カノンとクリスマスイブ

文字数 5,130文字

12月24日
クリスマス・イヴ
カノンは不機嫌だった

「なぁカノンーいい加減機嫌直せって」

「パパの言う通りよ、チキンが不味くなっちゃうわ」

「そうだぞぉ、カノンの不機嫌でもう食えたもんじゃない」

どんな因果関係だ

パパもママも物事に頓着しなさすぎだ

「クリスマスにはケーキでしょー!」

「だーかーらー、注文をし忘れていたのはさっき謝っただろう?」

「謝って済む問題じゃないっ!」

「しょうがないじゃない、誰にだって間違いはあるわ」

またこれだ。二人して結託して責め立てる私を悪者にするのだ

「そんなん悪い子じゃあサンタさんからプレゼントを貰えないぞぅ」

「っ!いいもん!いらないもん!プレゼントなんかっ!」
机に並ぶ皿に乗ったチキンを殴りつけ床に叩き落す
さすがにやりすぎたと一瞬後悔が脳裏を過ったが
知ったことではない。悪いのは私じゃない

「あっ!こら!カノン!」

「もう!なにやってるの!」

叱咤する両親をその場に残し
カノンは自室へと走って戻り
がちゃりと鍵を掛けた

「パパとママの馬鹿」

そのままベットにごろんと横になる

どんどんと激しく扉を叩き、カノンの名を呼ぶ声が聞こえるが
完全に無視を決め込む

部屋はリビングと同じく、クリスマスパーティー仕様で
クリスマスツリーやリース、それにバルーンなどが飾り付けられており
今のカノンにとっては見たくもない景色となっていた

なにか食べる前に口論が発生し
正直腹ペコだったが
構わず眼を瞑り、眠ろうとした

階下からは両親の話声が聞こえてきて
両手で耳を塞いだ

もう顔も合わせたくない、声だって聞きたくない

つつーとカノンの眼からは涙が零れた
だってずっとずっと楽しみにしていたのだ、クリスマスケーキ
誕生日なのに、クリスマスなのに
特別な、嬉しい日なハズだったのに

パパもママも平気な顔して
ケーキなんて些細なことだって言う
そうじゃない
私にとってはそうじゃない

大嫌いだ

だいっきらいだ

♢♢♢
いつのまにか眠ってしまったのだろう
小さく寝息を立てるカノン

その寝室のドアをがちゃりと開け一人の男が侵入してきた

そろりそろりと部屋主を起こさぬようにゆっくりと歩いていく
しかし、侵入者は飾り付けのバルーンが壁から外れて
床に転がっているのを見落とした
暗がりだったせいもある

結果、男はバルーンを踏みつけ
ぱんっと鋭い破裂音が部屋中に響いた

「・・・な、なにっ!?」
カノンは眼を覚まし侵入者と眼が合った
赤と白を基調した少し小太りのその男は
「サ、サンタさん・・・なの?」
サンタクロースその人であった
「わ、わ!しまった!」
サンタは慌てふためき
どう取り繕えばいいかどうかわからずに
その場で固まってしまった

