愛《あい》~ 第6話

文字数 487文字

ときどき、このような愛について知らない人が、教会の信者たちを批評して、
「クリスチャンは偽善的でおしつけがましくて、その愛は単なる自己満足で、人をバカにして見下している」とか、
「皆、同じような顔をして、皆、口を開けば同じようなことしか言わない」とか
おっしゃいます。

でも、信者の愛は良い意味でも悪い意味でも「一方的」ですし、自分が0%、神が100%のスムースなパイプ役であるのが信者なのです。
ですから、信者たちは、なぜそのような批評をされるのかさっぱりわからないわけで、その種の批評は残念ながら、信者たちの心には一ミリも届かない、ということになります。

それに、このようなことは、ひとつの価値観を信奉する人間の集団では、どこにでもある、ありふれた現象ですから、別段、おどろくようなことでもないとも言えます。

ところで、このような「愛」が教会文化に与えている影響は、ほとんど決定的、と言っていいものです。
ですから、もし『教会用語』に接することがあるならば、この「愛」の意味と、「通りよき管となる」という構造を念頭においていて下されば、おおいにみなさんの理解の助けとなるものと思います。
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