古戸 晶の一日目 「お勤め」終わり

文字数 4,024文字

 ある時の俺は罪を犯し、ちょっとした「お勤め」に出てきていた。
 俺は二度と太陽が俺のことを拝むことはないとすら思っていた。しかし現実は意外にも甘いようである。
 だが、太陽はできるだけ俺を見たくはないらしく、「お勤め」終わりの俺を迎えてくれた空は、どんよりとしていた。
「……」
 俺は天気を気にするでもなく、とりあえず家に戻ることにした。
 俺は歩きながらに予感していた。自分がしたことの大きさに、家が無事であるはずがない。
 着いた。想像通りと言えば想像通り。家は大分ぼろぼろになっている。
 なぜ生きているのだ。お前に息を吸う資格はない。キモい。死ね。罵詈雑言の辞書のようになっている。
「……」
 別に嫌だとか、誰がこんなことしたのだろうとか、今はそんなことはどうでもよかった。それに、それを言われても仕方がないようなことをしているのだから。
 俺は外観を気に留める事もなく、中へ入ることにした。鍵は一応持ってきてはいるが、それが合うかどうかは微妙なところだ。
「変っていなきゃいいけど」
 鍵を入れると、小気味のいいガチャリという音が聞こえた。回してみるとすんなりとまわって再びガチャリと音が鳴る。どうやら鍵は変えられてはいないようだ。
 中に入ると別段変わった様子はなく、家具などのモノがほこりをかぶっていることぐらいであった。と、おもっていたがどうやらそれだけではないらしい。
 薄暗い部屋に緑の明かりが点滅していた。電話の留守電の明かりのようだ。近寄ってほこりを振ってから液晶画面を見ると、限界数であろう二五〇件の留守電があった。
  大方の予想はついてはいるが、聞いてみるとしよう。
『留守電は二五〇件です。再生します』
『この屑野郎!てめぇは死刑だ!』
『被害者の立場になってみろ。許されることじゃないだろう』
『お前は殺されても文句は言えないぞ』
 ……予想通りの言葉が並んでいた。俺がいないのにわざわざ留守電で。
「ふぅ……」
 別段何とも思っていんじゃくとも、二五〇件もの悪口や罵倒を聞くと思うと疲れが出てくる。少なくとも深いため息が出るくらいには。
 この部屋の埃っぽさも相まっているのだろう。喚起をしよう。そう思った俺は、窓をあけた。
 すると、風は入ってこなかったが変わりに女子高生に見える女がなだれ込んできた。
「ふぎゅ!いったぁ……」
 女は変な声を上げ痛いことを主張し終えた時、俺と目があった。
 この季節にしては、少し厚着と取れる服装の女。誰だろうとこんな家に近づいてくる輩は、大体二つの意味がある。
「……俺になんか用か?殺しに来たのか」
 大体はこの家の風貌から興味本位で近づいてくる奴ら。
 もう一つは、長い間の「お勤め」の終わりを覚えており、復讐に来る奴ら。
 このどちらでも俺は構わなかったが……。
「いえ……その、この家に入っていくのが見えたので、つい興味本位で。すいません」
 どうやら興味本位の方のようだ。だが、それでも殺しに来るかもしれない。それでも俺は構わない。
「そうか。まあこういう外観だからな。俺が好き好んでこういう風にしたんじゃあないがな」
 興味本位であろうと、殺しに来たのであろうと俺は構わない。
 だが、俺と一緒に居たらえらい目に合うかもしれない。
「じゃあ、誰かのたちの悪いいたずらですか?」
 俺が返そうとする言葉をする前に、質問をぶつけられた。それも当然かもしれない。この外観だとなおさらだ。
「当たり前だ。……いや、報いだろうな。きっと」
 報い。そう、報いだ。これでも序の口だろう。きっともって、俺のことをもっと言葉というモノでは表現しきれないぐらい憎いやつだっているだろう。
「よいしょっと」
 気が付くと女子高生風貌の女は倒れていた姿勢から起き上がって、立っていた。
 こうしてみると、やはり少し厚着のようにも見える。風貌からしても顔からしても若いのが、雲から少しのぞかせた太陽によって明るくてたされた光でよくわかる。幼げな顔立ちに、やんわりとかけたパーマがよく似合っている。
「お前、歳はいくつだ」
 もしかしたら俺のことを知らない年齢なのかもしれない。だからこうも悠々と話していられるのかもしれない。
「十七です。高校二年生です」
 何故だか女子高校生風貌の女……いや、この女子高生は少しムッとして答えた。
 それにしても十七歳か……それだったら、俺のしたことを覚えていなくてもしょうがないな。しかもそれならなおさら、俺に関わっている時間は短い方がいいのではないだろうか。
「そうか。ところで用はなくて本当に興味本位なのか?名字と名前は?それに、証明できるもの」
 もし、本当に興味本位だというのなら俺が知らない、関係のない名前が出てくるはずだ。
「吉瀬 友菜子(きせ ゆなこ)です」
 女子高生はそう言いながら、制服をまさぐり学生書を取出し見せてきた。俺はそれを手に取って、確認したがどうやら本当のことのようだ。
