It’s a beautifulday

文字数 10,062文字

 都市公園で再会した省介と別れ、開演時間に合わせて“Vortex of sounds”に戻る。
 実力も集客力もあるバンドで構成されたブッキングライブは、トップバッターからトリまで勢いを落とすことなく盛り上がりをみせた。
(全バンド通して、いいライブだったな)
 出演者のほとんどはここを拠点とする顔なじみだ。
 その内の一つ“vanishing Roar(バニシングロア)”のバンマス・リエは高校の後輩で、“vapor⇔cone”時代から交流がある。
 高い技術と華やかな演奏で存在感を放つ、社会人女性インストゥルメントバンド。
 “Liaison”の活動が“Vortex of sounds”からメジャーに移った後の結成だった為、触れる機会がないままきてしまったのはもったいない。
「それはそうと」
 ライブの熱気の残るパブタイム、ドリンクバーで買ってきたジンジャーエールを手にPAブースに近付いた。
「お疲れちゃん」
「おう」
 仕事を終えた吉良に笑顔でカップを差し出す。
「おごり♪」
「遠慮なくもらっとくわ。ありがとな」
 受け取ったジンジャーエールに口をつけるさまを眺めながら、先程のライブでの仕事ぶりを思い返す。
(昔から音楽センスのいい奴だったけど)
 音響の専門学校とここでのバイトのかけもちで知識や技術に磨きがかけられたことで、優秀なハウス・エンジニアになった。
 そう考えながらじっと見ていると、不審げな顔を向けられる。
「なんだよ」
「いや。お前もプロなんだなーって」
 素直に感心して言ったのに、奇妙なものでも見るかのように引きつった笑みを浮かべられた。
「って、そういう顔される意味わかんねぇんだけど」
 吉良にツッコミを入れていると、音響スタッフの一人が声をかけてくる。
「チーフ、少しいいですか」
「ああ。――悪ぃ、ちょっと行ってくる」
 用事で場を離れた吉良に代わって、“vanishing Roar”のメンバーを連れたリエがこちらに向かってきた。
「冬哉さん」
「あ」
 明るくカラーリングをしたセンター分けのワンレングスヘアに、露出多めの西海岸ファッション。
 顔立ちやプロポーションによるセクシーさが程よく抑えられているのは、さっぱりとした性格あってだろう。
 さっきは間に合わなかった為、その場にいた奴らに俺の様子を尋ねたらしい。
「よかった! みんなが言ってた通り元気そうで」
「やー。心配かけてごめんな」
 行く先々で労わられ安堵され、しでかしたことの大きさを思い知らされる。
 申し訳なさからしゅんとしていると、興奮を抑えきれないような声が聞こえてきた。
「本物だ! 本物のトーヤ様だ!」
「へ?」
 つられて目をやれば、きらきらした笑顔で自己紹介をされる。
「初めまして! “vanishing Roar”のベースのマリです!」
 モテオーラ全開の、ロリ巨乳可愛い系の成人女子だ。
「“Liaison”いつも聴いてます! 活動再開したら、絶対またライブ行きますから! 新譜も必ず買いますから!」
「そっか。ありがとう」
 気圧されつつも、素の自分を出し過ぎて夢を壊してしまわないよう麗しい笑みを作って返す。
 事情を知らないゆえの、純粋な期待。
 それに応えられるか定かでないだけに、少し胸が痛む。
 と、聞かれていることを想定していない独り言を耳が拾った。
「――ユウトの方がよかったな」
 俺にとってはなじみ深いロック系の服装が似合う、尖った雰囲気のきれいな子だ。
 さらっとひどいことを言われた気もするけど、さっき弾いてたやつが某楽器メーカーのユウトモデルだったから本当にファンなんだろう。
 日頃から本気でやっていてこそなプレイや、甘さのない言動から察するに同じギタリストとして。
(ま、大丈夫かな。会わせても。恋愛には発展しなそうだし)
 穏やかに愛を育む悠斗となっちゃんの間に余計なトラブルは持ち込みたくない。
 俺に背中を蹴られる形で想いを成就させた悠斗のオンリーワンは、今も昔もなっちゃんだ。
 取り巻く世界が激変しようと、浮気や心変わりはあり得ない。
 なっちゃんも、固い絆で結ばれた人生のパートナーのことをよくわかってる。
(長く事実婚状態なんだから、さっさと結婚すりゃいいのに)
 腕のいい人気バーテンダ―で安定した高収入を得ているだけに、悠斗が結婚を急かされることはない。
 それに甘えてるというよりも、例によって踏み出せないんだろう。
 結婚イコール二人分の生涯設計について真剣に向き合うあまり、動けなくなってる節がある。
