シマリス……それはそれでいいと思うんだ
文字数 4,728文字
なぜならば仲間が必要だからだ。
タケシの作戦であるマスコット大作戦。
その内容はこうだ。
まず、魔王を倒せそうな勇者パーティーを見つける。そして、マスコット兼荷物運びとして雇ってもらう。勇者パーティーが魔王を倒す。そして伝説へ……。
「キュルル(完璧だ、さすが異世界系の作品をこよなく愛すタケシだぜ)」
さてと、問題はどうやってこの酒場の扉を開けるか、だな。シマリスの体には重すぎる。
そうだ、またタケシに聞こう!
とりあえず入るか。
冒険者と思われる客の隙間を縫い、店の中へと入る。当然、スカートの女性の時は上を見上げる。
なぜならそこには夢があるから。
「…………シマリス?」
「お、ホントだな」
酒場に入り、最初に目があった女の子。
彼女は黒いマントに黒い魔女帽子とひどくわかりやすい格好をしていた。
そして服装に反して雪のように白い肌。整いながらも幼さの残る顔立ち、美少女にのみ許された金髪ショート……まぁぶっちゃけめちゃくちゃ好みの女の子だった。
それに比べて隣の優男。先ほどの女の子に対してやけに近い距離感から察するに、同じパーティーなのだろう。
つんつん頭に柔和な笑み、モテ骨格に、腰に下げられたゴテゴテと飾り付けられた剣……気に入ら……ん? やけに高そうな剣だな……あ、そうだ。
「くるルル(喰らえ!)」
俺は優男に飛びつくと、腰に下げられた剣を口で引き抜き、手品師とは逆に剣の柄から頬袋へと収めていく。
「あ! おい、それは俺の……!」
「…………空間魔法?」
痛い。
呆然とした二人が眺める中、ゴテゴテとした飾りが邪魔で唇を傷つけたが、何とか無限頬袋に入れる事か出来た。
「クールるー(あーばよー)」
「あ、待てっ!」
あとは脱兎の如く逃げるべし! リスだけど。
未だ呆然としていた二人に背を向け、店のドアへと走る。
あの高そうな剣を見た時、思いついたんだ。
金目の物を奪い、それを売り払って金を作り、その金で冒険者を雇い、魔王を倒させればいい。
俺は天才だ! タケシの作戦なんかに頼らずとも――
「何だ? このシマリス?」
「きゅるん(はにゃーん)」
「あ、ラグーン。サンキュー」
酒場のドア近くで無骨な手で掴まれた俺は、マスコット大作戦に戻ることにした。
何故なら少しでもこの古傷だらけの男が力を込めれば、俺は死んでしまう。
…………まずは生き延びねば。
……………………。
………………。
…………。
……。
俺はどこでもチャットから落ちると、勇者パーティーと共に魔王城へと突入する。
といっても、静かにだ。わざわざ正面から襲うほど馬鹿じゃない。
だが魔王の部屋へと続く階段を登る途中、聞こえてしまったのだ。
「あっ……も、もうだめっ、だめだめだめっ! こんなの、もう……あっ、あああっ!」
女性の嬌声が。
「くる(これはま――)」
「っ!」
俺の呟きに瞬時に反応したクレスは、俺の口を押さえる。
そして自身の口元に指を一本当てると、凄まじい形相でこちらを睨みつけてくる。
すまない、魔王。そして知らない女性。これでは叫んで知らせることも出来ないみたいだ。
「ここか……」
とても小さな声で、勇者クレスは呟く。
その手には、無理やり俺の頬袋に入れられていた聖剣エクスカリバーン(よだれ付き)が握られている。
「何か声が聞こえるな、どうやら中には居るようだ」
そう言って目の前の扉、魔王の部屋と木札がかけられた扉の前で座り込み、中の様子を探る戦士のラグーン。
「1.2.3で突入。それぞれ最大火力で攻撃……」
一度として俺に荷物を運ばせなかった魔法使いの少女、シフォンが呟く。口惜しい。シフォンのなら喜んで運んだのに。
「……グルる(一応、ノックした方がいいんじゃないですかね? 魔王の魔王なんて見たくないですし)」
「1」
「2」
「3!」
当然言語的にもパワーバランス的にも俺の忠告が届くはずもなく、クレスが扉を蹴破り、三人まとめて魔王の部屋へと転がり込んだ。
