や・く・そ・く

文字数 1,676文字

「うふ♪」

 雨降りの下校の道。

 琴音さんがニヤけます。

「並んで傘を差して歩くのって、ちょっと良くない?」

 同意を求められた宏和君は、ボソッと呟きました。

「傘差すのは、嫌いかな」

「えー 何でーー」

「歩き難いし、雨が鬱陶しいし」

「私が…隣にいても?」

 わざとらしく傷ついた顔をする琴音さんに 宏和君が大きくため息を付いてみせます。

「─ 琴ちゃん それは反則だから」

「エヘ♡」

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「あ。」

 前方からこちらに向かってくる傘を見て、琴音さんは声を上げました。

「見てみて!」

「─ 相合傘?」

「い~な~~」

 宏和君が、次に発せられる筈の言葉を先取りします。

「したいんだね? 琴ちゃんも」

「え?! どうして解るの!?

「…何で解らないと思う訳?」

----------

「でもなあ…」

 琴音さんが顔を顰めます。

「今、ふたりとも傘 もってるし。」

「?」

「…それで相合傘するのって 邪道じゃない!?

 経験から 琴音さんの扱いを学んでいる宏和君。

 無駄な議論をしない事方向で、話を収める事にします。

「じゃあ相合傘するのは…次に雨が降った日で、良いんじゃないかな。」

「へ?!

「僕か琴ちゃんの傘に、2人で入って帰ろう」

「─ それは、<正しい相合傘>だね。」

 納得したらしい琴音さんは、宏和君の傘に 自分の傘の端を軽くぶつけました。

「じゃあ、や・く・そ・く♫」

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「路塚宏和く~ん」

 数日後の雨が降った朝。

 教室の入口で、両手を腰に当てた真銀さんが立ちはだかります。

「私 今朝、琴に呼ばれたの」

 澱んだ微笑みに、宏和君は数歩後退しました。

「な、何で?」

「─ 学校まで、私の傘に あの子を入れて行くため」

「は?!

「自分が傘を差して登校したら、帰りに<正しい相合傘>が出来ないからって」

 先日の会話を思い出す宏和君に、真銀さんが顔を寄せます。

「<正しい相合傘>って、何?」

「琴ちゃん曰く、一方しか傘を持ってない状態の相合傘」

「…朝使った傘を、帰り置いていけば良くない?」

 頷く宏和君。

 真銀さんは、自分の顎の先を 人差し指で突きました。

「もしかして…帰りの相合傘を確実にするために、敢えて自分の傘を持っていかない選択?」

「そうかも」

「あの子は…どれだけ あなたとの相合傘が楽しみなんだか……」

 疲れた笑顔の真銀さんが、宏和君の肩を叩きます。

「確かに、気分の盛り上がったあの子が 色々おかしくなるのは、重々承知してるの」

「…」

「でも、なるべく周りに迷惑がかからない様に、あなたが善処してくれると嬉しいな。」

「りょ、了解──」

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「い~やぁ~~」

 下校時刻。

 琴音さんの絶叫が、教室に響きます。

「あ、雨がぁ~~ いつの間にか止んでるぅ~~~」

 皆の注目浴びながら、宏和君は急いで駆け寄りました。

「琴ちゃん! 落ち着いて!!

「でもぉ~~~ 相合傘がぁ~~~~」

 周りに、片手で謝るしぐさをする宏和君。

 いつもの<バカップル案件>だと納得したクラスメートは、各々の帰り支度に戻ります。

「ヒロ…どうしよう……」

 宏和君は、自分に縋り付く琴音さんの背中をさすりました。

「相合傘で、帰れば良いんじゃないかな。」

「え?! ホントに?」

「琴ちゃんが気にしないなら」

「大丈夫! 私、傘持ってきてないし。」

「…雨が降ってないのは、問題ないの?」

「うん。そんなのは、大した問題じゃないから!」

 良く解らない理屈に突っ込みたい気分の宏和君でしたが、言葉を飲み込みます。

「─ じゃあ、帰ろうか」

「うん♪」

 嬉しげに歩き出した琴音さんは、追いついた宏和君に微笑みました。

「次はちゃんと雨が降ってる時に、<正しい相合傘> しようね♡」
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