「サンタさん、ほんとにいたの?」
おっかなびっくりといった様子でベットから起き上がるカノン

「そう、そういうことになる・・・多分」
失態から未だに立ち直れずに
サンタはしどろもどろで返答を返す

「は、初めまして」
基本的に礼儀正しいカノンは
サンタに向かい、ぺこりとお辞儀をした

「あ、あぁ初めまして・・・じゃいけないんだけどなぁ」
同じようにお辞儀しつつ、あーあと情けない声を出すサンタクロース

「いけない?」
きょとんとした顔でサンタの言葉を繰り返す

「そう、絶対に見られちゃいけなかったんだよ、僕の姿は本当は」
ばつが悪そうな顔でサンタは言った

「そんな、だったら私絶対に他の人に言ったりしません!」
疑念を持たせないように、はっきりとそう宣言するカノン

「そうだと、助かる」
申し訳なさそうな顔でサンタは礼をする

「その・・・代わりに・・・なんですが
サンタさん、もしかして橇に乗って来たんじゃないかなって」
と、カノンは言いづらそうに切り出した

「う、うん、そうだよ。橇で飛んできた」

「やっぱり!絵本と同じなんだ!」
眼をぱっと輝かせ心底嬉しそうにする少女

「そ、それがなにか?」
要領を得ないと言った様子でカノンに問いかける

「私、空・・・空を飛んでみたい」
それは少女の出した交換条件だった

「それは・・・構わないけど」

「ほんとに!?」
意外にもあっさりと承諾されたその要求に飛び跳ねて喜ぶカノン

「やった!」

「橇は家の近くに駐めてある、行こう」
そういうと両親を起こさないように
そっと家の外に出た

「さむっ」
昼間は降っていたなかったはずだが
いつのまにか雪がしんしんと降りしきり
家にも路面にもうっすらと雪が積もっていた

二人はカノンの家の近くに駐めてあった橇まで来た
橇にはトナカイが繋ぎ止められており
大量のプレゼントが山のように積み上げられていた

「赤鼻じゃないんですね」

「それは童話の中だけだよ」

可愛さのあまりカノンは思わずトナカイを撫でる
トナカイはとても気持ちよさそうにしていた

「さぁ乗って」

「は、はい」
自らが提案したことなのだが
いざ、空を飛ぶとなると緊張し尻込みしてしまう

「大丈夫、緊張しないで」
カノンの気持ちを察してか
隣に座ったサンタは優しく声をかけ
カノンを安心させるよう努めた

小刻みに震えながらもこくんと頷き、それを返事とする

「ようし・・・いくぞ」
掛け声と供に手綱を引くと
ふわりと橇は浮かび上がった

「うわぁあ、わああぁ!」
驚きと感動、恐怖が綯い交ぜになった声を上げ
カノンは橇から身を乗り出して
地上を離れていくさまを見逃すまいとする

「どうだい、感想は?」
得意げな顔でカノンを見遣る

「す、凄いです!ほんとに飛んだ!」
次第に点になっていく我が家を眼で追うカノン
段々とそれも厳しくなると
サンタに向かって笑みを浮かべた     ☆

「このまま街を一周するよ」
一定の距離まで上昇するとサンタはそう言いながら
手綱を締めた
カノンはこくんと首肯する

夜空には雪がふりしきり
上空からでも地上のイルミネーションが点在して見え
それはとても美しかった

「とっても綺麗・・・サンタさんはいつもこんな景色を見ながら飛んでいるの?」

「そうだね、橇で飛んでいるとまるで夜空が僕一人だけのものになったような
そんな気がするんだ」

「ちょっと・・・傲慢です」

「ふふ、そうだよね」
サンタなりのジョークなのだろう。

そんなやり取りをしている内に
二人を乗せた橇は街を一周した

「そろそろ戻ろうか」

トナカイを操りながら、そう何気なくカノンに提案した

「もう・・・ですか」
そう聞くとカノンはあからさまに落ち込んで
サンタにおずおずと切り出した

「あの・・・もうちょっと・・・もうちょっとだけいいですか?」

「うん・・・?別にいいけれど」
サンタは当然、カノンの家庭の事情を知らなかったが
なにかを察するには十分すぎるほどカノンには影が合った

それからまた飛んだ

街の上を半周ほど進んだ頃だろうか
サンタはカノンに話しかけた

「なにか、あったのかい?」
一個人が突っ込みすぎだとは思ったが
サンタは職業柄
子供の沈んだ表情には我慢がならなかった

「パパとママと、喧嘩したの」
カノンは訥々と語った

「そうか」
サンタは優しく相槌を打つ

「ケーキを・・・買い忘れたの・・・
クリスマスだったのに、誕生日だったのに・・・
楽しみにしてたのに!」
その場のやり取りを思い出したのか
鼻をすする音だけが虚空に消えていく

「そうか、それは辛かったね」
サンタはただ聞き続ける
それが一番、最善だと思ったからだ

話を聞きながらもトナカイは橇を引き
依然空を飛び続ける
いつの間にか二週目はとうに過ぎていた

同情はしたがいつまでもこうしているわけには
いかないというのも本音であった
サンタにはプレゼントを待っている子供達が大勢いた
この区域のノルマを達成しなければ
他のサンタクロースに迷惑をかけることになる

