第14話

文字数 1,354文字

 逢魔が時とはよくいったものだ。
 日が翳り、すぐには暗がりに目が慣れないせいで視界が悪くなる。道行く人間の顔がよく見えない。ヒトでないものとすれ違ってもそれと気付かない。こんな祭りの日にはなおさらのこと。
 うんざりするような暑さ、人いきれ。祭り囃子が鳴り響き、人間たちの話し声がざわめきとなってさらに熱気を煽る。
 思いおもいの格好をした人間たちのあいだに、ヒトの形をしたものが素知らぬ顔で入り混じる。そのなかには、童子が好むような面を顔につけたものもちらほらといた。そうかと思えば形すらない、ただの影のようなものもうようよといる。
 ふいに泣き声が聞こえた。子どもの声だ。おかあさん、と母親を呼んでいる。声は近い。ぞろぞろとつづく人間の流れのなか、その子どもは立ち尽くしたまま泣いていた。だれも足を止めない。振り返らない。小さく舌打ちして子どもに近付く。
「おい」
 声をかけると、子どもはびくっと肩を震わせて彼を見あげる。年端もいかぬ幼児だ。自分がどこにいるのか理解していないのだろう。はぐれたのか。よりによってこんな日に。
「泣いていると喰われるぞ」
 いったそばから、黒い手のようなものが子どもの肩に伸びてくる。彼が一瞥すると、それは雷にうたれたように弾けて消えた。雑魚が。
「おかあさん、どこ」
 濁りのない瞳が彼を見あげて尋ねる。
「ここにはいない」
 そう答えると子どもの顔が歪む。
「おまえのいくべき道はこちらではない」
「いやっ」
「戻れなくなるぞ」
 両目からぼろぼろと涙を流す子どもにため息をついて彼は問う。
「おまえ、名は」
「あきら」
 思いがけない名を聞いてつかのま沈黙する。
 別人とわかっていても、嫁と同じ名を持つ子どもを捨て置くのは、さすがに後生が悪い。
「泣くな。母親とはまた会える」
「ほんと?」
 とたんに泣きやんで必死に縋りついてくる子どもに彼はうなずく。
「そう道ができている。縁というやつだろう」
 小首を傾げる子どもの目をてのひらで覆う。
「道へ戻してやる。もうはぐれるなよ」
「ん」
 みるみるうちに子どもの姿が消えていく。その最後のひとかけらに喰らいついてくるものがあった。それが彼の手に微かに触れる。
「無礼者が」
 彼が低くつぶやくと同時に悲鳴があがり、それが弾け飛ぶ。
 子どもは無事に本来の道へ戻った。そうしてふたたび同じ親のもとに生まれ変わる。
「あらもったいないこと。喰ってしまえばよいものを」
 軽やかな声が物騒なことをいう。うんざりしながら彼は振り返る。
「父上に叱られますよ」
 目の醒めるような美貌の女が妖艶な笑みを浮かべてぼやく。
「おまえはほんとうにつまらない倅だこと」
 言葉と表情が合っていない。
「私は用ができました。あとはお願いします」
「あら、つれないねぇ」
「余計な手間を増やさないでくださいよ」
「ほんとうにかわいくない倅だね。だれに似たのか」
「だれでしょうね」
 背を向けた彼に、聞こえよがしにいう。
「ああ、おいしそうな匂いが近付いてくるねぇ」
「あれは私のものです。指一本たりとも差しあげません」
 あいつはまた妙なものに絡まれているなと思いながら、不破は予定を変更して手のかかる嫁を迎えにいくことにした。
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