「え?」
(きょうかい?何かの協会の集まりがあったかしら?)
時折、意外なほどの行動力を発揮する我が娘に、母親としては喜ぶべきなのか、励ますべきなのか、あるいは、たしなめるべきなのか。
一呼吸おいて、母が口を開いた。
美沙に玄関に腰掛けるように促してから、美智子は美沙と同じ目線になるようにしゃがみ込み、言葉を選びながら美沙に聞いた。
うまく言えない。
言葉にならないながらも、1週間考え続けた結論が『もう一度教会へ行ってみよう』だったのだ。
しばらく待っても答えない美沙を見て、美智子が優しく切り出した。
「美沙、あなたがこの1週間、何か悩んでたのはお母さん気付いてた。教会で何があったか知らないけど……美沙、これだけ聞かせてちょうだい。」
美智子は美沙の目をまっすぐに見つめて話した。
こくん、と見つめ返しながらうなずく美沙。
「あなたは、自分の意思で教会に行きたいって思ったの?それとも、誰かに言われて行こうとしてるの?」
母の問いに、しばしうつむく美沙。視線を泳がせながらどう答えようか思案しているようだったが、やがて顔を上げて語り始めた。
「……お母さん、私、この1週間、たくさんたくさん考えたの。今までにないくらい、たくさん、たくさん。
最初はレポートを書き上げるためだったよ。だけど、ただお話をまとめてレポートにする、じゃ済まないくらい、自分の中で牧師さんの言葉が自分に問いかけてくるの。私、このままじゃレポートを書けないだけじゃない、何か答えを見つけなきゃ落ち着けない、そう感じているの。」
一気にまくしたてる娘の告白に美智子はじっと耳を傾けながら、昔に思いを馳せていた。
(昔、中学校教師をしていた頃、悩みを相談してくる子はいたけれど、こんなに切実な目をして相談してくる子どもはいなかったっけな……。)
それが自分の小さすぎる器量ゆえだったのか、それともそこまで思い悩んでいた子どもが幸いにもいなかったのか、あるいは自分が忙しすぎたゆえなのか…美智子にはわからなかった。けれど、我が娘がこんなにも真剣に人生に、自分自身に向き合おうとしている。それがひしひしと伝わってくる。そんな娘の成長した姿を親として誇らしく感じると共に、これをどう乗り越えていくのだろうかと心が痛んだ。
しばしの沈黙の後、美智子が口を開いた。
「……お母さんね、あなたがこんなに真剣に考えているのを見るの、初めてだわ。」
「一つ、約束して。そしてもう一つ、美沙にお願いしたいの。
約束は……教会で会った人や聴いたお話、お母さんにも教えて。」
「そしてお願いは、美沙がずっと悩んでること、よかったらお母さんに相談してちょうだい。美沙の力になりたいの。」
正直、相談しようにも言葉にできるかどうかすら、まだ分からない、と美沙は思った。だけど、母の直球な思いやりを真正面から受けて、美沙の感じていた孤独の闇に光が差し込み、思わず涙腺がゆるむのを感じた。
ぎゅっ、と母に抱きつく美沙。心が少し軽くなった気がした。
そう思いつつも、そろそろ行かねばならない時間になっていた。
ティッシュで盛大に鼻をかんだ後、ジーンズに淡い黄色のTシャツ姿で美沙は駆け出していった。
* * * * * *
教会に入ろうとしたら、後ろから声をかけられた。野球帽を後ろ向きにかぶったタカだった。
思わず噛んでしまう。今日はさすがに一人とあって、何か場違いな所に来てしまった感が否めない。
周りを見渡しながらタカが尋ねる。あれだけ静かにしていても、強気とは伝わってしまうのだろうか。そんなことを考えていたらパニくる頭が少し落ち着いてきた。
教会の玄関に入ると、2ー4才くらいの男の子たち3人が美沙を見つけて笑顔で寄ってきた。美沙はしゃがみ込んで、くるくる天然パーマの男の子に尋ねた。
にこにこしている子どもたちにつられて「にへ」と美沙の頬がゆるむ。
(こども、かわいいなぁ。こんな弟、ほしかったなあ。)
あゆむと呼ばれた子は3才くらいだろうか、ふっくらした顔立ちで、頑丈そうな身体をしていた。りんくんはもう少し小さく、丸刈りで鼻を垂らしていた。
子どもたちにほっこりさせられて、緊張も少し和らいだ。
