第93話 近くて遠い距離 4 ~親友・幼馴染~ Bパート

文字数 6,628文字


 蒼ちゃんを始め、咲夜さんグループですらも咲夜さんの事を気にする素振りすらなく昼休みを迎える。
「蒼ちゃんお昼しよ」
「……」 
「……約束だから良いよ」
 当然今日は咲夜さんが休んでいるから、実祝さんが完全に一人になってしまう。
 私はその事に気付かないフリをしたのだけれど、当然蒼ちゃんはそれを由とはしてくれない。
 今日も蒼ちゃんから、私にとっては厳しい注意を貰うのかと思いながら、お弁当を持って教室を出る。
「良かった間に合った。岡本さん、早速だけど来週の火曜日だから、昨日の話の続き出来ないか?」
 いや、教室を出たところで倉本君と出くわす。
「今日は親友とごはん食べるからまた明日とかでも良い?」
 確かに協力するとは言ったけれど、毎日だと優希君も良い気はしないだろうし、何より今日は蒼ちゃんと朝の話の続き、保健室へ一緒に行く話をしたいのだ。
「いや別に二人きりじゃなくても良い。岡本さんの親友って事なら俺も仲良くしておきたいし」
 なのに別に二人じゃなくても良い。どころか、蒼ちゃんとも仲良くしたいと言ってくれる。
 ホント一番初めの蒼ちゃんがいるのですら嫌がっていた倉本君の姿を知っているだけに、その変わりように驚きを隠せない。
「分かった。倉本君がそう言ってくれるのなら」
 ただ相手が誰であれ、蒼ちゃんを大切にしてくれるのであれば無碍にする事は私には出来ない。
「ありがとう岡本さん」
「……」
 私の返事に倉本君の方は昨日と打って変わって笑顔に、一方私に半眼を向ける蒼ちゃんと一緒にいつもの四人掛けの席へ移動する。

