図書館でお近づき作戦

文字数 1,119文字

 腐女子。

 俺は初めて聞く言葉をスマホで検索して、その説明に軽い衝撃を受けた。
 BLを好む女子……⁇ びびび―える。
 おお……。中田さんそうなのか。
 俺の中でますます中田さんが謎めいていく。

 ☆

 次の木曜、俺は図書館に行き、偶然を装って中田さんに声をかけた。

「中田さん」
 中田さんは表情を変えずに目線だけこちらに向ける。

「中山君も来てたんだ」

 中山君……。俺は中田さんの声で発せられる自分の名前に感動した。

「名前、覚えててくれたんだ」
 中田さんの顔は、(かたく)なに本を向く。
「だって同じクラスでしょ。中山智君」
 おおおおお。フルネーム……。俺は感動で武者震いしそうになる。
「俺も覚えてるよ、中田香さん」
 中田さんは本から顔を上げて俺を見た。

「図書館、よく来るの?」
 俺が聞くと再び本に顔を戻した。
「木曜はたいてい来てる」
 本当はそれを知っているから今日ここに来たんだけど……。
「そうなんだ。俺も木曜は部活終わったら図書館に来ようかな」
 中田さんはページをめくる手を止めた。

「部活って何時まであるの?」

 耳にかかった髪がはらりと頬に落ちる様子に俺は見惚(みと)れてしまう。

「今の時期は6時まで」

「私はたいてい閉館ギリギリの7時までいるから」

 聞き間違いでなければ、中田さんはそう言った。
 そしてその言葉の意味を解読できない俺を残して
「じゃあ」
 と席を立ち、書架の間に消えて行った。

 ☆

 結局、本を一冊も借りずに家に帰った俺は、コロを(ひざ)に抱きながら今日のことを思い返した。

 終始無表情だったな……中田さん。
 でも俺の名前を覚えていた中田さん。
 そして「閉館ギリギリまでいるから」って……。

 もしかしてあれは「図書館でまた会おう」という意味なのかな?

 悶々(もんもん)とする俺の顔を見上げて、コロがやれやれとため息をついた気がした。

 ☆

 それから木曜は部活が終わるや否や、猛スピードで着替えて図書館に向かった。
 図書館に着くと中田さんがいた。

 数回目の木曜、俺は思い切って聞いてみた。
「火曜は部活が休みなんだけど、中田さんは忙しいよね……?」

 図書館の静けさが一層増す気がする。

「アルバイトだけど休みをもらえる週もある」

 この数週間、中田さんは俺の顔をまともに見ない。会話は俺のどうでもいい質問に最小限の返事をくれるだけだった。
 だからダメもとで言った俺は『可』の場合の、その(あと)を用意していなかった。

 ボンクラ丸出しの俺に中田さんが言った。
「駅前にできた広い公園」
「えっ?」
 もしかして誘ってくれてる?
「行こう。うん。公園。行こう」

 ウンウンと大げさに(うなず)く俺に中田さんは

「じゃあ次の火曜。学校が終わったら公園で」

 そう言ってニコリともしないまま、本の世界へ戻って行った。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み