受付のおばさん、今日も笑顔と目がきらきらだった。なんでこんなにあったかい笑顔をしてるんだろう。
(それにしても、会う人みんなに「今日は一人?」って聞かれるのもつらいなあ……)
ええ、まあ、と適当にごまかしつつ、受付を済ませて二階へ上がっていった。
やや離れたところから美沙を見つけてぶんぶんと手を振り、鈴子が迎えてくれた。細身の身体とショートヘア、ぴっちりとしたアジアンテイストな柄の長袖にゆるっとしたパンツ姿がボーイッシュな印象を与えている。
礼拝が始まるまでの15分間、たわいもない話をした。好きなドーナッツの種類、お気に入りの服のデザイン、美沙の学校のことや千尋のこと、好きなタイプの男性の特徴……。
普段、美沙は聞き役で、たくさんしゃべることはあまり無い。でもこの日は鈴子が上手に質問を振ってくれて、相づちを打ちながら楽しそうに聞いてくれるので、いつになくたくさんしゃべってしまった。鈴子は好き嫌いがハッキリした女性で、よく笑う。しなやかな身体は猫を思わせた。裏表のない率直な人だな、と美沙は安心できた。
(ほぼ初対面の年上の相手なのに、こんなに楽しく話せるの、不思議だなあ……。)
やがて礼拝が始まると、鈴子はまっすぐ前を向いて、美沙の方は見なかった。美沙はそれを時折ちら、ちら、と見ながら、
(礼拝って神さまと向き合う時間だから、なのかな。)
説教台のマイクに向かって牧師が挨拶をした。みなも挨拶を返した。
「今日は台湾から、被災地支援のために8人のチームが来て下さっています。The mission team from Taiwan, would you please stand up?」
牧師が英語で促すと、前の方の列の引率らしき年配者と若い学生たちが立ち上がっておじぎをした。歓迎の拍手が礼拝堂に響き渡る。
牧師は続けた。
「今日は少し時間を取って、彼らにダンスによる賛美をして頂き、また少しお話を聞きたいと思います。では、よろしくお願いします。」
苦しみや悲しみ、困難や苦難に直面しても
心配しないでいい 困難はいつか過ぎ去り、喜びの朝を迎える
イエスというすばらしい友がいて 全ての涙をぬぐい去ってくれる
心が崩れそうな時 こう宣言しよう
私は固く立てる 私は成し遂げることができる
どんなことが起こったとしても 私の人生は
主の御手の中にあるから
8名の台湾チームが壇上に2列に並んで、足を肩幅に開いて手を前で組み、顔は下を向いて静止した。一人ひとりの間隔は広めにとってあった。
静か目のイントロで曲が始まった。どこか切なくて、しかし同時に希望も感じさせる曲調だった。CD音源から流れる黒人女性クワイヤーの力強い歌声が、礼拝堂いっぱいに響き渡る。
左側半分のチームが歌詞を動きで表現したようなダンスを始めた。一つ一つの動きに感情が込められており、もし素人であるとしたら相当練習を積んだであろう事が伺えた。美沙の目は彼らに釘付けになった。
のびのびと表現される感情と表情。舞台上で恥じることのない堂々とした演技。喜びの朝を迎えた清々しさ。笑顔で首をふりながら「心配しないでいい」と全身で語りかける彼らのスピリットが心に響いてきた。
左側半分が静止のポーズに戻り、今度は右半分が躍動感あふれて動き出す。
『すばらしい友がいる。涙はいつかぬぐい去られる。
心砕かれた時の痛み…それでも私たちは高らかにこう宣言する。』
そして、チーム全体が動き出す。
『私はできる。私は成し遂げる。主の御手の中にあるから。だから大丈夫。』
一人ひとりの笑顔が、動きが、輝いていた。いのちにあふれていた。美沙はいつしか涙をとうとうと、ぬぐうこともせずに流し続けていた。
理性では冷静にそう思いつつも、心の深い部分に求めていた何かが流れ込んでくるような、助けを求める声が届いて救助が来たような、そんな不思議な安心感を感じていた。言葉にできない感動に美沙は深く包まれていた。
