逆立ちする海神
文字数 3,378文字
小雨が当たっている。
あれだけよかった天気が、南に進むにつれ崩れていった。
ラオは『ガンマディオラ』の船長室にいる。当の船長は真上の船尾甲板だ。
やることがなくて退屈していると、ロギアに言われたのだ。
「本を読んで、もっと知識をつけろ」
今のラオは、ラドミールの常識や歴史についてはほとんど知らない。それを覚えておけば今後の役に立つだろう。
そういうわけで、彼は船長室に閉じこもって夢中で本を読んでいるのだった。
ラオは紅茶のカップを口に近づけた。
甘い香りが浮き上がってくる。
飲んでみると、ほんのりした甘みが口の中に広がった。
うんうん、と頷くラオだったが、実はよく知らなかった。
クラーケンが現れる時はいつも大荒れだったから、それを目印にして島を出てきた。なるほど、あの風雷は奴が引き起こしていたのか。
近海をクラーケンが通る時、ポドカルガス島はいつも大雨に見舞われた。
叩きつけるような大雨に息もできないほどだった。
嵐が去ったあと、砂浜に打ち上げられていた魚の腹には砂が大量に詰まっていたくらいだ。
あの嵐をクラーケンが呼び寄せているのなら、ラオが最初、思うように戦えなかったのも無理はない。
今度はロギアがいるから、自分は戦いに集中できるのだ。
シュトラは立ち上がって、壁の方へ歩いていった。
壁に背中をつけて手招きしている。
指示された通り、ラオは移動してシュトラの前に立った。
シュトラはラオより背が低い。そのため見おろす格好になった。上目づかいでラオを見つめてくる彼女は、頬をほんのりと朱に染めていた。
シュトラは、自分の顔の左側の壁を示している。
ラオにはさっぱりわけがわからなかったが、言われたからにはやるべきなのだろう。
ロギアが出て行き、船長室はまたラオ一人になった。
ロギアは本当に仲間が好きなんだな、とあらためて感じた。
シュトラがあんなにぐいぐい来るとは予想外だったが、それで彼女が幸せを感じてくれるというなら、またやってあげてもいいと思う。
それにしても。
シュトラが、ラオに言わせた言葉。
――力を貸せよ。
シュトラは、ラオが仲間の力を借りることにためらいを持っていると思っているのだろう。だから意識を切り替えさせるつもりであんなことを言わせたのかもしれない。
ラオは再び本を広げた。