 確認を終え、学生証を吉瀬という女子高生に返した。
「で。興味はなくなったかな。吉瀬さん」
 確認が取れたところで、どうにもしようがないし、向こうが何かするなら気がするまで何かしていけばいいと思い、俺は言葉をかけた。
「はい。今日はすいませんでした。本当にごめんなさい」
 意外にも、彼女はあっさりと引き下がるようで、頭を深く下げ、謝罪の言葉を述べて去って行った。
 思わぬところで人と会ったが、それもこれでしばらくは終わりだろう。この後人に会うのは、買い物ぐらいだ。
 俺はそんなことを思いながら家具の確認をしていく。どれもこれもほこりをかぶっている。よく腰かけていた椅子にまで目に見て分かるほどだ。
「……少しぐらいの掃除は必要か」
 衛生上っていうのもあるが、単に不快だ。さてと、雑巾はどこにあったかな……。
 雑巾を探し、掃除をしていて思ったことがあった。
 意外と部屋の中は荒らされていないのだ。
 窓のひび割れなどはあるものの目立った損傷のあるものはないのだ。さすがに中に入ってまでどうこうしようというやつらはいなかったようだ。つまり家電は使えるし、家具も使える。
「冷蔵庫の中身は全部捨てるか……」
 いくら冷蔵庫が無事でも仲が無事ではないだろう。俺が「お勤め」に行って帰ってくるまでの間、食料は確実に全滅しているだろう。
 電気だけは「お勤め」に出る前、友人に頼んで支払ってもらっていたため、通っているが……。
 俺は水道をひねってみた。案の定、出ることはなかった。ガスもつかなかった。
「……」
 どうやら買い物の前にすることが増えたようだ。
 俺は家を出て、水道とガスを通すようにするための場所へと足を運んだ。
 どうやら俺が思っていた以上に「お勤め」の期間は長かったようで、町並みはガラッというほどでもないが様変わりしていた。前にはあった店はなくなり、でかい量販店が立ち、おばちゃんの住んでいた風情あふれる家は、立派な一軒家となっていた。
「長かったんだな……」
 水道ガスのところが変わっていなけりゃいいが……いや、その前によるところがあるか。
「アイツの家まで変わってないだろうな……」
 俺は、目的地を変えて歩き出した。目的地は、「お勤め」の間も電気代を払い続けてくれた心優しいやつの家。
 歩くこと十分、周りの風景はすっかりと変わってしまったが、家と場所は変わって無いようだ。念のために、表札を確認すると、二ツ橋(ふたつばし)と書かれている。変わりはない。
 俺は、家のインターホンを押す。すると、インターホンから声が帰ってくる。
『そうか、今日出所だったのか。すっかり忘れていたよ』
「そうだ。今まですまなかったな。通帳と印鑑を取りに来た。今まで本当に迷惑をかけた」
『構わんさ。ただ、もうよしてくれよ。こんなこと。今からそっちに向かう。中には入らないんだろう?』
「ああ、長居はできんさ」
『だろうと思ったよ』
 会話をし、数分すると、俺のおぼえている二ツ橋より老けた二ツ橋が俺の通帳と印鑑を持って出てきた。
「すまなかったな」
「いいさ。同じことさえしなけえればな。通帳の中身はそんなに減ってないはずだ。定期的に出し入れしているからな」
「そんなことまでしてくれていたのか」
 試しに通帳を見ると、確かに、数千円単位の引き出しと預入が行われているのが分かった。
「じゃあな。もうやめてくれよ。こんなこと」
「ああ、もうやめるよ」
 俺と二ツ橋はそう言葉を交わし、別れた。
 次こそ向かうは、元の目的地である。水道ガスの場所。
 もう日が傾き始めているな、少し急いだ方がいいか。そんなことを思い、俺は足早に向かう。
 ついた時には、もう辺りは街頭に照らされていた。
「すいません。水道とガスのことで……」
 この話は意外に長く、三十分もかかった。滞納だの、契約だのといろいろある。正直そういう話は苦手で、ただただはいはいと頷くだけだった。
 とにもかくにも、これで水道とガスは出るようになった。
 次にすべきことは、食材の買い出しだ。冷蔵庫の中身はぜんぶ捨て去ったし、必要最低限の食料は必要だろう。俺は、次の目的地に、スーパーを目指した。
 再び三十分ほどたち、ス-パーで食料を確保し、家路へとつく。
 今日はもうへとへとだ。掃除に買い出し。二ツ橋との再会と、「お勤め」終わりには少し応えるものが多い一日だった気がする。
 帰ってきたのは、完全に日が沈んでからだった。
「……今日はもう寝てしまおう」
 そうとなれば、することは食材を冷蔵庫へと移し、水道をひねり錆が出なくなるまで放置してガスが出るのを確認して、ソファに横になるだけだ。
 「お勤め」終わりの初日なんて意外とこんなものなのかもしれないな。
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