文字数 2,179文字

こぽこぽこぽ…と水槽のエアレーションの音と
アクアリウムの大きな水槽や、小さな生き物が一匹しか入らないような水槽の照明が
間接照明の様に暗い部屋を心地の良い空間にしている。

ビクトリア朝の服装に半ズボンから見える鱗がある足は
スチームパンクの衣装を着させられた少年の人形の様。

 (みずち)は「翼」のようにとがった端が出た結び方のネクタイを
白髪をオールバックにした執事の家守(やもり)に整えられていた。

(みずち)様…」

「僕は嫌だよ。」

全く聞く耳を持たないと言う様に
(みずち)は間髪入れず言った。

「僕は【清姫伝説】で言えば清姫の味方だからね?
その場しのぎの“約束”をして裏切った人間が悪いんだ。
言葉通りの願いを叶えてあげたらいいじゃん?
それなら頑張るよ?」

絵巻のような色合いの古い絵本が、ページが風にめくられていくように開いた
そこには(みずち)の言う“清姫伝説”の話があった。

― 清姫伝説
 昔々、清姫という少女が僧の安珍にひと目惚れをしました。
しかし安珍は僧の身。可愛らしい清姫に嫌とは思わないが迫られても困るので
その気もないのに
「参詣をすませたら、きっともう一度もどってまいります。きっと。」
と嘘をついて去ってしまうのです。

しかし、指折り数えても安珍はもどってきません。
安珍は清姫を避けて別の道で行ってしまったのです。
「裏切られた?約束を破って…素通り…?」
騙され裏切られた事を知り、激怒した清姫は安珍を追って走り続けました。
草履は擦り切れ足からは血が流れだしました。
やっとの思いで安珍をみつけた清姫は
「安珍さま、安珍さま!!」
と叫びました。

その姿は可愛らしかった清姫とは違い
鬼女のような狂騒でせまってきます。
安珍は思わず
「ひ…人違いだ!安珍ではない、違う。」
と叫び呪文を唱え必死に逃げて行ってしまいました。

呪文で目がくらんだ清姫は、安珍を見失いかけ悲哀で
「誰か、船をだしてください!!私を向こう岸まで渡してください!!」
と右往左往しながら叫びましたが
誰一人、答えてはくれませんでした。

「悔しい…悔しい…”人違いだ、安珍ではない”と逃げていくなんて…
卑怯者!どこまでも、どこまでも追いかけてみせようぞ。」
と裏切られた悔しさで、清姫の身体から怒りの炎が燃え立ちました。

川に飛び込んだ清姫は全身、蛇に変わっていきました。
清姫は無我夢中で安珍を追いました。

安珍は道成寺に「助けてください!」と救いを求めると
寺の僧たちが重い釣り鐘を下ろしその中に安珍を隠しました。

道成寺の本堂をのたうち廻りながら安珍を探し続け、ついに鐘に逃げ隠れたた安珍に気づきました。

大蛇になった清姫は鐘に身体を巻き付けて、尾で鐘を打ち叩き、口から炎を吐き続けました。
打ち続けられる鐘の音と轟々と燃える炎に僧たちは震えあがりました。

安珍を炎で鐘ごと焼き殺し血の様な涙を滴らせた清姫。
焼けただれた鐘と、燃え尽きた安珍の亡骸だけをのこして消えてしまいました。

―安珍・清姫伝説より ―




黒い生地の着物に紅い飾り紐。
それと同じ【ご縁を結ぶ】意味をもつ“梅結び”の髪飾りが
烏濡羽色の髪を艶やかにしている。
百足(むかで)は真っ赤な長い爪の小指で紅をさしながらため息をついて

「本当、(みずち)は子供なんだから…。
でも今回の人間は男性よ?清姫とは少し事情が違うでしょう?」

と呆れたように言った。

「子供っていうな!!
清姫とは違うのは解っているよ?
ほんの少しでも、愛し合っていた時間があったのなら
安珍よりも酷い裏切り、重罪だと僕は思うけど。
とにかく、僕は祈った人間の言霊を重視してやりたいんだよ。」

家守(やもり)が跪くと巻物を蛟に差し出した
(みずち)