 婚姻届けを出していないだけの従姉夫婦のことは脇に置き、“vanishing Roar”のギタリストに刺なく告げた。
「ああ、うん、連れてこられそうだったらそのうち連れてくる」
「――え。あ、これは失礼。リナです。ギターの」
 純粋に驚いているものの動揺した様子もなく、ぺこりと頭を下げられる。
(面白い子だな)
 笑いをかみ殺していると、リエが目を輝かせて口を開いた。
「あたしも省介さんに会いたいな」
「……意外と近くにいるかもよ」
 吉良の話じゃ“vanishing Roar”と“Garrote/R”との対バンは珍しくなく、メンバー間のやりとりもあるらしい。
 とはいうものの、“Garrote/R”のkyoshiが“vapor⇔coneⅡ”の省介であることを知るのはごくごく身内に限られる。
(見た目別人だしな)
 ライブハウス入り前から帰宅するまで施された濃いステージメイクや、片目を覆うスタイルの真っ赤なウィッグ。
 省介の現在の必須アイテムの効果により、容姿から受ける印象は大幅に変わっている。
(ロックバンドをやってるのが職場にばれたらまずいって言ってたし、絶対バラせねぇけど)
 古くからの知り合い相手に、よくもまあ気付かれないもんだと思う。
 声や話し方、仕草や癖もあるのに。
 あるいは同一人物だとわかっていて、“Garrote/R”のベーシストではなく“vapor⇔coneⅡ”のドラマー“に”なのか。
 あいつの唯一の弟子である人見の高校時代の同級生で、同じくドラムを選んだリエも省介をリスペクトしていた一人だ。
 トータルすれば長くなった経験を経て結成した“Vanishing Roar”は、安定感のある演奏技術と豊かな表現力に定評があるらしい。
「いいバンドじゃん。“Vanishing Roar”」
「冬哉さんにそう言ってもらえると嬉しいな。あとはボーカルの女の子が見つかれば完璧なんだけどね。これが中々……」
 正直な感想を真っ直ぐに受け止め、満面の笑みを浮かべるリエに尋ねる。
「インストじゃ不満?」
「ううん。どっちもやりたいだけ」
 屈託のない答えに、メンバーが決まらない理由が腑に落ちた。
「ってことは、あれに負けない歌唱力なり魅力に加えて、三人の音に埋もれることのない楽器の腕か。そりゃ、ハードル上がるわ」
 どちらか一方にしたところで大変だろう。
 肩でため息をついてから、さっきから気になっていたことを口にする。
「にしても、全員“リ”がつく二文字名なんだな」
「はは。それは偶然なんだけどね」
 リエにマリにリナ。
 漢字表記だと明らかに違うのかもしれないけど、口頭だと紛らわしい。
「名前に“リ”がつかなきゃダメとか言わないから、いい子がいたら紹介して! 募集も新規開拓も続けるけど、あたし達だけじゃ限界あるし」
 ばっと顔の前で手を合わせたリエからお願いされる。
「冬哉さん、音楽関係に顔広いじゃん」
「それは、まあ……、少しはそうかもしれないけど」
 こめかみに手を当てて言ってから、改めて返事をした。
「わかった。心に留めとくよ」
「ありがとう!」
 すがるような表情をぱっと明らめて礼を言われる。
「人見にも話しておく。あいつサポートで人脈広げてるし」
「人付き合い苦手なのに頑張ってるなー、人見」
 べったりではないものの昔からよく知るリエがうなるのに、心底同意しつつ頷く。
「だよな。ほんと尊敬するわ」
 高校の校内で偶然知り合った頃と比べて極端さはなくなっているとはいえ、世間一般の基準でみれば内向的な枠に入る。
 ゆえにコミュニケーションの部分じゃ余計に苦労してるだろうに、サポートメンバーやスタジオミュージシャンとして色々なアーティストの活動に参加しているのには理由があった。
 ドラマーとしての新たな可能性の模索と“Liaison”の足場固めをしたいのだと。
 今はサポートでツアーに出ている人見とは、MMRPGでやりとりをする日々が続いている。
 本人曰く“ただでさえ要領を得ない話を無機的な文字や抑揚のない口調だけで伝えたところで、気持ちが届くとは思えない”。
 だから、メールや電話は直接話すこと以上に苦手なのだという。
(国語力が低いわけじゃないのに)
 周囲の評価が反映されることはなく、自己評価は上方修正されないままだ。
 そんな人見にとって、プレイヤーキャラに感情表現をさせられるエモート機能付きのオンラインゲームは都合がよかった。
 あいつとの約束に間に合うように“Vortex of sounds”を出て、徒歩と公共交通機関を合わせて帰路につく。