どうしたものかとサンタが逡巡していると
カノンのほうから話かけてきた

「もう・・・いいです、サンタさん」

「・・・わかった」

トナカイの手綱を引くと
橇は下降していき
カノンの自宅へと一直線に向かっていく

不思議なもので地面へと着地する際には
物音一つせずに橇は着陸した

「これを、渡しておくよ」
真っ白い大きな袋から箱を取り出すと
それをカノンに手渡した

「これは・・・?」

「君がもうこれを既に望んでいるかどうかはわからないけれど
クリスマスプレゼントだ、受け取って欲しい」
戸惑いつつもカノンはプレゼントを受け取る

「ありがとう、ございます」

「楽しんでくれたようでよかったよ」
サンタはカノンに微笑む

「いえ、我儘いって、すいませんでした

ぺこりと頭を下げて礼をいうとカノンは橇から降りる

「それじゃあ・・・さよなら」
くるりと踵を返すと家を目指して歩き出す

数十歩進んだところでいきなり後ろを振り向き
サンタクロースのところに走って戻ると
向かい合って、おずおずと口を開いた

「あの・・・来年も会えますか?」
サンタは吃驚した表情を浮かべたが
それから少し悩んで首肯した

「それは・・・構わないけど」

「ほんとですか・・・!」

だが言葉とは裏腹にその表情は少し複雑であった

「本当は駄目なんだけどね」
ポロっと出た本音

「あ・・・ご、ごめんなさい」
今宵の邂逅は事故である
サンタはカノンどころか
どの大人にも、子供に見られてはいけない存在であった

「いや、いいんだ。迂闊だった僕が悪いんだ」
軽いショックを受けるカノンに対して
君が謝る必要はないとサンタは慌てて少女を庇った

「はい・・・」
小さく頷くカノンを見てから
一拍置いてサンタは切り出した

「約束するよ、12月24日、クリスマスイブに
僕はまた此処を訪れる」
カノンに対してハッキリとそう宣言する

「その時、また会おう」

心の底から嬉しそうなカノンに釣られてサンタも笑顔になる

「楽しみにまってます」

「うん、僕も楽しみにしている
それじゃあ・・・また・・・親御さんと仲良くね」
ふわりと浮かび上がる橇は
どんどんと上昇していき
夜空へと舞い上がり
やがてカノンの眼には追えなくなった

「仲良く・・・かぁ」
夢のようなひと時は
サンタの現実に引き戻す一言と供に終わった

降り積もった雪を踏みしめながら
今度こそ自宅へと戻る
その足取りは重く、両手に持ったプレゼントの箱はずっしりと重かった

がちゃりとドアを開けると寝静まっていたと思っていた父親と母親が迎え入れた

「パパ・・・ママ・・・」

「心配したんだぞ!」

「家出したんじゃないかって!」

「ごめんな・・・さい」
気まずい沈黙が三人の周りに漂う

「兎に角部屋に戻ろう、風邪を引いちゃうよ」

「そうね、中にお入りカノン」

「はい・・・」

家に入ろうとするカノン
その二人の眼に嫌でもプレゼントの箱が目に付いた
「カノン、その箱は?」

「え・・・」

「もしかして、サンタさんが来てくれたの?」

「う、うん・・・そうなの。私にって」

「そうかぁ、それは中身を見ないとな」
わくわくといった様子で父親は箱を受け取ると
リビングへ運んでいく

カノンが落としたチキンだけは綺麗に片付けられていたが
それ以外はリビング内は先ほどと同じ様相だった

カノンがいないクリスマスパーティーなんて意味がないとは両親の談だ

机にプレゼントの箱を置いて紐解いていく

「あっ」

それはメリークリスマスと誕生日おめでとうと両方書かれたプレートが
飾られた大きなケーキだった

「大きくて美味しそうなケーキねぇ」
感心してケーキを見遣る母親
「本当になぁ」
それに父親も釣られて同じようなオーバーリアクションをとる
ここら辺は実に似たもの夫婦だ

「うん、ほんとに美味しそう」
二人に同調したわけではない
本心から出た言葉だ

「カノンあのな」
居住まいを正し、改まってカノンに向き直る
母親の方も珍しく真剣な態度を見せる

「あれから一緒に考えたんだよ、パパとママもカノンの気持ちを考えなさすぎたってね」

「カノンにとって、ケーキはただのケーキじゃなかったのよね」

「すまなかった」

カノンが部屋に籠った後
二人は随分と話し合い
結果配慮が足らなかったという結論に至った

「わかってくれたなら・・・いい」
カノンとしてもここまで下手に出られると強くは出れなかった

「さぁ!パーティの続きをしよう!」
重苦しい雰囲気を払拭するように
ぱんっと手を叩き、破顔する

「さぁさぁ。カノン、席に座って」
促されるままに席に座る

「う、うん・・・わかった」

先刻のことが脳裏を過り、少し気まずさが残っていたが
両親がそれを気遣ってかいつも以上に明るく振舞う


お腹が空いていたのもあったが
料理はとても美味しかった

プレゼントのケーキもとても美味しかったし
言うことはなかった

両親もこの日以来
少し態度を改めたのか
カノンの意見を尊重するようになった

カノン自身も両親に対する態度が多少は軟化した

良い子にしなければサンタさんが来ない

そんな迷信を信じたわけではないが

なんとなく、遠くにいってしまうような、もう会えないような
そんな気がして、怖かったのだ

来年のクリスマスまではまだまだ先だが
カノンは待った
あの夜空の景色をもう一度サンタと見れるのを今から心待ちにして
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