文字数 1,685文字

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 悪魔は存在する。
 紅い悪魔・大槻弥生。
 それは悪魔であり、ボクにとっては悪夢を植え付けた存在だった。
 あの紅い悪魔はただそこにいるだけで、ボクを血に染めた。
 都合のいい風説……噂。
 周囲の感情のコントロールに長けた弥生は、ボクが生まれた時からボクを支配していた。
 近所の悪いお姉さん。
 今では立派な上級生だ。
 周囲にそう思わせている、という点で。
 ボクは嘘つきに育ったし、嘘つきは死んでいいと、紅い悪魔は自分に都合のいいエピソードにそれを作り替えて、ボクをみんなの生贄にするのに成功した。
 冷めない悪夢は、あの夏の残像。
ある日の、どろどろに溶けていく意識の中で視た弥生の勝ち誇った顔。



「やーい。嘘つきのまりんー。お前なんか死んじゃえー」
 ボクは、泣く。
 まりん、と名前を呼ばれるだけでそれは「死ね」という言葉とセットになっていて、苦しかった。
 幼少期にすでに呪われていたのかもしれない。
 ボクは嘘ばかりを吐き出す存在になっていた。
「おいで、まりん。お姉さんと、楽しく、遊ぼ」
 悪魔は囁く。
 風説をまき散らしみんなに「死ね」と言わせていたのは彼女かもしれず、でもそんなことはわからなくて。



 蒸し暑い夏。

 弥生の部屋。
 窓は開いていて、蚊よけの線香が煙っている網戸と、かかっているすだれと風鈴。
 回る扇風機。

 真昼の晴天。

 なんでこの部屋は冷房をつけないんだろう。
 弥生は汗ばむボクの身体を舐め、ボクも弥生の身体を舐め、溶けた。
 冷房をつけないのは汗ばむのを弥生が楽しむためだったのかもしれない。
 汗のにおいにくらくらする。
 くらくらした先、死はそこにあった。
 あの日、ボクは一回死んだに違いない。
 弥生にとっては、誰とでもよくあるような行為で、ボクにとっては、それ以降何度も眩暈を起こす原因になった、それは死としか言いようがない出来事で。


「言葉の扱いが下手なアンタは……いつかネズミに噛まれて全部奪われるわ、全部を、ね」
「ネズミって?」
「そこら中にいる、ネズミのことよ」


 ちぐはぐだった。
 ボクの身体をいいようにして、それは撮られていて。
 ネズミがたかるようにして、ボクは完全に死を迎えた。
 言葉が扱えなくて、なにも言えなくて。

 その行為は、撮られていて。

 撮られていたその出来事が風説になって、空に飛ぶように伝播していくのに時間はかからず、そしてそれは黙殺された。見なかったことにして、見ていて、ボクを追い詰めていって。
 両親になんとか言おうと頑張ったその日、紅い悪魔は悪い魔法少女になって、ボクの両親を殺した。
 安っぽい話だ、と誰かが言う。
 話しても、言葉が扱えないボクが言うと「説明調の、誇大妄想」と、一笑に付される。
 黙るしかなかった。
「小さい人間だねぇ」
 悪魔の口が大きく横に開く。

 口の中が呪詛でいっぱいだ。

 小さい。
 ボクは小さい人間なのだ。
 だから、死んだ。
 死んだら、迎えが来た。

「安い言葉。安いストーリーね。本当に。アンタには、それがお似合いだけど」

 ボクは魔法少女になっていた。
「朝、目覚めたら魔法少女になっていた」なんて笑える。
 魔法少女に殺されたボクの魂は魔法少女の魂と入れ替わった。ボクに、魔法少女の血液が流れ始めたのだ。
 ギャグにすらならない。
 実際はすこしくらいのエピソードはあるけれども、それでも陳腐で残酷なおとぎ話としての、魔法少女の誕生譚。
 ボクは、生きているのか死んでいるのかも不明なまま、生きる。

「残念ねぇ。完全には死ねなくて」

 今は羽根月学園の高等部に通いながら、魔法少女をしている。
 ボクへの悪口は絶えない。
 絶えるわけがない。
 今日もボクは学園に通って、今日も一般生徒に紛れて部活に赴く。
 ボクを魔法少女にした、大槻弥生という魔法少女と同じ学園に通い、勉強して、そして魔法少女という魔法使いとして戦う。



 
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