#7

エピソード文字数 1,691文字

「おらが生まれたときにはそわれておったなぁ」
 八重の言葉に、晶良がしばらく首をかしげていた。
「八重さんっていくつでしたっけ?」
 光恵が不思議そうな顔をする。
「おりょ? 聡子は言ってませんでした? 今年で満九十九歳ですよ」
 陽向が目を丸くして驚いている。晶良は白髪の小さな老婆を見やり、心から祝福する。
「白寿ですか。おめでとうございます」
「ありがとぇなぁ」
 八重が少し照れくさそうな笑みを浮かべた。
「とういうことは……、えーと……」
 日本史にとんと疎い晶良は言葉に詰まった。代わりに陽向が答える。
「大正生まれなんですね。すごく長生きですね!」
 言葉を継ぐように、晶良は質問の続きをする。
「大正時代の頃はまだ船戸山の神社は廃されていなかったんですか?」
「いんにゃあ。だりぃもおらなかったなぁ」
「と言うと?」
 では、どうやって分社したのだろう。船戸山は禁足地とも言われたし、岐家の所有とも聞いた。
「つっていざらかしたんやぁ」
 持って行ったのだと、再度八重は告白した。
「言葉通り持ってきちゃったんですか……」
「そやなぁ。とっつぁまがそうておったぁ」
「高祖父です。長生きで昭和に入ったくらいに亡くなりました」
 聡子が説明してくれた。
「ご神体自体持ってきて、里に据えたと言うことですか……」
 なんと乱暴な行為だろうと晶良は呆れたが、それだけ里では船戸神が必要だったのかもしれない。だが、そんなことをしても神は移動などしない。廃神社になった船戸神社にまだ神はいるかもしれない。
「岐家の人は反対しなかったんですか?」
 当然の質問をすると、八重が不機嫌そうな顔をする。
「いんにゃあ」
「持って行っていいと言ったんですか?」
 それに対しては八重は口をつぐんで答えなかった。もしかすると、ここまでは父親に聞いてなかったのかもしれない。
 しばらくして、八重が重い口を開く。
「ししゃんとこは、はばなもんやさぁ」
「はば?」
 すると、光恵が苦笑いを浮かべる。
「今はそうじゃないんですよ? 昔はなぜか仲間はずれにしていたそうなんです」
 なんだか村八分ですかとは口にしがたい。だが、なぜ船戸山を所有し、菊の御紋の道具類を拝受した家系が、村八分などになるのだろう。
「ありぃは、化けもんやでぇ」
 また、八重が岐家を『化け物』と呼んだ。どうしてもそれが気になる。
「なぜ、化け物なんですか?」
「幸姫ぁ、年をとらんやもんでやさぁ」
「年を取らない……?」
 それを聡子がまた笑いのける。
「またぁ、ばさ、ぼけちゃって。いえね、岐さんとこ、幸姫さんが小学生くらいの時に大阪から移ってきたんですよ。おばさんたちは亡くなってて、ずっとおばあちゃんのいる大阪にいたそうなんです」
「いんにゃあ、ありぃは昔からおった。わりぃが生まれる前から、ずっとおったんやさぁ」
 気付けば、もう午後三時になろうとしていた。あまり話自体は聞けなかったが、あまり長居してはいけないと思い、晶良がいとまを告げようとすると、八重が言った。
「岐んとこはあまんじゃくやさぁ」
「あまのじゃく? 瓜子姫ではなくて?」
 けれど、八重は機嫌が悪くなったのか、それ以上は何も答えなかった。

 水野八重宅をあとにし、いったん岐家に戻ることにした。
 八重との会話を思い出しながら考え込んでいると、陽向が口を開く。
「幸姫さんが化け物って、どういうことなのかな。年を取らないって、若いってことでしょ? そういえば、幸姫さんっていくつなのかな……。あたしと同じ年くらいちょっと上に見えるけど……」
 それは晶良も知らない。久那が多分十七歳だというのは、今までの会話から伺える。
「それにしても、話を聞けば聞くほど、こんがらがってきますね」
「だね。大体、船戸神社の神様を勝手に持って来ちゃったって話、驚いちゃった」
「そうですね……」
 晶良はご神体を持ってきたと言っていたが、それは拝殿の奥に御座すものをいうのか、それともあの双体道祖神のことを指しているのか聞いておけば良かったと悔やんだ。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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