「なんで?
なんで、裏切られた人間が傷ついて壊れた心で
それでも交わした約束を守ろうとしたら
それは“呪い”扱いなの?」

と不満そうに、けれども巻物を強い意志を持って受け取った。

魔多羅(またら)さまの言寄(ことよ)さしには【縁切り】とあった。
水槽で飼っていいなら、人間の魂ごと捕まえるのに…。」

何も入っていないエアレーションだけをしている幾つかの小さな水槽を
(みずち)はジッと見つめた。

「自殺も人殺しも同じよ。
この人間はその両方を魔多羅さまに願ったの。
解るでしょ?(みずち)がやらなければいけない理由が。
そして私がサポートに選ばれた理由も。」

(みずち)は不可解な顔をして

「解らないよ。
なんで、伯奇(はくき)百足(むかで)じゃないの?」

家守(やもり)(みずち)にハット帽を手渡し

(みずち)様…参りましょう。」

とドアを開けて待っている。
(みずち)は渋々歩き出しドアの前で立ち止まり
ゆっくり振り返った。

百足(むかで)…邪魔をしたら許さないよ?」

ゾクッとするような霊気を感じた百足(むかで)

「仰せのままに…。」

と深く頭を下げた。

≪幼生といっても流石、龍神さまね…。≫

(みずち)がドアを出るのを待って
後ろからついていく形で服従を示した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

大(だい) / 御先


魔多利商店街と魔多羅神社そして人間界を行き来できる。

魔多羅神社にお参りに来た人間の願い事の本質を聴きわけ魔多羅さまに伝える。


直属の神様は大黒様。

鼠の姿の時はハツカネズミ。


人型は精霊の時の髪色に反映されている為白髪。

鼠の本能的に節操はないタイプ。

しかし、玄(しずか)とは同種でありなが仕事仲間のラインはまだ越えていないプラトニックな関係。


玄(しずか)/御先


大(だい)と同じく直属の神様は大黒様。

魔多利商店街と魔多羅神社、人間界を行き来できる。

お参りに来た人間の本質や過去をみて願い事を見極め魔多羅さまに伝える。


鼠の時は黒鼠

精霊の時は黒髪、赤目。

節操はないタイプだが大(だい)には興味はわかない為、今のところお互いに仕事に支障はない。


伯奇(はくき)/御先


魔多利商店街の夢屋


人間が眠っている間に見る夢をコントロールしてお告げを伝える


悪夢を奪い安らぎを与える一方で

伯奇に悪夢を見せられた人間はほぼ抜け出せない。


新月の夜に伯奇に悪夢を見せられた人間は、満月までに抜け出せないと

現実との区別がつかなくなり精神が崩壊する。

崩壊した魂は伯奇が喰らう。

使い捨ての白い手袋を欠かせない様子に潔癖症を疑われているが

それは仕事に対する完璧主義であり慎重派の姿勢の現れである。


獏(ばく)/見習い


見た目はマレーバク。


二足歩行でき人間の言葉も話せるが、夢喰いとしてはまだ見習い

故に人型の精霊姿はまだ無理。


夢屋で雑務をこなしながら修行中。


伯奇が時々くれる不必要になった夢玉は

毎日頑張っている自分へのご褒美なので

大切に時間をかけて喰らう。


白兎(はくと)/御先


魔多利商店街の薬屋


普段は月に住んでいるため

新月にやって来て満月には月に帰る。


人型の精霊の姿の時もウサ耳だけは消さない。(消せないわけではない)

フードをかぶると両耳が折れてなおり難いのが悩み。


レシピは門外不出なので

魔多利商店街には月で調合済みのものを持ってくる。

(薬のブレンドは魔多利商店街でも可能。)

その場でブレンドするセンスと能力は月の兎でトップクラス。



蛟(みずち)/御先


姿が変態する竜の一種、まだ幼生。

由緒正しき水神の系統。


人型のときの姿は小さな少年。


感情のコントロールが難しくなると(特に怒り)鱗が現れ、人の姿は維持が難しくなる。


家守(やもり)/執事


絶対服従で蛟の家系の水神を代々護ってきた。

現在は蛟(みずち)の教育係であり身の回りの世話から護衛まで任されている専属の執事。

百足(むかで)/御先


夢をコントロールしてお告げを伝える。

直属の神様は毘沙門天さま


「良い夢を正夢にする」ことで人間の願いを叶えるというのが夢喰いの伯奇とは大きく違う点。


悪夢を喰らう獏と良い夢を正夢にする百足は七福神の宝船の帆に描かれている事もある様に

魔多利商店街の

伯奇と百足が組んで動く事も多い。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み