やがて演技が終わると、礼拝堂は大きな拍手に包まれた。美沙も大喝采を送りたかったのだが、泣きすぎて涙と鼻水とで大変な事になっていたので、拍手に紛れてこっそり鼻をかんだ。未使用だったポケットティッシュが半分なくなった。長い拍手で助かった。ちら、と鈴子を見たが、演技に夢中だったせいかこちらには気付いていないようだった。あるいは気付かないふりをしてくれていたのだろうか。
説教台が壇上の中央に戻されている間に、壇の下にあるマイクの前に一人の若い台湾人の女性が立った。英語名をナンシーと言った。台湾語名は忘れた。聞いたけど覚えられなかったのだ。
明るく元気な日本語の挨拶に、好意的な応答が聴衆から返る。続いてナンシーは英語で話し始め、牧師が通訳をした。
「私は2011年の東日本大震災当時、自宅のテレビに映される惨事を見て胸が張り裂けそうでした。かつて私たちの国を助けてくれた日本が、大きな苦しみと悲しみの中にある。そう思うと、じっとしていられませんでした。」
「教会で毎週祈りの会を設けてみんなで日本のために祈り続けました。日本に支援に行く人たちの経済的なサポートをしました。そして今回、こうしてチームで日本に来ることができ、仙台の皆さんとお会いできることが本当に嬉しいです。」
「台湾では今、若い人たちが大勢イエス様を信じています。また若者たちを通して彼らの家族もイエス様に出会い、アルコール依存症やギャンブル中毒、夫婦仲の不和などで苦しむ家族が救われ癒され、変えられていっています。私たちの主イエスさまは、罪を赦し、取り除いて、本当の平和を与えて下さるお方です!」
「私たちは日本のために毎日祈っています。私たちは日本と日本人の皆さんを愛しています。今日、皆さんと共に同じ主を一緒に礼拝できる恵みに感謝します。」
* * * * * *
やがて牧師さんのメッセージが終わった。
今回も、正直よくわからなかった。
いや、分かるのだ。分かるのだが、分からない。自分が知っている世界とは別の世界の話を、自分達の世界をたとえに話しているような……うまく言えないけれど、分かりそうで分からない。ただ、牧師さんからほとばしり出る情熱や熱意は作り物ではなく本物だ、と美沙は直感的に感じ取っていた。
(あんなに情熱的に喜んで生きられたら、幸せだろうなぁ。)
礼拝後、鈴子に尋ねられ決めかねていると、先ほど壇上で話をしたナンシーがこちらに歩いてきた。ストレートのロングヘアに縁の太めのメガネ、アジア人にしては彫りが深く唇が厚めで、意思の強さを思わせる顔立ちだった。笑顔がこの上なく魅力的だった。この人と話したい、ダンスに感動したと伝えたい。美沙はほとんど衝動的にナンシーに話しかけていた。
話し始めて気付く。美沙は英語がほとんど出来ない。顔が紅潮し、毛穴から汗が噴き出すような恥ずかしさと焦りに襲われる。
鈴子が機転をきかせて、通訳できる人を呼びに行ってくれた。すると、ナンシーが話しかけてくれた。
「Are you a junior high school student?」
ジュニアハイスクールスチューデント。これくらいなら何とか分かる。中学生かと聞いているのだ。
「い、イエス。My name is Misa. は……How old are you?(私は美沙です。あなたはおいくつですか?)」
「Oh, I’m 26. Not so young, hahaha.(26歳よ。そう若くないわね、あはは。)」
明るく笑ってくれる。それだけで美沙は少し安心できた。
なんとかカタコト英語で会話をつないでいると、鈴子がタカを連れてきてくれた。
「あ、はい……。え、えっと、ダンスとお話、ものすっごく感動しました!」
タカがそれを英語でナンシーに伝え、ナンシーさんの英語を日本語に訳してくれる。
「なんでか分からないけど、涙がいっぱいあふれてきて、心があったかくなって落ち着いてきて……。」
「よかった!私たちのイエス様は、私たちに生きる勇気と安心を与えて下さるの。」
美沙にとっては宗教画の中と、最近ではミッションスクールの礼拝の説教の中に名前が登場するだけの存在だった。
「どうやって、イエス様は私たちに勇気と安心をくれるんですか?」
「イエス様と、イエス様が語った言葉をただ信じて受け入れるんです。そうすると、イエス様はあなたの心の中に住んで、あなたに生きる力を与えて下さいます。」
