第1話

文字数 1,107文字

これは、わたしの大好きなエッセイ集、江國香織さんの“とるにたらないものもの”に憧れて、憧れすぎて、書いているものです。
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お菓子作りをほとんどしないわたしには、まったく必要のない道具。

でも、年ごろになった娘がどうしても欲しいというので、買うことにした。

粉ふるい、だ。

お菓子作りに興味のないわたしから、どうしてこんなにお菓子作りの好きな娘が生まれてきたのかはいまだに謎だが、とにかく娘は、思い立つとすぐにお菓子を作り始める。

粉ふるいが欲しいのには、ちゃんと理由があるらしい。

つまり、ケーキなどのお菓子の生地を作るときには、粉を細かくすればするほど、仕上がりはふぅわりとして、キメ細かくなるのだとか。

娘はカップタイプの粉ふるいを欲しがったが、わたしがそれはダメだと言った。

カップタイプの粉ふるいはカチャリカチャリと音がして、お菓子作りの甘い雰囲気を壊すし、風情がないからよくないね、と。

お菓子を作らない母親にそんなことを言われ、娘はすこし不機嫌になったが、わたしは、そこだけは譲れなかった。

粉ふるいは、あたたかな雪のように、粉がさらさらと静かに落ちる情景がみどころなのに、カチャリカチャリという音は、粉ふるいから降りそそぐ雪の静けさを、台無しにしてしまう。

そんなことを、ホームセンターのキッチン売り場の通路で説明し、娘を納得させる。そして、わたしが思い描いていた、裏ごし器タイプの粉ふるいを買うことになった。

それ以来、その粉ふるいをわたしが使ったことは1度もないけれど、粉ふるいが使われている情景を見るのが好きだ。

粉ふるいに盛られた粉たちは、軽やかにダンスをしながらだんだんと小さくなり、さらりさらりと身をかわすように網をとおりぬける。

娘が両手で動かしている粉ふるいを、少しかがんで横から見る。その位置からながめる、粉ふるいの働きが好きだ。

ふるふると左右に動くそこからは、少しだけ湿ったパウダースノーのような、小さな小さな粒子が降ってくる。その小さな粒子は、音もたてずに静かに降り積もり、ボウルの中に小さな山を作る。

そのさまは、しんしんと降りつづく雪のようなあたたかさ。

その小さな山に目をこらすと、山肌からハラハラと滑り落ちる粒子があって、わたしは、それがどこで止まるのかを予想したりする。

ふかふかのお布団のようにも見える、その小さな山。どうしても触りたい衝動に駆られ、粉の山にそぉーっと指を近づけたら、娘に手のひらをピシャリとはたかれた。

「大人なんだから、そんなことしないの。」







大人だって、そんなことをしたくなるときがあるのに。
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