 ――久しぶりに、溢れるほどの刺激を受けた一日だった。

「はー……」
 高層マンションのペントハウスの自宅に到着し、上がり框に座ると体を丸めて膝に額を当てる。
(楽しかったけど、疲れた……)
 どっときた疲労の主な原因は精神的なものだ。
 気心が知れた相手だろうと、時間に比例して摩耗するのがわかる。
(それでも、今の俺にしてはよく頑張ったわ)

 ――とでも考えなければ、心が折れそうになる。

 のろのろと脱いだブーツを靴箱にしまい、広くがらんとしたリビングを抜けてサンルームのスツールに腰を下ろした。
 きらきらと輝く夜景を眺めつつ、大きく息を吐く。
(もう大丈夫だって思ったけど、そうも行かねぇんだな)
 当たり前にできていたことができないもどかしさが、重くのしかかる。
 乾いた笑いがこぼれた。
 情けなさから項垂れた頭を振って気を取り直し、防音室と並んで生活感のある自分の部屋に向かう。
 PCを立ち上げ、人見が元からやっている某MMRPGにログインした。
 ゲーム内で所有している一軒家で装備の確認をしていると、待ち合わせの時間に合わせて人見がやってくる。
 ディスプレイの中に現れた、トレジャーハントに適した構成のキャラにチャットで話し掛けた。

 >移動日お疲れ。明日ライブあるんだし、あんまり夜更かしするなよ。
 >わかってる。でも、トレハン付き合って。
 >一ヶ所だけならな。

 雑魚狩りをしていて見つけたという地図はトレジャーマップに変換済みだ。
 発掘ポイントとガーディアンの確認を終えたところで、機会を窺っていたらしい人見が聞いてきた。

 >冬哉、今日大丈夫だった?
 >ん。一通り顔出してきた。みんな元気そうでよかったわ。

 昨夜同じようにやり取りをした際に、俺の予定は伝えてある。
 長時間の遠出を案じていたらしい人見に、今日の出来事を掻い摘んで話した。 

 >“Vortex of sounds”でリエとも会ってさ。
 >増山さんと?
 >歌も楽器も上手い子探してた。あのレベルに合わせるとなると、そうはいないかもな。

 人見も俺も、メンバー探しの大変さは経験上身に染みている。
 長くならないよう注意をしつつくだんの件を掘り下げれば、事情を酌んで快く引き受けてもらえた。

 >わかった。俺も協力する。
 >ありがとな! 助かるわー!

