第2話

文字数 1,022文字

「どうかしたの?」と彼女は言った。
「右ポケットがどっかに行っちゃったんだよ」と僕は少し慌てて言った。
「何それ、あなた何を言ってるの?」彼女はそう言って笑う。

 彼女は恐らく僕が妙な冗談を言ったと思ったのだろう。無理はない。傍から聞けば僕のさっきの言葉は冗談以外の何ものでもないのだ。

 僕はポケットが消えたことが冗談ではないことを彼女に証明するために、体の右側を彼女の方に向けて「ほら、ポケットがないんだよ」と言った。そして右腰のスラックスの生地を上下に引っ張って彼女に分かりやすいようにした。彼女は僕の方に少しだけ近づいて、少しだけ身を屈めた。

「あら、本当にポケットがない。縫い目とかもないわね」と彼女は興味深そうに言った。
「さっきまでここにあったはずのポケットにスマホを入れていたんだ」と僕は言う。
「スマホが床に落ちるところは私も見ていたわ。確かにあなたの右腰当たりからスマホは落ちていたと思う」

 僕は夢でも見ているのだろうか。今の状況に説明を付けるとしたら、それはマジックである。
もちろん僕によるマジックではない。僕はこの子に対して、自分のポケットが消えるマジックを見せるなどという新手のナンパを仕掛けているのではないのだ。

「あ!」と彼女は突然何かを思い出したような声を出した。
「どうかしたの?」と今度は僕の方が言った。
「鞄を取ってくるから、ちょっと待ってなさい。何だかあなた変で面白いから」と彼女は言うと、さっさと教室の方へ行ってしまった。

 変は余計ではないだろうか。まあでも、否定はできない。僕は曲がり角の壁に背中を持たせた。そういえばどうして彼女は鞄を持って教室を出なかったのだろうか。恐らく彼女は図書館へ本を借りに行っていたのだろうが、それだけなら鞄を持って図書館へ行った方が無駄足を防げるし、本を借り終えたらそのまま家や部活に向かうこともできる。

 このようなことを考えているうちに彼女がやって来た。

「とりあえず場所を変えましょう。曲がり角って苦手なの、さっきみたいに危ないし」と彼女は言った。
「確かに危ない」と僕は曲がり角を見る。

 それに曲がり角で右ポケットが消えたことについて考えても問題が解決するとは思えない。まあそんなことを言い出したら教室だろうが理科室だろうが、解決するとは思えないのだが、ここよりは良い。

「ピロティはどうかしら。教室はそろそろ鍵かけられちゃうし」と彼女は言った。

 そういう訳で僕たちはピロティへと向かった。
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