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エピソード文字数 4,028文字

「僕の調査の対象者である有紗さんが杉山博志さんをお付き合いしているという情報をお聞きしたので、今日の午後この部屋に寄らせていただいたのですが、運悪く人と鉢合わせいたしまして──まあ、それでちょっとびっくりするような酷い目にあっちゃったんだけど、一応この部屋を使ったビジネスに関しては彼らと取引をして、手を引いてもらうことになったから、まずその報告と。それから有紗さんに、お願いが」
「え? なに? なんなの」
 話が突拍子もなさ過ぎてついていけないのか、有紗は混乱している様子で何度も目を瞬かせている。だが、それよりも茫然自失していたのが、その隣に立つ博志の方だった。
「……ビジネス? この部屋でビジネスって、なに?」
「っ、でたらめよ! 聞いちゃダメ!!」
 瞬時に有紗が顔色を失って、そんなことを言い返している。
 ウタはきょとんと目を丸くして、それから小首を傾げてみせた。
「あれ? もしかして杉山くんは蚊帳の外? ……ふうん。予想以上に賢いんだ、きみ」
「え、なに。有紗、どういうこと?」
「ねえ、杉山くんはもしかして〝週末家出人シェルター〟として部屋を貸してほしい、としか聞いていなかったのかな? とするとあのザ・チンピラな田澤くんがそういうNPO法人のスタッフみたいになってるってこと? ……ものすごーく似合わないけど」
 なんとも言えない渋い顔をして、ウタはそんなことをつい洩らしている。孝一郎もその意見には賛成だったが、今はそんなことはどうでもいい。ポイントは杉山博志がなにも聞かされていなかったようだ、ということだ。
「まあ、いいや。じゃあ、当事者だけど当事者じゃない杉山くんには、サービスで俺の方からことの次第を教えてあげるね。この部屋は確かに〝週末家出人シェルター〟としてきちんと機能していたみたいだよ。女の子たちはこの部屋がなくなることに本当に怯えていたし。──でも、理子ちゃんと有紗ちゃんは、ここに集まった子たちを使って、援交というかウリ、ついでに客にドラッグの売買というビジネスをしてたの」
「……ウリ? ドラッグ?」
「田澤くんはチンピラ、そのバックにはヤクザの木内興業付き。……知らなかったの? 杉山くん、きみ、かなり危ない橋を渡っていたんだよ?」
「博志には関係ない! 関係ないんだから!!」
 ウタの言葉を遮って有紗が叫ぶ。それから博志の腕にしがみついた。
「違うの、博志。ここはただのシェルターなの。援交もクスリも部屋とは関係ないよ。あの子たちがお金ないっていうから、田澤さんがいろいろ助けてくれただけ! 博志に迷惑かけるようなことはないから!」
 戸惑いを見せる博志にそう必死で縋りつく彼女の様子を見て、ウタが短い沈黙のあと「なるほど」と呟く。それを聞いた有紗が、キッときつい眼差しを向けてきた。
「なによ! なんなのよ、あんた! いきなりやってきて変なこと言わないでよ!!」
「うん、そうだね。ごめん。……でも、だったらなおさら、きみは一回、おうちに帰ったほうがいいよ」
「────は!?」
 説教をされるか脅迫されるか、と思っていたのだろう、謝られた上に突然そんなふうに提案されて、有紗はぎょっとしたように問い返していた。
 ウタはそんな彼女に向き合いながら、柔らかい物腰を崩さずににっこりと笑いかける。
「大切なんでしょう? 彼氏クン。だったらこのままじゃダメだよ。言ったでしょ、きみたちは危ない橋を渡りすぎた。ここで一度仕切り直すべきだ。……だって、ねえ、有紗さん。きみは、自分のやろうとしていることが、かなり危険な賭けだとは思わなかった?」
「────」
 言葉を飲み込んで、有紗は目を見開く。
「僕は警察じゃないし、あくまで有紗さんの行方を探すのが仕事だから、きみのやってたビジネスを──きみはちょっとしたバイトぐらいに思っていたかもしれないけど──それを違法だとか犯罪だとか、そんなふうにあげつらうつもりはないよ。『もう二度としないほうがいいよ』ってアドバイスはするつもりだけど。……でも、そこに誘拐騒動まで起こしたら、警察が出てきて大変なことになるって、きみは考えなかったの?」
「っ!!」
 突然やってきた男にあっさりと狂言誘拐を暴かれて、二人の顔が真っ青になった。
 そんな二人を眺めて、ウタはまるで彼自身が痛みを感じているかのように眉をひそめる。
「……それとも、きみは、本当は全部壊れてしまうことを望んでいたのかな」
「な、に、それ。なに、言ってんの……」
 返ってくる有紗の声にもう力なく、ただ小さく震えていた。
「だけど、壊れなかった。……あなたが行方不明になっても、父親は仕事を放り出して帰ってきたりはしなかった。母親は父親が怖くて、誘拐のことを警察にも言えなかった。そのおかげで狂言誘拐は成功して、きみたちは身代金という五百万円を手に入れて、僕たちが踏み込んでこなければ、家出少女ビジネスも継続する羽目になるところだった」