 リアルな心情のままに自キャラにも喜ぶ動作をさせ、一息置いてからチャットに続けて応援コマンドを打ち込む。

 >ツアーもあと少しだし、頑張れよ。
 >冬哉も。そっちに帰って座り込んでたら、今度は俺が手を貸すから。
 >ああ。

 エモートモーション付きで励まされ、笑顔のフェイスマーク付きで答える。
 その後出掛けたトレハンは成功し、明日またMMRPG内で会う約束をしてログアウトした。
 デスクチェアの背もたれに重心をやり、ディスプレイに表示された青と白のコントラストが美しい空の画像をぼんやりと眺める。

 ――広場恐怖を伴わないパニック障害。

 転落事故の半年くらい前から心療内科に通ってた。
 そこでもらってた抗不安薬を急にやめたことで生じた離脱症状とリバウンド。
 それにより強く引き起こされた様々な不調や症状が、展望台からの落下につながった。
 救急搬送先の総合病院に入院することになった俺がそこで受けたチーム医療――。
(リエゾン精神医学か)
(なんとなくつけたバンド名だったけど、暗示してたみたいでなんともいえない気持ちになるよな)
 “Liaison”はフランス語で『連結』。
 整形外科と精神科両方のスタッフが連携し、“パニック障害及び事故による骨折を心身両面から治療する”のだと当時説明をされた。
 退院後も経過をみる為に世話になっている、精神科の先生の言葉を思い出す。
『焦ってもいいんですよ。焦らないようにすればするほど、焦燥感や重圧はかえって増しますから』
 寝付けない日に無理に眠ろうとすればするほど目がさえる、あれと同じなのだという。
『頑張りたいなら頑張って、無理だと思ったら休んでください』
 その方針が俺には合っているのか、メンタル面もほぼ回復している。
 だとしても、小さな目標とはいえやり遂げた達成感に伴う反動的な疲れやすさは悩みの種だ。
 考え方の癖は、そう簡単には変わらない。
(それでも――)
 手の甲まで覆う袖を引き上げ、左手首に残る創外固定器の跡に視線を落とす。
(“いつまで頑張らなきゃいけないのか”とか、“もう頑張れない”とか思ってたのに)

 ――今は、頑張らないことを頑張りたくない。

 瞼を閉じて深呼吸を一つしてから、左手を見据えてぐっと握りしめる。
(よし。まだやれる)

 ――もう一度走りたいし、叶うならあの頃みたいにまた歌いたい。

 そこで、退院後は常に身近に置いているスマホが着信を告げた。
 画面に表示されているのは予想通りの名前と電話番号。
 応答をタップすれば、大体この時間にかけてくる悠斗が口を開いた。
『悪い。明日の構成のことで話し込んでて遅くなった』
「いや。こんな時間まで大変だな」
 そこまで夜が更けてるわけじゃないにしても、仕事となると別だ。
 タスクバーの時刻に目をやって言ってから、ソロ活動に合わせて開設された公式サイトを開いた。
 無期限休止中に“Liaison”が忘れられてしまわれないようにと、悠斗はボーカル兼リズムギターに転向してまでメディアへの露出を続けている。
 初めてのポジション替えではあるものの、アルバムやチケットの売り上げは上々だ。
 サポートメンバーと共に全国を回っている悠斗に尋ねた。
「ツアーどうなんだよ」
『今のところ順調に行ってる。俺のことより自分のことだろ』
 お前はおかんかとツッコミを入れたくなるくらい世話を焼くようになった悠斗は、宿泊先のホテルからも確認をするように電話をかけてくる。
 ぶっきらぼうな癖に面倒見がいいのは昔からだけど、事故を境に心配性が加わった。
「心配すんな。ちゃんと食ってるし、眠れてる。そっちこそ過労で倒れたりすんなよ」
『しねぇよ。冬哉じゃあるまいし』
 ため息まじりの言葉に、思わず声を上げた。
「うわ! 何気にひでぇ」
 とはいうものの、こいつの自己管理及び危機管理能力は自分で言うだけのことはある。
「なんか、色々ありがとな」
『気にすんな。お前はさっさと元気になって、自分で言ったことの責任をとれ』
 入院中に悠斗とした約束を持ち出され、二の句に詰まった。
「ぐ」
 俺が脱退の意志を伝えたことに端を発した、今後のバンドのあり方についての話し合い。
 悠斗と利佳と人見――、すなわち入院中のボーカルを除くメンバーのみで行われたものだ。

