第91話 善意の第三者 3 ~想いと想いのぶつけ合い~ Bパート

文字数 3,899文字


 そんな見るからに仲の良い二人をいつまでも見ていたかったのだけれど、ここからは先輩の役割だと頭を切り替える。
「あんたが他言しないって約束するんなら、今日の事はいったん

事にするけれど、どうする?」
 起き上がろうとしているとは言え、男子の上に、頭の上に立つのはいくらなんでも出来ないから、ちょっと不格好ではあるけれど、男子の足元と言うか背中に回り込んで話を持ち掛ける。
「何言ってんですか? こっちは暴力を受けた被害者ですよ」
 私がせっかく取引を持ち掛けたのに、それをフイにしようとするサッカー部後輩男子。
「足にアザも無くて証拠になりそうなものは何も無いけれどどうする? 今ならまだ、

事にはしてあげるけれど? 

の後輩さん」
 
 そして起きて地面に座り込んだ男子生徒に間違っても見られない様に二歩、いや三歩下がる。
「……証拠が無くても俺の言う事なら、だいたいの事はみんな信じてくれますよ」
 私が三歩下がったのを受けて、私の方に何て良いのか分からない視線を向けてサッカー部後輩が立ちあがる。
「それって前に言っていたもう一人の“生徒会”の人?」
 だからもう心配ないかと思って、一歩だけ男子生徒に近づく。
「そんなこと先輩に言う必要は無いですけど、今日の

は必ずしますから」
 それだけを言って唾を吐きながら立ち去るサッカー部男子。
「先輩もありがとうございましたって言いたいんですけど、なんで優珠ちゃんに言うてしもたんですか?」
 私が男子学生を見送っていると不満そうに抗議してくる御国さん。
「私も優珠希ちゃんの気持ちが分かったからだよ」
 だって私が一番初めに怒りが爆発したんだから、妹さんの気持ちが分からないなんて事になる訳がない。
「この

の見かけはこんなんだけど、中身はわたしと同類なのよ」
 私が優珠希ちゃんの気持ちを理解している間に、妹さんが御国さんを説得させようとしているけれどちょっと待って欲しい。
「私は優珠希ちゃんほど暴力的じゃないよ」
 これだけはしっかりと訂正させてもらわないといけない。
「せやかてさっきの男子相手に砂を蹴ってはりませんでしたか?」
「それはあの男子が蹴る事も会話の一部だって言ってたし――」
「――先輩。それは屁理屈言うんですよ」
 私はちゃんと理屈に沿って話をしているはずなのにどうも風向きが良くない気がする。
「だいたい。私は優珠希ちゃんみたいにスカートの中を見せる趣味も無いし」
 だからさっきのサッカー部の男子に対して頭に立つこともしなかったし、起き上がる時に三歩も下がったのだ。
 その上、男子生徒の正面からあの短いスカートであれだけ足を高く上げる事なんて、私に出来るはずがない。
 その事も含めて何としてでも妹さんほど手も足も速くないって事を御国さんに分かって貰おうとしたんだけれど、
「さっきから黙って聞いていれば、わたしの事、どうゆう目で見てんのかはよく分かったわよ。わたしと仲良くしたいってゆうのも嘘だったのね」
 どうも妹さんは別の意味に捉えたみたいだ。
「私は優珠希ちゃんに嘘はついていないし

本音で話しているだけだったけれど、駄目だった?」
 だから私の意図を内包して妹さんに伝えると
「ほんっとアンタのそうゆう所大っ嫌い――良い? 佳奈。このオンナに気を許したら駄目よ。一度でも気を許したらどんな手段を使ってでも手玉に取ろうとしてくるんだから」
 そのセリフ一つから、まさか優珠希ちゃんが私に気を許してくれていると、思っていなかったことが分かって、私は自然笑顔になる。
 本当に、本当に妹さんが珍しく失言をする。と言うか妹さんの失言を耳にするのはこれが初めてだ。
 だけれど優しくない私は、笑顔を浮かべるだけでその理由は教えてはあげない。
「はいはいそう言う事にしといてあげるわ。それよりも改めてありがとうございました。先輩が来てくれへんかったらもっとひどい事になっとったと思います」
 御国さんの笑顔と私の笑顔に対して何か言いたそうな優珠希ちゃんが、言葉を飲み込むのを見届けてから、御国さんに向き直る。
 御国さんも妹さんの意図と言うか、考えている事が分かったのか、笑顔を浮かべながら頭を下げた御国さんに頭を上げてもらって、ちょっと確認したい事をいくつか確認させてもらう事にする。

