第1話-③
文字数 2,483文字
・・・・・・朝が来た。こんな朝なら、来てほしくはない。
私はすぐに家を飛び出し、その足で新宮へ向かった。
『県の真女子の家はどちらですか?』、
『県の真女子を知りませぬか?』と尋ねて回った・・・・・・
誰も真女子を知らなかった。
茫然自失の私は夕暮れ時の四つ辻で立ち尽くし、途方に暮れた。
辺りはじつに殺風景で、もう道もわからない。
と、東の道から、真女子が連れていた、あの侍女がてくてく歩いてくるではないか。
私は救われた思いで駆け寄った。
侍女の名は‘まろや’と言った。
柔肌は雪のように白く、微笑む顔は愛嬌に満ちていた。
まろやの後についていくと、どれほども経たないうちに・・・・・・
そこは夢で見たのと同じ屋敷だった。
何一つ違うところがない。
私は飛びつくように門構えを抜け、奥へと進んだ。
改めてその美しさに、私はぐっと唾を呑み込んだ。
私は真女子と二人、表座敷に入り、腰を下ろした。
几帳、御厨子の飾り、壁代の絵など、どれも見事で由来のある品に違いない。
これは並の人の住まいではないと思った。
それは充分でないどころか、充分すぎるほどだった。
高坏、平坏の見事な器に、海のもの山のものが盛りだくさん。
酒は浴びるほどあるし、何より真女子がお酌をしてくれる。
夢の中へ舞い戻ったような気がした。
夢ならもう、さめてくれるなよ、と思った。
私はまた酔い潰れてしまった。
気づけば隣に、寄り添うように、真女子がいた。
その頬が、桜色に染まっていた。
・・・・・・これは酔うた口から出たものと、どうか聞き流してください。
じつは、私の生まれは都にございます。
ただ、父も母も早くに亡くなってしまい、乳母に預けられて育ちました。
ちょうど3年前になりますが、私は紀伊国受領の下司、県の某の妻となり、
この地に、ともに下って参りました。
そんな夫も任期終わらぬこの春に、病に倒れました。
都に残った乳母も尼になったとか。行方が知れませんし。
私は誰頼る人なき、ひとり身になってしまったのです・・・・・・
真女子は晴れた笑顔を見せると、まろやに頼み、奥から厳かな木箱を運び入れた。
蓋が開かれると、その中に、金銀で飾られた眩い太刀が納めてある。
と、真女子は離してくれなかったが、
父の許しを先に得ねば、勝手な外泊など許されようか。
私は後ろ髪ひかれる思いで、
『明日の夜、うまく口実をつくり、また参ります』
とだけ言い残し、屋敷を出た。
見上げれば、満月に黒い雲がかかっていた・・・・・・