正直、ピンとこない。けど、あのダンスは今まで観た事があるダンスとは何かが違っていた。
「私たちは震災に遭った人たちを励ましたい、と願って来ました。美沙の心に励ましと慰めが届いて、とっても嬉しい!」
それを聞いて、美沙はずっと心にひっかかっていた事を思い出した。言おうかどうしようか少し迷ったけれど、ナンシーの笑顔と人柄に惹かれて、誘われるように美沙は話し始めた。
「わ、私、震災当日も仙台に住んでいて……ものすごい揺れで、家の中はしっちゃかめっちゃかになって、固定していなかったものはぜんぶ倒れて、床が見えないくらい物がちらかって……水もガスも電気も止まって、水も食料も最初はあんまり手に入らなくて……。」
もちろん、大変は大変だったんです。けれど、それでも家は大丈夫だったし、家族も親戚も友達もみんな無事だったし、家も壊れなかったから、倒れたものを起こして、壊れたものを掃除して、電気や水が通ったら、あとはだんだん元通りの生活に戻ることができたんです。津波被災した方たちと比べたら、全然大変じゃなかったんです。
「でも、県外から来るボランティアさんたちは、私が仙台市民だと知ると痛ましそうな顔を一瞬して、私たちを一律に『被災者』として見てくれて、とても気を遣い、大切にしてくれるんです。私、そのギャップがどうしても心苦しくて……。」
「私にも大変な事はあったけれど、震災で怪我をしたり亡くなった方も身近にいないし……。それで、こうして支援活動でたくさんの方々が良くしてくれると、『私なんかが受け取っていいのかな』ってどうしても思ってしまうんです。もっともっと、もっと大変な方々がたくさんいるのに、私なんかが受け取っていいのかな、って。」
気付くと、美沙の頬に涙が伝っていた。
ずっとずっと、表現する場を見つけられなかった想いが、堰を切ったようにあふれ出る。美沙の周りにいる人たちも仙台在住で似たような境遇だったため、より酷い被災をした人たちに気を遣って話せずにいた。それゆえ県外、いや国外から来たナンシーには逆に心を許せたのだろうか。タカは上手に美沙の意図を汲み取って英語に訳してくれた。
うんうん、と聞いていたナンシーが口を開いた。
「美沙、あなたは家を失わなかったかもしれないし、家族も無事だったかもしれません。そして、怪我をしたり死んだり、直接大きな被害があった人はあなたの身近にいなかったかもしれません。それは不幸中の幸いだったと思います。」
「けれど、たとえそうだとしても、この大震災であなたの国全部が大きな痛みと悲しみに包まれたんだと思います。だからその日本に住むあなたも、その影響をどうしても受けてしまっています。狭い意味であなたは深刻な被害を受けた被災者ではないかもしれないけれど、この国であの震災を見て苦しまなかった人はいないと思います。」
「私たちはあなたを、そしてこの国を祝福し、励まし、慰めるために来ました。私たちが美沙に良いものを差し出すのは、私たちの願いです。そして、私たちは美沙に受け取ってほしいんです。美沙がちょっと元気になれば、この国がちょっと元気になります。それは私たちにとって嬉しいことなんです。」
「美沙よりももっと大変で、苦しんでいる人はおそらく大勢いるでしょう。だけど、神さまは今日、私たちをあなたに出会わせてくださいました。そのことに大きな意味があると私は思います。どうか、支援してくれる人々の親切や優しさを、安心して受け取ってください。」
タカはナンシーの元気良くやさしい口調や気持ちまで含めて通訳してくれているかのようだった。
長い間、美沙は内でモヤモヤしていた葛藤という荷物を下ろす所を見つけられずにいた。
誰かに「いいんだよ」ってはっきり言ってほしかった。
「こう考えればいいよ。こうしたらいいよ。大丈夫だよ。」そう道を示してほしかった。
