第七巻 第四章 日韓併合と大逆事件

文字数 2,718文字

〇後の満鉄路線となる部分の路線図
N「日露戦争の結果、日本はロシアから、満州に敷設した鉄道の大部分を譲渡された」

〇帝国ホテルの一室
桂太郎(首相、五十八歳)とエドワード・ヘンリー・ハリマン(米実業家、五十八歳)が会見している。
ハリマン「我が社の資本があれば、満州の鉄道は早々に近代化を進められます」
にこやかに握手する二人。

〇国会議事堂の一室
桂太郎と小村壽太郎(外相、五十一歳)が会見している。
小村「私が渡米している間に、勝手に決められては困ります」
桂「だからこうして……」
小村「満州の鉄道は、日本が鉄と血でロシアからあがなった物。アメリカの資本を入れるなど、あり得ません」
N「こうして満州経営へのハリマン(アメリカ資本)参加は流れたが、これが実現していれば、太平洋戦争は避けられたとの見方もある」

〇帝国ホテルの一室
桂太郎とウィリアム・タフト(米陸軍長官、四十九歳)が会見している。
桂「そもそも日本は、ロシアと戦争などしたくなかったのです。朝鮮が独立国の気概を持ち、清の干渉もロシアの干渉もはね付けておれば、危うい戦争などせずに済んだ」
タフト「(うなずいて)朝鮮が日本の保護国となれば、極東の情勢は安定するでしょう」
桂「同じように東南アジアの安定のためには、フィリピンがアメリカの保護国となることが必要です」
にっこりうなずいて握手する二人。
N「この桂・タフト協定によって、イギリス・ロシアに続いて、アメリカも日本の朝鮮における権益を認めた。朝鮮は国際的に『日本の物』と認められたのである」

〇大韓帝国・宮廷
高宗(大韓帝国皇帝、五十六歳)が三人の密使と相談している。
N「しかし朝鮮側は、日本の保護国とされることに同意していたわけではなかった」
高宗「頼むぞ。万国平和会議で、日本の不当な圧力を世界に向けて訴えるのだ」
うなずく三人。

〇オランダ・ハーグ、デ・ヨングホテル前
英語で書かれた、日本の朝鮮支配の不当を訴えるビラを配っている密使たち。
N「しかし彼らは会議への参加を認められず、現地でビラまきや講演会をするに留まった」

〇大韓帝国・宮廷
高宗の元に伊藤博文(統監府総督、六十七歳)がずかずかと入ってくる。
高宗「ぶ、無礼者……!」
博文「ハーグへ密使を送ったこと、聞きましたぞ」
びくっとなる高宗。
博文「皇帝としていられたのが、誰のおかげだったのか、よく思い知ることですな」
N「間もなく高宗は退位させられた」

〇ソウル・講堂
記者会見で、新聞記者たちに講演している伊藤博文(六十七歳)。
伊藤「現在のところ、韓国は日本の保護を必要としておるが、いずれは自主独立するのが、韓国の進むべき道である……」
意外そうな顔で聞いている記者たち。そこに紛れ込んだ安重根(活動家、二十九歳)
安重根(M)「騙されはせぬぞ……!」
暗い決意を固める安重根。

〇国会議事堂の一室
伊藤博文(六十九歳)・桂太郎(首相、六十二歳)・小村壽太郎(外相・五十五歳)が会談している。
桂「……朝鮮ではたびたび、反乱が起こり、鎮圧に苦労していると聞く」
小村「やはり朝鮮を併合してはどうか。国内の法律を適用できるようになれば、朝鮮経営も少しは楽になると思うのだが……」
伊藤「……少し考えさせてくれ」

〇ハルピン駅
伊藤を乗せた列車が入ってくる。
N「明治四十二(一九〇九)年十月二十六日、ハルピン駅」
列車から降りた伊藤。と、三発の銃声がして、崩れ折れる伊藤。逃げようとする安重根(三十一歳)を警備の兵士が捕らえる。
従者に助け起こされた伊藤
伊藤「(薄笑いを浮かべて)……俺を殺すとは、馬鹿な奴だ」
N「安重根による伊藤博文暗殺が決め手となり、明治四十三(一九一〇)年八月二十二日、大韓帝国は日本に併合される」

〇学校で学ぶ朝鮮の子供たち
N「日本は朝鮮の身分制度を解体し、教育を推進するなど、近代化に努めた。とはいえ、それらの政策は日本の利益となるから行われたものである。また、朝鮮の民衆が日本への併合を望んでいたわけもなく、日韓併合の傷跡は現代まで残っている」

〇赤坂区・民家の二階
孫文(中国活動家、四十歳)が、中国人革命家たちを前に気勢を挙げている。いずれも若く、身なりはみすぼらしいが、顔は希望に満ちている。
孫文「支那(中国)は近代国家に生まれ変わらなくてはならない! 近代国家とは、民族主義(漢民族の満州族からの自立)・民権主義(帝国ではなく共和国を目指す)・民生主義(経済格差の改善)を満たした国家のことである! これを『三民主義』と呼ぶ!」
意気上がる革命家たちをにこにこと見つめる宮崎滔天(国士、三十五歳)。
N「後に辛亥革命を成し遂げる孫文たちは、多くが日本に留学して学んだ」

〇南京・中華民国臨時政府議場
中華民国初代大総統就任の宣誓を行う孫文(四十七歳)。
孫文「中華民国は国民主権の国家である! 漢・満・蒙(モンゴル)・回(ウイグル)・蔵(チベット)の諸民族は、同等の権利を持つ!」
会場の議員たちが沸く。
N「しかしこの気高い理想ははかなかった」

〇軍服の袁世凱(五十四歳)
N「自分たちの軍隊を持たなかった革命政府は、清国の軍人で、革命に協力した袁世凱に抵抗できなかった。袁世凱は自ら臨時大総統に就任、中国各地は軍閥と呼ばれる軍人たちが実力で支配する有り様となり、国民主権も近代化もかなわぬまま、中華民国はかたちだけ存続し続けた」

〇幸徳秋水(青年)・片山潜(青年)
N「明治後半には、社会主義が日本にも入ってきて、政府の監視を受けながらも活動がはじまった」

〇長野県・明科製材所近くの山林
宮下太吉(アナキスト、三十六歳)らが手製の爆弾を投げ、
太吉「伏せろ!」
爆弾が見事に小さな爆発を起こす。太吉、笑って
太吉「この爆弾を明治天皇に投げつけたら、どれだけ気が晴れることか!」
笑い合う一同。
N「明治末、社会主義運動は拡大し、過激な行動に出る者たちもいた。とはいえ、この爆弾製造が、どの程度本気だったのかは明らかでない」

〇法廷
被告席に立つ幸徳秋水(ジャーナリスト、四十歳)。
裁判長「被告に死刑を申し渡す!」
秋水、動揺を見せずに裁判長を見返し、
秋水「一人の証人調べもせず判決を下すとは……暗黒な公判を恥じよ!」
目をそらす裁判長。
N「しかしこの爆弾製造を口実に、社会主義者の大量検挙・処刑が行われた。これを『大逆事件』と呼び、日本の社会主義運動は、しばらくの間停滞を余儀なくされる」

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