『自分以外の全員がやめたとして、それでも“Liaison”を背負って行くのと、解散するのと、どっちがいい?』

 秘密裏に進めていた“vapor⇔coneⅢ”の電撃解散計画実行を前に、悠斗、吉良そして報復対象である暁に向けた質問のバンド名だけを変えたバージョンだ。
 あえて俺の言葉を持ってきたのは、当時の気持ちを思い出させる目的からか。
 悠斗の問いに利佳と人見が返した答えは、あの時の俺達と同じだった。
 実質別物や組み直しになるのなら、名前だけを残しても仕方がない。

『冬哉も悠斗も利佳も入れ替わってたら、俺にとってはもう“Liaison”じゃない……』
『形だけ残しても、名ばかりになるんならなんの意味もないしな』

 ――大事なのは“Liaison”という容器じゃなく、中になにが入っているか。

 現メンバーでの継続が望まれる中、俺が脱退をごり押しすれば“Liaison”は消滅する。
 悠斗や利佳、人見のみならず多くの人間が関わる“Liaison”をそんな風に終わらせるわけには行かない。
 周囲に及ぼす影響と迷惑さを天秤にかければ、復帰の見通しが立たないまま宙ぶらりんでいる方がまだマシなんだろうという結論に達した。
 正直をいえば後ろ髪を断ち切ってまで“Liaison”を抜けたい理由があるわけでもなく、積極的にバンドの幕を引きたいわけでもない。
 脱退を保留にさせ、無期限活動休止に持ち込んだ悠斗の考えはわかってる。
 多くを犠牲にしてまで解散させた“vapor⇔coneⅢ”に対してさえ未練や後悔を残し続けていることを知るだけに、迷いを抱えたまま同じ道を選んでいいのかということ。
 更には、省介にはするなと言っておきながら自分はバンドを解散させるのは道理が合わないだろうということも。
 “自分で言ったことの責任とるんならな”というさっきの言葉にしたところで、ある種の応援だ。

『やめるにせよ続けるにせよ、一度は活動を再開させる。それがリスタートになるか、リタイアに繋がるかはわからないけどな』

 入院中、考えに考えを重ねて告げた俺に、あいつは毅然と答えた。
 “Liaison”のボーカルとして全力でステージに立った上でのことなら、次のアルバムやツアーが最後になっても仕方ない。
 お前が覚悟を決めるなら、俺達も腹をくくる。
 ――と。

 へヴィーな方向へ引っ張らないように、明るいトーンで話を変える。
「省介と吉良と、保達に会ってきた。時間ができたらお前もこいよ。“Vortex of sounds”」
『前に会った時、俺自身の問題で省介と吉良にはとりわけ心配かけちまったしな。ツアーから戻ったら顔出さねぇと』
 二人からはなにも聞かなかったけど、こいつにしては珍しくなにかやらかしたらしい。