「酷い事ってもう一回改めてちゃんと確認したいんだけれど、他の部員とか顧問の先生とかは?」
 他の誰かが来ても同じように止めはすると思うのだけれど。
「全く当てにならないから顧問は駄目よ」
「どうして?」
「だって園芸に興味ないし、知識も無いもの」
 それに職員会議か何かの時に、半ば押し付けられたような事も言ってたし。と付け足す妹さん。
「じゃあ先輩や後輩は?」
「それはさっき少しだけ言うとった通り、先輩たちはほとんど来ません。それどころか昨日・今日流れてる噂もウチらが原因で『ちょっと佳奈っ』――かまへん。ウチは優珠ちゃんが悪者になるんは許せへんのや。それに岡本先輩は信用出来るって言うとったやん」
「ちょっと佳奈?! わたしの話を勝手に作らないで」
 そして思わぬ――と言う程でも無く、半分予想していた所からやっぱり“本当の話”に当たったみたいだ。
「無暗には言わないし、悪いようにもしない」
 だからこっちから先に宣言してしまう。
「部活解禁の金曜日に滅多にこうへん先輩が来て “テスト明けに何さぼってんだよ。雑草だらけじゃねーか。やる気ないならやめろ。やる気あるんなら今日中に元通りにしろ” 言うて、先輩から辺りの雑草を投げられたんです」
「何甘いゆい方してるのよ。あれは投げたんじゃなくて、投げつけた、叩きつけたってゆうのよ。それにあの時佳奈、顔に軽いケガもしたでしょ」
「その一方的な言い分に、優珠ちゃんが守ってくれたんです。ただその時にウチの顔めがけて“石”を投げてきた先輩に対して、優珠ちゃんがメチャメチャしたって言うのが真実です」
 いつの間にか手を握り合っている二人。二人の絆の強さを見る事は出来たけれど、
「それって今日と同じで正当防衛なんじゃ? それに小学生みたいに石を投げるって、一つ間違えば大怪我になるんじゃないの?」
 それが進学校の最高学年のする事なのか。情けなくてどう言って良いのか分からない。
 なのに月曜日の朝、いきなり私に被害者面をして来たのか。
「その石。大丈夫だったの?」
「幸い頬にかすっただけだったんで大丈夫でした」
 いや頬にかすったって……女の子の顔に何て事をするのか。大丈夫とかそう言う話じゃない。
「この事、知っている人は?」
「後2人だけど、誰かはゆわないわよ」
 私の質問に対して警戒心を上げたのが分かる。
「分かった。誰にも言わないし聞かないけれど、今ある噂の訂正は?」
 私にも経験があるからよく分かるけれど、こういう時には相手の意向に全部沿った方が良い。
 私の知らない事や、他人が立ち入れない事情なんかも絡んで来るのだから。
「それはお願いしたいんですけど、でもホンマの事は一切なしでお願いしたいんです。嘘を訂正する事でホンマの話が明るみになってしまうくらいなら、嘘の訂正は諦めるくらいです」
 案の定そこまでするくらいには他言しないで欲しいと言う事みたいだ。
「じゃあ最後に優珠希ちゃんに確認なんだけれど、今日の事と合わせて優希君には?」
「……わたしからお兄ちゃんに説明してからなら。アンタからこの話を振るのは辞めて。お兄ちゃんから話すまで話題に出すのは辞めて。それともちろん今日の事も同じ扱いにして」
 つまりは優希君にはいずれは言うけれど、タイミングを計るって所かな。
「分かったよ。正直に話してくれてありがとう。一旦は統括会の時にも言わないでおくから――今日は部活どうする?」
「取り敢えず雑草も綺麗になったし、優珠ちゃんと一緒に二人で少し土とお花の面倒を見て帰ります」
 手を繋いだ御国さんの返事を聞いて、二人の間に入るのは無粋だと判断する。
「分かった。じゃあ私は先に帰るけれど、また何かあったら連絡してね。優珠希ちゃんが私の連絡先を知っているから」
「ちょっとアンタ! 何で余計な事をゆうのよ」
「へぇ。やっぱり優珠ちゃんが知ってるんやね」
 あら。何かまずい事でも言っちゃったかな。
「やっぱりって何よ。お兄ちゃん絡みで仕方なくに決まってるでしょ」
「お兄ちゃんなぁ。優珠ちゃんはお兄ちゃん大好きっ子やもんな」
 そして珍しく御国さんも優珠希ちゃんをからかう。
「うるさい! さっさと始めるわよ――アンタ! この借りは高いわよ」
「ほんまに優珠ちゃんは素直やないんやから」
 二人の仲睦まじい会話を背に、私は静かに園芸部を後にする。
 そしてここで耳にした目にした、受けた事の一つ一つのかけらを繋ぎ合わせるように反芻しながら、胸に収めながら。
 そのまま昨日・今日と欠席をしている蒼ちゃんの家に、予定通り予告無しで直接足を向ける。
 ここからが私の本番だ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「あら愛美ちゃん。蒼依のお見舞いに来てくれたの?」
              親友の家に二回目の突撃
          「蒼ちゃん今痛かったんじゃないの?」
            しこりとして残り続ける腕のアザ
             「蒼依の意地にも付き合ってね」
               意地っ張りと認めた二人

            『僕は愛美さんの事、好きだから』


           92話 親友との喧嘩 ~ たゆたう心 ~
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