第2話

文字数 626文字

「俺、優香と違って真面目なんだよね」

「年下のくせに生意気」

 わざと怒ったような表情をしてこちらを睨んでくる優香に、いつもどおり笑いかける。けれどやることをやってしまった今、貼り付けた笑顔の濃度は確実に薄まっているはずだ。

「ごめん。そろそろ行くね」

 優香は不満げに口を尖らせながらも、俺の顔をみると思わず、というように目元を緩ませた。

「ずるいよその笑顔。なんでも許しちゃうってわかってやってるでしょ」

 これは周りからよく言われる言葉。自分じゃ見えないからどんな笑顔なのかはわからないけれど。とりあえずそのまま微笑んでみせて、またねと片手をあげて優香の家を出た。

 愛嬌があるとかかわいいとか。そう言われ続けて十七年。それって本当の俺じゃないって思い始めたのはいつだろう。運動も勉強もよくできる兄貴より、優れているのはコミュニケーション能力と顔くらいかもしれないと、淡々と受け入れた頃かもしれない。ニッコリ笑ってしまえば、大抵の人間は俺がなにかをやらかしても許してくれる。それが通じないのは母親と兄貴、それからあの人くらいだ。

 速足で駅に向かっている自分に気づいてなんだか笑いたくなった。勉強なんてしたくもないのに、なぜこんなに急いで家に向かっているんだろう。そう思いながらも十九時三分前、ギリギリで家の前についた。ため息をひとつついてノブを引こうとしたら、内側からすごい勢いでドアが開いた。わっ、と声をあげてあとずさると、中から顔をだした兄貴と目があった。
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