「じゃ、そろそろ切るわ。明日、BSの中継観ててやるから頑張れ」
『ああ。楽しみにしてろ』

 和やかな雰囲気のまま挨拶を交わし、通話終了をタップする。
 スマホを置き、悠斗の公式サイトに再び目をやった。
 ずっと同じバンドでやってきたこともあって、ステージの外から目にする悠斗の姿は未だ見慣れない。
 ライブにしてもMVにしても、核となりサポートメンバーと共に世界を作り上げて行くさまは贔屓目抜きにかっこよかった。
 それだけに、取り残されたような寂しさもわずかに感じる。
(歌は連れてってもらえてるけどな)
 ソロ活動を決めた際に、悠斗から数曲分の作詞作曲を頼まれた。
 俺の名前が正式に出る形で。
 それはあの事故から順調に回復していること、更には悠斗との良好な関係を世に示すものでもある。
 利佳が作っている曲にしても、完成した折にはそうした形で知られることになるだろう。
 それとは別に、ごく個人的に請け負っている仕事があった。
 いわゆるゴーストライター。
 ロック系はこれまで通りギターで、ポップスやダンスミュージック系の曲はDTMソフトを使っての曲作りが主だ。
 壁のカレンダーボードに貼った付箋で受注と締め切りの確認をし、音楽作成用のパソコンに繋いだイヤホンを装着する。
 バンドのカラーに合わない或いはファンに望まれないだろうという理由で、“Liaison”のトーヤとしては出せない歌。
 作曲に取り組む際の身の入れ方や完成度の問題とは別にぽしゃる歌は、誰かのものとして世に発表される。
(ま。自分達で演奏したところでああはいかないし)
 横流しをした歌がヒットしたりメディアで称賛されるのを微妙な気分で見つめつつも、利用できるものを最大限に使えることも才能だと思う。
 騙りの片棒を担いでいることに対して、相手のファンへの良心の呵責はあるけど。 
 それでも、パブリックイメージというしがらみのない中で冒険や実験的なことができるのは楽しい。
(俺は俺で利己的だな)
 退院後に成り行きで始めたゴーストライター業は、そんな理由で今も続いている。
 きっかけがなんであれ、プロとして納得の行くものを作りたいという気持ちは本物だ。
 “セールス的な需要”に沿うことにしても、対価を得る仕事である以上は必要なのもわかる。
 かつてはあれほど嫌悪感を抱いていたというのに。
「さてと」
 実演者のイメージや技術力、ファン層の求める要素を加え、依頼者の希望にマッチするように調整をする。
 しばしパソコンと真剣に向き合い作業を進め、集中力が削げてきたところでデスク脇のカラーボックスに目をやった。
 視線の先にあるのは、この手で裂きはしたものの残らず拾ってテープで貼り合わせた楽譜だ。
 ステージ上で省介を強制退場させられた夜の胸の痛みは、今も和らぐことはない。
 “vapor⇔coneⅡ”をちゃんと終わらせた上で、三期に移行するつもりだった。
(暁は……、それを知っててライブに割り込んだんだ)
 あの頃、省介に教えてもらいながら書いていたパート譜を見据えて唇を引き結ぶ。
 二期メンバー全員をはめた元バンマスは、観客の前で省介に告げた。
『今まで“代理”お疲れ様。最後の曲は俺が叩くから』
 そうして予定を無視し、正ドラマーの復帰を早められたことですべてが幻になってしまった。
 悠斗と吉良と省介と俺でやる最後のライブの予定も、その日に合わせて作っていた曲も。
 完成間近に世に出す機会を失い、絶望から一旦はばらばらにしたパート譜をなぞる。
(もし、もっと早く書き上げられてたら)
 けど、大きく頭を振って未練がましい思いを払う。
 たらればの未来なんて願望の産物に過ぎない。
 あんな形でメンバー交代をされたら、どの道演奏なんてできなかっただろう。
 芋づる式に引き出された当時の憤りや苦しさに、気持ちが沈んで行く。
「ちょっと一息入れるか」
 首周りのストレッチを軽くして立ち上がり、スマホをポケットに突っ込む。
 キッチンでホット・バタード・ラムを作ると、それを手にサンルームへ向かった。
 イルミネーションで華やぐ夜の街をスツールに腰掛けて望みつつ、香りのいい湯気を昇らせるカクテルを口に運ぶ。
(あ。そういえば)
 体が温まり肩の力が抜けたところで、利佳から借りたミニアルバムのことを思い出した。
 耐熱グラスをテラステーブルに乗せ、リビングに置いていたポータブルDVDプレーヤーにセットしてサンルームへ持ち帰る。
 構成はポップスやネオアコ中心。
 激し過ぎず気分を高揚させるそれに耳を傾けながら、思わずうなった。
「利佳の奴、よくわかってんな。いい歌歌うよ、ほんと」
 高い地力や芯のある優しい声質もだけど、こめられた思いの強さが一曲一曲から伝わってくる。
 バンド全体のまとまり方も、メンバー同士の気持ちが通じ合っていることがうかがえた。
 押しの強さはないのに、印象深い。
 最後の収録曲の余韻を味わってから、リビングのチェストボードに残していたCDケースを取り上げる。
「エリちゃんか。キーボードもこの子が弾いてるんだな」
 裏ジャケットに並ぶ曲目の下に記されたメンバー名と担当楽器を見つつ、昼間の利佳の言葉を思い出す。

