調査レポート

文字数 1,979文字

イマフレ?……って、何?
イマジナリーフレンド、想像上の友だち。

よくあるじゃん、一人でおままごとしてる子が見るっていう……

あー、はいはい。それね。で、愛梨ちゃんがそれにハマってるの?
そう。なんか最近『妖精さんと遊んでるの』っていうのよ。
7歳だっけ? よくあるじゃん、そういうの。
うん、それだけならいいんだけどね。

『どういう姿してるの?』って聞くと、『分からない、覚えていない』っていうの。

なんか、不自然じゃない?

どうなのかな。普通な気がするけど……。

ねぇ、どう思う?

則子は隣で黙々とサラダをつまんでいる陽生(はるお)に言った。
え、この流れで僕ですか?
あんた、ふだんは探偵みたいな仕事してるって言ってたじゃない。

こういう「普通じゃない話」って得意なんじゃないの?

そんな大雑把な……
そうなんですか?
そうよ。私が飲んでるとフラッと現れる、飲み友だけどね。
すいません、則子、いつもこんなんで……。
はい、いつものことです。
どういう意味よ⁉

あんた、野菜ばかり食べてないで、ほら、肉も食べなさい。

僕はベジタリアンですって。
7歳児がイマフレを持つのは、自然なことです。

イメージとしてちゃんと形にならないとか、それを表現できないってのも、よくあります。

それっぽいこと言うじゃん。
話振っといて……
でも、もう小二なんですよ。それで妖精って、なんか子供っぽいっていうか。

小二は子供です。あと、イマフレとか妖精は、女の子の方が見やすいって言います。

男の子が妖精とかいうのもヒクわね。
今の時代、それは不適切です。
ありがとうございます。なんか、安心しました。
どうよ? これで私と同じ37歳よ?

若く見えるよね。

再婚予定の彼とはうまくいってるの?

まぁね。彼はその気だけど……なんかね。
4つ上だっけ? お互いバツイチでしょ?
ていうか……なんか、怖いときがあるの。
再婚予定のお相手が?
はい。

やだ、恥ずかしい!

……
なに照れてんの! ほら、飲も!

陽生も……って、スムージーなんか頼んでないで、飲むわよ!

二週間後、同じ居酒屋で……
彼氏、大変だったんだって?
うん、交通事故に遭って。

お見舞いに行こうとしたら『来るな、もう二度と会わない』って……

え、何それ。
まったく分からないの。

着拒もされてるから、終わりなんだな、って。

感じ悪っ! もう放っといて、他の男にしよ。

あんたは可愛く見えるからチャンスある!

そこまで再婚願望ないから。

でも、愛梨ちゃんにはお父さんがいた方がいいんじゃない?

そういえば、まだ妖精さんは見えてるの?
そう、それが、もう見なくなったんだって!

三日前ぐらい? 『もう大丈夫だよ』って言って消えて、いなくなったって今朝言ってて……

あら良かったじゃない。遊び相手に飽きたのかしら。

どう思う?……って、あんた本当に野菜好きね!

取り皿にサラダを盛りつける陽生を則子は一瞥すると「ちょっとトイレ」といって立ち上がった。

美味しそうにサラダを食べる陽生に、香代子はためらいがちに聞いた。

愛梨が妖精を見なくなったのと、彼が怪我をしたのって、関係あると思いますか?
……なぜ?
彼が事故に遭ったのも、三日前なんです。なんか、偶然とは思えなくて……
陽生は、ミニトマトを刺したフォークを置いて香代子を見つめた。
妖精って、なんだと思います?
えっ、それって、おとぎ話に出てくる……何かの霊? 天使みたいなもの?
人間の周りに漂う空気、そのなかにも自然の霊力、精霊と言われるもの……そういう、人間を守るエネルギーが実体化したものを妖精とよぶ、そうです。
へぇ……
物心つき始めた小さい子が、家の外の怖さを知る。そういう時に、見守ってくれる大人の安心感が妖精というイマフレを作る、とも言われています。

だから、自分で自分を守れる大人になると、妖精を見なくなるんですよ。

そうなんだ! じゃぁ「もう大丈夫」っていうのは、愛梨も何か、自信がついたってことなのかな?
かもしれません。
詳しいんですね!
それが本業なんで。
家に帰った陽生は、電気をつけようとした手を止めた。

外は満月。ベランダからの光だけで部屋の中は歩ける。

冷蔵庫から出したサラダボウルに手をかざすと、サラダボウルから立ち上った(エネルギー)が手から陽生の身体の中に染みこんでいった。

もう大丈夫
三日前、眠る愛梨に囁いた言葉を呟いた。

香代子の彼氏は、重度の小児性愛者だった。若作りの香代子だけではなく、愛梨にも、香代子の留守を狙って暴行をした。

幼い愛梨はその衝撃に耐えられず、一時的な記憶障害を起こした。それが「妖精との遊び」だった。

それを突き止めた陽生は、男を車道に突き飛ばし、意識の奥底に香代子と別れるよう植え付けた。


陽生の姿は女性にしか見えない。大人になった妖精は、人間社会の片隅でひっそりと生きていく。


陽生は月光を浴びながら、愛梨の笑みを浮かべた寝顔を思い出していた。

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登場人物紹介

陽生(はるお)。夜な夜なバーや居酒屋に現れては女性の悩みを聞き、解決する。

年齢、素性、本心の全てが不詳。

自称「探偵っぽい仕事もする」と言ってはいるが、たいていのことに対して「それが本業なんで」ともいう。

香代子。シングルマザーで7歳の娘・愛梨を育てている。

37歳ながら、若く見られることが多く、20代の後輩からも熱い視線を感じることがある。

愛梨のみるイマジナリーフレンドのことが心配。

則子。香代子と同じ37歳で、独身。

出産もしているのに若く見える香代子に嫉妬しながらも可愛く思っている。

一人で飲むのが好きだが、たまにフラッと現れる陽生は飲み相手として大好き。

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