第15話 引き出物

文字数 649文字

故人の葬儀に参列した人たちは
故人がどんな人間であったのか知らず
知らない人に手を合わせていたも同然だった

故人が、どんな人間だったのかも、よく知らず
形ばかりの葬儀が行われることに、疑問をもっていた喪主は
故人がどんな人生を送ったのか・どんな人物であったのか
小冊子にして、参列者一人一人に手渡した

帰宅した参列者は、引き出物の「故人史」を読んで
自分が線香をあげた相手のことを、初めて知った
「知っておれば、もっと、おつきあいしたかった」
「このような人だったとは」
思わぬ反響を、局地的に、静かに呼んだ

参列者の一人だった、小さな出版社の社長が
「これはいい、心のこもった葬儀に一役買える」
と、故人史づくりを世に広めようとしたが
無名人のこと、ましてこの世から去った者に、誰も関心がない

儀礼に終始する、形ばかりの葬式が
義務のように行われてきたのには、理由があった
「いいんですよ、形だけで」
「心なんか込められると、かえって面倒ですし」

小さな出版社を営む男は、僻地へ僻地へ、つつましい営業活動を続けている
何のために、こんなことをしているんだろう
お金が絡むから、良心も痛む
しかし、もし死者の魂がこの世を見ているとしたら
きっと、知ってもらうことは嬉しかろう
市井の、名もない一市民が、どのような人生を創造したかというのは…
アイドル本なんかでお金を儲ける大手出版社より、だいじなことだと思いたい
そう信じながら、田舎の民家のピンポンチャイムを押す
「死後のことなんか、縁起でもない」
そう言われ、時には怒鳴られ、断られ続けているけれども。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み