『次回楽しく締めくくりたいって明るい顔で話してた。ボーカルの子はソロかメンバー募集をしてるバンドを探して音楽続けるそうだな』

「……」
 偶然手にした、二本の紐の端と端。
「あるんだな。こういうミラクル」
 彼女の音楽の嗜好やその範囲はわからない。
 方向性や性格の相性にしてもそうだ。
 マッチングが上手く行かなかったらそれまでだけど、そうでないなら――。
「面白いことになるかもな」
 唇の両端が自然と吊り上がる。
(なんて。俺が聴いてみたいだけか)
 部屋に戻ってエリちゃんのバンドのサイトにアクセスし、ライブスケジュールとチケット残量を確認する。
(よし)
 大事な用件ではあるものの、時間が時間だ。
 ポケットからスマホを取り出し、手短にメールを打つ。
 リエが興味を持ってくれることを願いながら、送信をタップした。

- fin -

(初出:pixiv/2016-12-03)
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登場人物紹介

◇ ◇ ◇

宮村 冬哉 (みやむら とうや) =トーヤ

プロミュージシャン。国民的ロックバンド“Liaison”のカリスマボーカルとして知られる。

落下事故で負った怪我の療養の為、“Liaison”及び自身の活動は休止中。

◇ ◇ ◇

吉良 武春 (きら たけはる)

ライブハウス“Vortex of sounds”のPA。冬哉、悠斗、省介の古くからの友人で、かつてのバンド仲間。

◇ ◇ ◇

秋山 省介 (あきやま しょうすけ) = kyoshi(キョーシ)

お嬢様高校の音楽教師。『Exceed Mach 1! 』シリーズの縦軸主人公。

克也、保、ボンとは幼馴染。バンド仲間で楽典を教えた宮村冬哉は変わらぬ親友。

kyoshi(キョーシ)=省介

社会人バンド“Garrote/R”ではベースを担当(左)

夏木 悠斗 (なつき ゆうと) = ユウト

プロミュージシャン。

国民的ロックバンド“Liaison”のギタリストで、活動休止中はソロで人気を集める。

冬哉の事実上の世話係。高い家事能力と吉良同等の強さ(防御重視)を持つ。

プロミュージシャン。“Liaison”活動休止中はプロデューサーとして評価を得ている。

“Liaison”ではベースを担当。

人見 芳和 (ひとみ よしかず) = ヒトミ

プロミュージシャン。

国民的ロックバンド“Liaison”のドラマーで、活動休止中はサポートメンバーとして色々なバンドに参加。

冬哉の高校時代の後輩で、リエとは同級生。省介にドラムを習った。

瓦田 ナツキ (かわらだ なつき) = なっちゃん

人気バーテンダーで、合気道の師範代。母方の従弟の冬哉を幼少の頃から可愛がる。

絶対的な信頼関係を基に穏やかに愛を育む悠斗とは、長く事実婚状態。

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