15. 博戯

文字数 1,414文字



 エレンはコロセウムの観客席の二つ分を陣取って、眼下で繰り広げられている見世物を眺めていた。彼が腰かけていないもう一席には、ディガロから預かった大剣が立て掛けられている。
 コロセウムはもともと南東の帝国で初めて作られたもので、フランツにあるそれは五十年ほど前、南方へ旅したことのある大商人が新たな商売のために財産を投じて建設したものだと、エレンは知っている。規模は本家の十分の一にも満たないということだが、千近い人数を収容できる闘技場は、殺気だった観客の喚声で大いに賑わっている。
 彼は一席に腰掛けながら、観客席の間を練り歩いている売り子から買ったビールを一口飲んで、その臭いと舌触りに眉を顰めた。どこか生臭くさえ感じられるそれは王宮で供される麦酒とは全く別物で、エレンは二口目を啜るべきか迷った。結局カップをそのまま隣の一席に置くと、彼はもう一度眼下の光景を眺めた。
 先ほどから眼下のリングの中では、スプレッセと呼ばれる勝ち抜き戦が行なわれている。これは一対一で闘った出場者のうち勝者がリングに残って次の挑戦者と闘い、敗北するか自らギブアップするまで連闘するというものだ。出場者が受け取る賞金は一回勝ち抜くごとに倍額となるが、連闘の途中で挑戦者に敗れれば最後の勝利で得られるはずだった賞金の半額しか受け取れなくなるため、出場者にとっては引き際を見極めることが重要になる。そして観客は入場料として、どの出場者が何勝するかについて賭けるプレベットというものに最低一ノールを賭けることになっており、またさらに賭けを楽しみたければ一試合ごとにどちらの出場者が勝利するかに賭けるミドベットにも参加することができる。
 エレンは出場者用の受付へ入ってゆくディガロと別れた後、プレベットでディガロの五連勝に二十ノールを賭けた。ディガロは今回、ロスという偽名で参加して五回勝ったら退場する予定だという。ディガロには図太い奴だといわれたが、エレンは別にチートをしているわけではない、と思うことにした。たまたま出場者に格段に強い友人がおり、自分はその友人の勝利を確信しているというだけにすぎない。
 さて、現在リングの中に立っている大男は既に四連勝しており、審判に続投を訪ねられてイエスと返事をした。男は体の表面にいくつか切り傷を負っているものの、致命傷らしい傷はひとつもなく、得意気に鎖分銅を振り回して観客の歓声を買っている。  
 そこでリングへの入り口が開き、五人目の挑戦者が現れる。司会が大声で叫んだ。
「お次の挑戦者はロス・イェンセン!赤の森で狼退治をしていた狩人です!ここでミドベットする方はお近くの係員を呼び止めてください」
 名前の後に付け加えられていた経歴は、出場者が自ら申告しない場合は、会場側が勝手にでっちあげることもあるという。エレンは興味深く思いながら、リングの中央へ歩いてゆく長身の影を見つめた。ディガロは大柄に違いないが、どちらかというとスマートな体型をしている。対戦相手は背こそ彼より低いものの、体重では多少優っているように見えた。ちなみに、現れたディガロは頭に茶色いスカーフを巻いてそこに髪を詰め込んでいたが、あれは簡単な変装ということなのだろう。
 エレンが客席で足を組むと同時に、審判が合図の銅鑼を鳴らした。エレンは大男の分銅が回転するより先に、彼らのボディガードが地面を蹴ったのを見た。



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