「っ!」
 有紗が目を剥いて、身体を強張らせる。
 そんな彼女を見据えるウタの眼差しが、ふっと悲しげに細められる。かける声には、静かに請うような、優しさがあった。
「もう充分でしょう? もう分かったでしょう? もうこんな危険なビジネスを続ける意味なんてないんだよ。どうあがいても結果は変わらない。どれだけ望んでも変わらない。期待するだけ無駄なんだ。──だけど、きみはまだ間に合う。きみはまだ十六歳だし、彼氏の杉山くんもまだ大学生なんだし、こんないつか誰かが傷つくようなことはもうやめよう。今ならまだ間に合うよ。一度、家に帰って、もう一度やり直そう」
「……やり直す!?」
 ウタの言葉にカッとなったように、有紗が甲高い声で問い返した。
「あたしが なにをやり直すっていうのよ!!」
 だがウタはいたって冷静だった。
「じゃあきみは、家出少女に売春をさせて、買春相手にドラッグ売って、本当にそれでいいと思っているの?」
「いいと思ってるに決まってるでしょ! この話はね、もともとあたしと理子で始めたの。悪いことだと思ってたら、最初からやってるわけないでしょ!」
「……傷つくのは、女の子たちだよ」
「だからなに」
 言い返す言葉だけは傲然と、けれど有紗の顔には言いようのない苦しさが滲んでいる。
「傷つきたくなかったら家でじっとしてろっていうの? 女だからって、子どもだからって、親とか学校の言いなりになってろっていうの? 学校も服も趣味も友だちも全部親に決められて、そうやって生きていけっていうの!? それもこれも、あたしのためだとか言いながら、全部、親の見栄じゃない、体裁じゃない! 違う!?」
 激しく詰問されて、ウタが口を閉じた。
「門限どおりに帰っていれば、あたしがどこでなにをしてても全然気付きもしない。娘が家出をしたって知らんぷり! そうよね、予定を変更して慌てて帰国して、娘が家出したなんてばれたら面倒だもんね。素行の悪い娘がいるなんてばれたら、仕事の邪魔になるもんね。誘拐されたって言われても、なんにも変わらない。あたしに全然興味ないくせに、あたしのためだとか気色悪いこと言わないで!!」
 ──父親が海外視察で不在中に起こった、行方不明騒動。
 ウタの推測どおり、それは彼女自身が狙ったものだったのだ。
 親を、試すために。
「……傷つくのがなによ。傷つこうがなにしようが、親の言いなりになるよりずっとマシ」
「他に、方法はなかったのかな。きみの動機に、他の女の子たちを巻き込むような、こんな方法じゃないやり方は思いつかなかったのかな」
 ウタの声はどこまでも静かだ。
「他になにができるっていうの。どれだけ家が嫌で、どれだけ親が嫌いで、家出してる子たちがいると思う? だけどあたしたちは未成年だっていうだけで、どこにも行くところがないのよ! 泊まろうと思っても身分証明書がどうとか、働こうと思っても保護者の許可がいるとか、そんなことばかり。街で声をかけてくる男たちはタダでやりたいだけの変態ばかり! だから、安心してみんなでいられる場所をつくったの。あたしたちが、自分たちが優位にお金を稼げるように仕組みをつくったの」
「……それで、きみは、みんなは、幸せなのかな」
「幸せに決まってるでしょ。あたしたちは、うまくいってた、うまくやってた!」
「そんなの、まやかしだよ。ヤクザなんてたちの悪い奴らと関わったら、きみたちは結局、最後は食いものにされて終わるんだ」
「っ、そんなことない!」
「そんなことあるよ。最初は、みんな甘い話から始まるんだ」
 彼女の話をきっぱりと否定しながら、不思議にウタの言いようは頭ごなしに押さえつけるようではなかった。
 しっかりと目を見て、どこまでも真摯に話をしようとしているのが分かる。
「……本当はきみだって薄々気づいていたはずだ。今は、稼ぎのほとんどが自分たちの手の中に入っていたとしても、そんな甘い話は長くは続かない。仲介料、手数料、口止め料、運搬費、ショバ代、用心棒代……。あっという間にヤクザに入りこまれて、お金をむしり取られて、使われる一方の道具になるんだ」
「そんな、こと……」
「ないって言いきれる? ヤクザのやり口を本当に分かってるって、きみは言える?」
「…………っ」
 そう問いかけるのは、見かけは大学生ぐらいの、若く小柄で威厳もなにもない青年だというのに、その声にはぞっとするような暗い真実味が滲み、その雰囲気に圧されたように有紗は続ける言葉を飲み込んでいる。
 ふと落ちた沈黙が、重々しく部屋の空気を支配していた。
 それを自ら打ち破るように、どこかおどけるような軽さで、ふうとウタが息をついてみせた。有紗を見つめて、緩やかに微笑む。
「俺の、一番最初にした仕事の話をしようか」
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