時のために努力する”ということを学んだため、中学受験こそしなかったが、高校は超進学校に進んだ。
 あの父の愛情溢れる言葉があったからこそ、今があると思っている。



 そして、恋愛観は母から教わった。
 それが納得でき自分の中で浸透していたため、美波を苦しませていたと分かった。
 申し訳ないという気持ちに嘘はないが、やはりブレーキが掛かってしまうのだ。
 あのクリスマスイヴの日以降、関係が少しギクシャクしてしまった。
 それでも、一緒に初詣に出掛けたし、バレンタインデーには手作りチョコレートをプレゼントしてもらった。
『とても凝っていたので、一生懸命に作ってくれたんだな』
と感激し、嬉しかった。
 ホワイトデーには、何をプレゼントして良いのか分からなかったので、思い切って美波本人に聞いてみた。
 今までもペアのキーホルダーなどをいろいろと揃えてはいたが、そういった物が良いと教えてくれたので、ショッピングデートがてら一緒に選んで購入した。
 結局はマグカップだったので、他にもと思い定番だがクッキーも買ってプレゼントした。



 そして、2年生も終わり春休みに入った。
 実際には2年になってから既にかなり勉強の時間を増やしていたが、これから本格的に集中しなくては志望校である関東都大学(かんとうどだいがく)には到底合格できない。
 そのため、美波と会って話をした。
 美波に直接、そのことを伝えるべきだと思ったからだ。
 説明したのち、
「受験は終わるまで一旦お付き合いをやめよう」
と提案した。
 が、美波は反対した。
「学校の下校くらいいいでしょ? たまには息抜きに出掛けるのは、かえっていいと思うよ」
「私も勇輝くんの勉強優先で良いから、ねぇそうしよ? 私は、少しの時間でも良いから一緒にいたいの!」
と説得してきた。
 その日は、お互い折り合いがつかず物別れとなった。
「お互い、もう一度真剣に考えて結論をだそう」
ということで解散したのだ。



 自分の中で根拠はないのだが不思議と、
『そうすべきだ。関東都大学を目指すのが、今は一番大事なことだ』
『そして美波は……多分、自分の伴侶になる相手ではない』
と思えたのだ。
『どうしても、こう、しっくりと来ないのだ。何故なんだろう』
『美波は、とても優しくていい子だ。一途に自分を想ってくれている。なんの不満があるのだ』
 そう思ったからこそ、
”別れよう”ではなく”一時的にやめよう”と提案したのだ。

 その後もRAINで毎日メッセージを送りあっていたし、電話もしていた。
 が、この話になると美波は避けた。
 そして、ずるずると日付が進み3年に進級してしまった。
 またも、美波とは同じクラスになれなかった。
 お互いガッカリしたが、決まったことにはどうしようもない。
 下校時間になると美波はいつもの合流場所である下駄箱のある出入口で自分を待っていた。
 自分を見つけた美波は走り寄ってきて、
「一緒に帰ろうね」
と言ってきた。
 どうやら、美波は自分の案を強行しようとしているようだ。
 無碍(むげ)にもできず、その日は一緒に下校した。

 その次の日もそうだった。
 自分が先に帰らないように、急いで下駄箱のある出入口に来たのだろう。
 息がまだ整っていなかった。
 やるせなかった。
 どうしても突き放すことが出来ず、その日も一緒に下校したが、途中で喫茶店に寄って、新しいクラスなどの話をした。



 そのようにして結局まるまる1週間、2年の時と変わらない状態が続いた。
 更に、ずるずるとGW直前まで来てしまったある日。
 一緒に下校し、別れ際に美波が突然泣き出した。
 びっくりして、慰めていたのだが、
「勇輝くん、私のこと嫌? 嫌いになった?」
「今もこうして優しく慰めてくれるけど、前みたいに抱きしめてくれないんだね……」
「RAINのメッセージの頻度も長くなったし、通話時間も短くなった……」
「私から、心が離れちゃった?」
と矢継ぎ早に話してきた。
「いや。嫌いになる訳がないじゃないか」
と言うと、
「キスだって、ホワイトデーを最後にしてくれてない!」
と言って泣きながら走り去ってしまった。

 後ろ姿を茫然として眺めながら、
『……』
『後を追うべきなのだろうか? いや、これで良いのかも知れない』
と、後を追わなかった。

 夜になってRAINを何度かしたが、既読にはなるが返事は返ってこなかった。
 そして次の日の下校時には、下駄箱のある出入口に美波の姿はなかった。
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