美沙の心の中につかえていた、言葉にできなかった重荷がやっと肩から落ちたような安堵感に、思わず泣き崩れてしまった。人前で泣くなんて。小学校も卒業して、もう子どもじゃないのに…と思いつつも後から後から流れる涙をどうすることもできなかった。ナンシーは美沙を黙って抱きしめて支えてくれた。子守唄にも似た優しい口調で何か言っていたのは、祈ってくれていたのだろうか。流れるような黒髪から、どこか懐かしい匂いがした。
* * * * * *
ぱちり。目が覚めた。
……見慣れない天井。
気がついたら美沙は1階の和室で寝かされていた。敷き布団代わりに並べた座布団に寝かされ、毛布をかけてもらっていた。どうやらあの後、疲れが一気に出て眠ってしまったようだった。状況を理解し、自分のあまりの図々しさに顔が『ぼん』と真っ赤になった。がば、と起き上がって
とつぶやいた。ややパニックになりかけた美沙だったが、
鈴子だ。ちょっと離れていたところで背を壁にもたせて座り、本を読んでいた。
「あっっ……ご、ごごごごごごめんなさい!私……。」
座り直して正座し、頭がひざにぶつかるかと思うくらい勢い良く謝る美沙だった。
「あー大丈夫だいじょうぶ♪落ち着いた?ごはん、取ってあるよ。」
即刻おいとましようかとも思ったのだが、言われてお腹が空いている自分に気付く。
ぐううううう、と美沙のお腹が鳴る。育ち盛りの身体は嘘をつかない。
何やら嬉しそうにそう言うと、鈴子はキッチンへと消えていった。どれくらい眠っていたのだろう。あれだけいた人々は大半がいなくなっていた。残っているのは子どもたちが数人、それに大人が4、5人くらいだった。
ほかほかと湯気の上がるカレーを鈴子はちゃぶ台の上に乗せてくれた。
「甘口に作ってあるから、物足りなかったらこれね。」
と、スティック状の小袋に入ったスティックのガムラマサラパウダーもテーブルに載せる。
美沙は手を合わせて「いただきます」をして、ぱくぱくと食べ始めた。鈴子が隣で頬杖をつきながら見ている。
とニカッと笑う。鼻の頭にできる笑いじわが何ともチャーミングだった。
深刻な問いではなく、素朴に聞いてみたくなって尋ねてみた。
少しも迷う事なく答える鈴子に美沙は多少面食らいながら、
「うん、そう。親。おっきくてー、頼りになってー、子どものことがかわいくてしょうがなくてー、子どもの事を一番に考えてくれる、親バカ?みたいな?」
(やっぱりそう。鈴子さんも牧師さんと一緒。私の知ってるものを使ってしゃべってるけど、その実態を私は知らない。私が知らないものを、きっと彼女達は知ってるんだ。)
「それは、鈴子さんは、誰かに言われて信じたんですか?」
「うん、そうだね。友達とか教会のおばさん達とかが教えてくれた。みんな笑顔がものすっごく素敵で、最初は彼女達に惹かれていろいろ学んだり尋ねたりし始めたんだよね。」
「で、いつしかあたしも彼らが信じてたイエス様に出会って、体験するようになっていったんだ。」
やっぱり異世界だ、と思わずにいられない美沙だった。
信じられない、という口調で聞き返す美沙。そりゃ、聖生学園の朝拝で先生方がそんな感じのメッセージを語るのは聞いてきた。けどそれは教師が壇上から語る話で、私の日常とは関係ないもの、とどこか距離を置いて聞いてきたのだ。こんなに身近な存在として神の話を聞くとは夢にも思わなかった。
「あの、鈴子さん、笑わないで聞いてほしいんですけど……。」
そう言って美沙は、台湾チームのダンスで体験した事を話し始めた。恥を忍んで号泣したことにも触れた。うまく説明できない体験を、なんとか消化したい、理解したいという探求心の方が勝ったのだ。鈴子は美沙の話しに相づちを打ちながら真面目に聞いてくれた。
「それは、神さまが美沙ちゃんの心に触れて下さったんじゃないかな。」
「信じてるとか信じてないとか、神さまはそんな小さなお方じゃない、って事かもねー。」
「愛されている。」男女の恋愛でしか聞いたことのない言葉に多少違和感を感じつつも、それが「大切にされている」という意味なら分からないでもないな、と美沙は思った。
「……私、まだよく分からないことだらけですけど……今日体験したことは、やっぱり神さまと無関係とは思えない。そんな気がします。」
「ま、お付き合いはまだ始まったばかりだから、焦らずにね。」