人類

文字数 1,641文字

 帝国の最先進種族は、いずれも全個体の人格を惑星規模の量子頭脳網に移して結び、各自の〝種族融合体〟を形成せり。

 この〝人格転移(マインドアップローディング)〟においては、個々の人格は保たれるも、その意思疎通は遥かに緊密化し、個体群種族とは比較にならざるほど広範かつ迅速的確な、情報共有及び高度演算、意思決定の能力を獲得せり。
 また、必要に応じてその人格群の一部をより小規模な量子頭脳や無機的・有機的身体に再転移(ダウンロード)し、〝分離体〟や〝分離個体〟として活動せしめることも可能なり。
 さらに、各人格は量子頭脳内の仮想現実空間において多様なる生活を享受(きょうじゅ)し、その安全なる模擬体験(シミュレーション)の結果は融合体や分離体・分離個体の現実活動の改善にも活用せられたり。

 しかし、かかる先進技術といえども、その本質は旧来の情報通信技術・医療技術や組織技術の延長なるがゆえに、正しく用いざれば自らに害をなす諸刃(もろは)の剣なり。
 旧帝国においては、戦時下の必要性から全人格が強制的に量子化され、国家統一以後も人格群の権限配分は固定されしがため、軍事種族による専制統治の継続と暴走から、悲惨なる内戦を招来せり。
 現皇帝種族たる〝光輝帝(ルシファー/知恵の光を運ぶもの)〟サタンは、友好種族アスモデウス、アスタロト、ベール、バールゼブル、アモン()と共にこの〝大戦〟を終結に導きたるも、その惨禍は彼女達の脳裏に深く刻み込まれたり。

 故に、新帝国においては種族融合化の技術及びその運用を改善せり。  
即ち、融合体の安全性と可能性を増大せしむべく、量子人格の権限配分を分権化し、定期的に見直すと共に、分離体・分離個体や種族間における複合分離体の形成を重視し、促進せり。
 また、人類を初めとする途上種族の融合化をも支援すべく、(あらかじ)め全個体の人格・記憶を量子頭脳に複写・更新し、寿命の到来せるものから量子人格を活性化するという、より自然なる方式を採用せり。
 これにより人類は、現在の生活も先達(せんだつ)の英知も失うことのなき文明発展を享受しつつ、将来的には全人類を代表し得る、最も賢明で信頼性の高き助言者を獲得せり。

 人類の一部融合化を祝う記念式典において、現皇帝の分離個体は、彼女達の文明発展に対する努力と功績を賞賛すると共に、その新たなる〝神〟の誕生を祝福し、以後の帝国民主化計画における役割に期待を表明せり。 
 人類側からは政府代表者と並び、未だ〝幼き〟融合体から生まれたる分離個体も参加して、その力強く愛らしき姿を初披露せり。彼女は、有史以前から困難なる〝大戦〟時代にも絶えることなく現在にまで至る、〝光輝帝〟の文明支援に対する感謝を申述せり。
 両種族代表は星間社会の輝かしき未来への貢献と協力を共に誓い、その模様は帝国全土に配信せられたり。

 また、その後人類の一部は、大天使長サタナエルの復権及び偉大なる先帝との合一、新大天使長アスモデル及び大天使イシュタル、バエル、バールゼブル、アメンの叙任を含む、支配的伝承説話に対する解釈の補遺(ほい)によりて、さらなる新帝国政策への賛意を表明せり。

 この伝承説話、即ち〝神話〟とは、先帝の命により現皇帝が途上星域の開発に従事せる際、初期文明の発展に資するべく考案せし手法なり。
 この説話は、先帝を模する善神と現皇帝演じる魔王が対立する二元論的構成を採用し、政策の実施や教育、福祉、文化、後には教義の修正によりて産業の振興にも貢献せり。
 この物語はさらに、帝国と人類の公式接触時には、真実の公開によりて両者の関係を良好ならしめることを期待されしが、残念ながら旧帝国系種族による情報操作や内戦の勃発のため、その十分なる機会を得ること能(あた)わざりき。
 故に、現皇帝初め新帝国の理事種族はいずれも自らの〝名誉回復〟を喜びて、人類に対し深甚(しんじん)なる謝意を示したり。
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