第38話 チーム結成……?

文字数 2,453文字

「と、いうわけで、拙者たちも出場してみぬか?」

 山口県リレー サイクル・チャンピオンシップの広告を持ってきたユイは、いつものメンバーに声をかけていた。

「優勝賞金……100万円」

 目を大きく見開くのは、痴漢に襲われたときの骨折がまだ癒えないイア。
 眼鏡に三つ編み、そしてそばかすの目立つ、ステレオタイプの図書委員みたいな子。こう見えて、ユイと一緒に30キロメートルも離れた海まで、自転車で遊びにいった事もある少女だ。

「おお、100万か。そんだけあったら美味しいもん食い放題だな」

 目を輝かせて飛びついてきたのは、体育会系のアミ。
 陸上部と水泳部を掛け持ちする彼女もまた、ユイと一緒に30キロ離れた海から自転車で帰って来たほどの体力がある。日焼けした小麦色の肌と、眩しいほど素直な食欲は、もしかしたらこの大会にふさわしいのかもしれない。

「私はパスよ。知っての通り、あまり健康的とは言えない身体なの。ごめんなさいね」

 明確に断ったのは、お嬢様育ちのカオリだ。
 彼女にとっての100万は、他の人たちとはずいぶん違う価値なのだろう。大した驚きもない彼女は、いつものように柔らかな笑みを浮かべている。まあ、実際に病弱であるのも確かなのだが。

「むぅ……ダメでござるか」

「あ、私も、怪我が治るかどうかくらいの感じだから、ちょっと出場できないかも。ごめんね」

「イア殿もでござるか。……いや、拙者も何も考えずに持ってきてしまった。すまぬ。忘れてほしいでござる」

 ユイが目に見えてガッカリと肩を落とす。そんなユイの肩を、アミだけが優しくたたいた。

「アタシは出たいな。面白そうだし、賞金の山分けにも興味があるからさ。えーと……おお、出場するには4人のメンバーが欲しいのか。これって男女混合なの?」

「うむ。以前開催された本家に倣って、男子の部や女子の部といった区分けをしないらしいのでござる。……もっとも、男子がチーム内にいた場合は、一人につき1リットルのペットボトルを重りとして搭載するルールがあるでござるけどな」

 と、ユイは説明を付け加えた。チラシの端の方にも備考として書かれている内容だ。


 自転車において、男女差があるか無いかというのは、かなり不明なところが多い。
 一見すると力の強い男性の方が重いギアを漕げる都合で強いように語られるが、実は女性の方がしなやかにペダルを回せるとか、体重が軽い分有利になるといった可能性も示唆されていた。
 事実、自転車の最高時速でギネス記録を持っているのは女性だったりする。もちろんこの記録に男性も挑戦しているのだが、その女性ライダーの記録は未だに塗り替えられていない。
 ――のだが、今大会では暫定的に、『女性の方が不利だから男性にハンデをつける』という形をとるようだ。それが……


「チーム内で男性が一人いるごとに、1リットルのペットボトルを携行するハンデをつける……これって、男性が乗るときは1リットルの重りをつけるって事か?」

「いや、そうではござらぬよ。『男性一人につき、チーム内で1リットルの重りを背負う』のでござる。つまり、男性2人と女性2人の場合、そのチームの4人全員が2リットルの重りをつけるのでござる」

「……つまり、男性ばかりのチームの場合、常に4リットルもの重りを積むのか」

「うむ。ちなみに女性が一人で男性が三人の場合、女性も3リットルの重りを積んで走るのでござるな。……これ、本当に公平とは思い難いでござるよ」

 と、ユイが呆れたように肩をすくめる。それも一瞬のことで、次の瞬間には悪戯っぽい笑顔に変わっていた。

「なので、このビハインドを利用して、拙者たちは女子4人。ゼロリットルで出場したら有利になるのではないかと考えたのでござる」

「なるほど。たしかにアタシでも、1リットルも背負った男子に負ける気はしないもんな。ましてユイなら同じハンデを背負っても男子より速いだろ」

「そう! そうなのでござるよ。だから拙者たちで――と思ったのでござるが……」

「アタシとユイで出場するとして、残りの二人に当てがない。と」

「そういうことでござる」

 勝利を確信した笑みから一転、二人はしおしおと表情を崩す。本当に感情が顔に出やすい二人である。

「……こうなりゃ、もう男子でもいいだろ。意地でもチーム結成して、大会に出場しようぜ」

 アミが言った。その目には、なにやら強い意志が宿っている。おそらく食欲か何かだ。

「むぅ。それなら、誰にするでござる?」

「このさい誰でもいいよ。ユイがママチャリ乗ったら、誰も追い付けないだろ。おーい、与次郎! それからついでに九条!」

 本当に誰でもよさげに、アミは二人に声をかけた。

「おー? どーしたのー、あみちゃーん」

「……はて? 何やら呼ばれたような気がしたが、気のせいか」

「気のせいじゃないよ。アタシの話を聞けって。九条にもメリットがある話だからさ」

「は?」

 ユイには聞こえないように、アミは何やら二人に耳打ちをする。その様子をユイは不思議な目で見ていたが、カオリとイアは何やら納得したように頷いていた。
 そして、与次郎が九条を睨んでからユイに視線を切り替え、九条はあからさまにユイから視線を外す。と、二人ともそれぞれのリアクションをしたうえで……

「よーし、やろーか。そのレース、ぼくも出場するよー」

「仕方ない。俺も力を貸そう。賞金は山分けでいいな?」

 なぜか、二人とも出場に興味を示していた。

「え、えっと……いいのでござるか?」

 ユイが訊くと、二人は……いや、それどころかアミやカオリ、イアまで含めた全員が、意味深に頷く。

「むー。何やら、拙者だけどこかで蚊帳の外にされている気がするでござるが……」

「いや、むしろお前が蚊帳の中心だよ。アタシらが外さ」

「隔離されていることに変わりはないでござるよ!?

「それが大違いなんだって」

 アミは強めにそう言うが、ユイは何だか釈然としなかった。
 とはいえ、これで一応チームは完成したのだ。
 ここから、レースに向けた練習が始まる。
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