「え!? え!?」
中に居たのは何故か魔王一人。……下半身が裸の。
だから言ったじゃないか、ノックをしろと。
魔王の魔王になった魔王は、クレス達の突入によりコボルトになっている。
……とりあえず周囲を見渡すと、何故かテレビが置かれている。そこに写っているのは知らない女性。
……あ、これあれだ。セクシービデオだ。しかも知らない女優さんの。
「煉獄刃!」「真影斬!」「エンペラーマジック!」
最低の顔合わせだったにも関わらず、勇者パーティーの面々は誰一人怯むことなく、最強の技と魔法で魔王に襲い掛かる。
あ、テレビが。……いや、勿 体無いなんて思っていないけど。
「ちょっ! まっ!」
問答無用で攻撃を始めた勇者達に対し、魔王はやっとパンツを履いたところだ。南無。
「ぐ、ぐおおおおお!」
激しい炎と光が部屋を吹き飛ばし、清清しい青空が見える。うん、いい天気だ。
夏も本番といったところか。太陽が眩しいぜ。
「……やったか?」
倒れ込んだ魔王を見て、わざわざフラグを立てるクレス。それはこの場で一番やっちゃいけない事だよ、ワトソンくん。
「……許さん、許さんぞ貴様らあああ!」
案の定生きていた魔王は立ち上がり、咆哮をあげる。
……もちろん全裸で、だ。
勇者達の攻撃により服も部屋のほとんども吹き飛んでしまった。
「せっかく我が集めたグッズが……大体マナーとして人の部屋にはいるときは……」
ぶつぶつと呟く魔王に先ほどまでの勢いはない。どうやら怒りよりもショックが勝ったようだ。
「それにノックの……三回……海外だと四回以上が……」
それにしてもしつけえな……同情はするけれど。クレス達は話聞かずに次の攻撃の準備始めてるし。
「我が十年もの間魔力を蓄え、やっと召喚出来たのに……」
まだ何か言ってるよ……。と、俺も勇者達も少し油断したその瞬間。
「我の精神も肉体ももうボロボロだ……だが、<<
魔王は自身の手で心臓をえぐり取る。魔王の手には未だに鼓動を刻む赤い物体。
「更に……世界に絶望を届けよう。世界崩壊を前に何も出来ない勇者の姿というな!」
「なっ!?」
「……通信魔法。しかも、世界中に……!」
「ちっ……今の魔力では音声通信しか出来ぬか……だがそれでも、勇者の泣き言を世界中に届けられ……る」
魔王はそこまで言うと、口元に笑みを浮かべたまま倒れた。
残されたのは激しい魔力で震えている魔王の心臓。
え? なにこれ?
クレス達は俺の体を押さえつけ、無理やり口を開かせる。
「っそんな! 君一人犠牲にするやり方なんて……」
「おいおい、それはカッコつけすぎだぜ」
「今まで何度も助けてもらった……だから今度は」
こいつら頭イカれてるのか? いいから押さえるの止めろよ。言ってる事とやってる事が真逆だぞ。
「ギュルルルル(マジで痛いって! 無理だって! だってそれ俺の体ぐらいあるじゃん!)」
クレスが落ちている心臓を拾ったところで、こいつ等の狙いがわかった。ていうか、顎から良くない音がしている。痛い。
「……そこまで言われちゃ、ね。君は、いや、君こそが本当の勇者だよ」
「お前ほどの男とはこの先も出会えることは無いんだろうなぁ。あばよ! 親友」
「ごめんね。大好きだったよ……」
それぞれ無駄にいいセリフを吐きながら、心臓を詰め込み俺の口を閉じる。
何とも言えない感触と血の味が口いっぱいに広がる。
「ンーーーー」
俺の叫びと同時に頬袋の中で爆発が起きる。
熱も痛みもまだ感じないが、爆発が広がり続けているのはわかる。中にこっそり入れておいたエリクサーや回復アイテムが割れ、無駄に回復していく。
ていうか! おい! 口を抑えるのはやめろよ! 鼻も一緒に塞がってるんだって!
「ンーーーー!」
あ、そうだ!
ていうか何でチャットに……呼んだけど確か元の世界の奴だけじゃ……。
っと。そろそろ限界だ。果たしてこっちの世界で俺が死んだあと、無限頬袋の中身はどうなるのだろうか。
能力がなくなり開放されると嬉しいな。
段々と薄れていく景色を見ながら俺は……そう願った。