「そっちの人は久しぶりだな。俺が会長とかそう言うのは気にせずに同学年の友達として接してくれると嬉しい」
 私の正面に倉本君が、そして私の隣に蒼ちゃんが座ってくれる。それにしても形や経緯はどうあれ倉本君も蒼ちゃんを大切にしてくれるのであれば、それはそれで嬉しい事だし、倉本君と二人きりでも無いから実はこれは良い形なんじゃないかと思えてしまう。
「昨日の続きって事は昨日も二人で?」
 蒼ちゃんも知らない男子じゃないからか倉本君と普通に会話を始めている。
「ああ。今後は色々と岡本さんが俺に協力って言うか、俺の力になってくれるって事で、こうして甘えさせてもらってるって訳だから、俺ともっと仲良くしてくれたら嬉しい」
 そう言って私にはにかんで来る倉本君。いや今、蒼ちゃんと喋ってたと思うんだけれど。
「俺の力って……統括会で一つのチームなんでしょ? だったら私じゃなくてもみんな同じように言ってくれるって」
 実際雪野さんの事をお願いしたら、優希君も彩風さんもちゃんと協力してくれているんだから。
「倉本君はみんなのリーダーなんだから、もっと自信を持っても大丈夫だって。ね?」
 昨日みたいな落ち込んだ倉本君なんて彩風さんも見たくないに決まってる。
 だからもう一回念を入れて励ます意味でも、倉本君に笑顔を向ける。
 出来る事なら私の近くにいる人には笑顔でいてもらいたいのだ。私はそのための自分の名前だと思ってる。
「……」
 でも私の気持ちを知ってくれているはずの蒼ちゃんが、ため息をつく。
 一方で倉本君の方はお弁当のおかずをお箸で摘まんだままこっちを見ているから、
「倉本君。落ちるよ」
 取り敢えず意識を私からお弁当に戻してもらう。
 そんな私たちのやり取りを見ていた蒼ちゃんがぽつりと一言。
「それって倉本君だからとかそう言うんじゃなくて、一つの問題に対して全員で協力するって事だけで、別に会長さんだから協力するだけで、そこに底意は無いよね?」
 何か蒼ちゃんが変な言い回しをする。
「……? そうだけれど他意って……他に何かあるの?」
 大体私には優希君がいるのだし、その優希君が私の良い所って言って、男の人独特かは分からないけれど、葛藤はしながらでも、優希君が私を信用してくれたのだ。
 だから他の何かがある訳がない。私は蒼ちゃんの質問に当たり前の解答をしたはずなのに、蒼ちゃんの半眼がきつくな……ってる気がする。
「愛ちゃん。後で話ね」
 何でか分からないけれど、叱られる事が一つ増えた気がする。
「ところでその交渉の話なんだけれど、倉本君の意見ももったいぶらずに教えてよ。倉本君の上に立つ人としての考え方は立派だと思うけれど、人に何か訴える時はやっぱり自分の言葉でちゃんと話すのが大切だと思う」
 そうやって優希君と仲を深めて、本音で話せるように、思った事を相手に伝えられるようになって来たのだから。
 それに時間はかかったけれど、少しずつ妹さんの事、優希君自身の話もしてくれるようにはなって来てる。それを思い返しても、やっぱり自分の気持ちを自分の言葉で伝えるって言うのは大切だと思う。
「岡本さんがそう言ってくれるなら。俺としては確かに雪野は粗もあるし、統括会としては首をかしげる事も多い。でも俺は雪野なりにまじめに取り組んでる姿も見てるから、そう言うのを伸ばせるような立ち回りをしたいのと、このくらいの人数はまとめられるようになりたい。だからこそ今の状態で中途半端に投げ出すんじゃなくて、今のこのメンバーで最後までやり通したい」
 そう言い切った後、恥ずかしかったのか顔を赤らめる倉本君。
「えっと。雪野さんってあの議長さんの事なんだよね?」
 蒼ちゃんが申し訳さなそうに確認してくる。
「そう。あの雪野さん。全部が全部雪野さんが悪いんじゃないんだけれど、まあ色々あって統括会のメンバー全員で雪野さんを守る協力をする事になってる」
 私は蒼ちゃんにあらましだけ伝えてから、
「だったら雪野さんの良い所を上げながら交渉するのも手だと思うけれど、どうかな? それに私だってこのメンバーでやり切りたいし、優希君も言ってたようにせっかく入れ替えたとしても、その人と協力できる保証も無いんだし」
 これで良いのかは何とも言えないけれど、一本。考え方の指針みたいなのはあった方が考えやすいとは思う。
「そうか、雪野の良い所か……」
 でも倉本君はそう言った切り考え込んでしまう。まあ、こういう姿を教頭先生に見せてしまうと苦言くらいは出してくるとは思う。
 でも私は学校の先生と言う訳でも無いし、ましてや励ます意味でも倉本君に協力するって決めたのだから、こっちから無粋な事を言う気はない。
「雪野さんの良い所と言えば時間や規律にはきっちりしているよね。役員の自覚としてそう言うのは生徒の模範にはなるよね」
 一つ一つを取ってみれば雪野さんも決して統括会として合っていなわけじゃない。言い方や、やり方の問題はあれど答えだけはちゃんと合っているのだ。
「分かった。一度その線で考えてみる。岡本さんの色んな見方・考え方に助けられてる。いつも本当にありがとう」
 この話をしている間は蒼ちゃんが入れない事を意識してくれたのか、時折蒼ちゃんの方に視線を向けてくれていた倉本君が話を切り上げる。
「そんな事無いって。人の意見も考え方も十人十色。人によって色んな考え方もあるんだから」
 本当に今までの倉本君は何だったのかと言うほどの変わりよう。普段からこんな気遣いをずっとされていたのなら、彩風さんの気持ちも分からなくはない。
「……なあ岡本さん。岡本さんのそう言う奥ゆかしい所も俺は良いなって言うか、そんな岡本さんに対する俺からの感謝の気持ちをどうしても受け取って欲しい。そして出来れば俺に岡本さんの気分転換の手伝いをさせて欲しい」
 そしていつの間にか蒼ちゃんではなく私の方をじっと見つめていた倉本君が、私の目の前に、前に見た手のひらサイズの紙袋を置いてしまう。
 しかもあの日からそこそこ日付が経つにもかかわらず汚れもシワも一切なく、昨日買って来たと言われればそう思ってしまいそうなほど大切に保管してくれていた事も見て取れてしまう。
「く、倉本君?! 私は昨日統括会での事なんだから、こう言うのはナシで行こうって言ったよ?」
 だからって受け取れない。どうして当たり前の事を言っただけなのに感謝されてこっちが困る事になるのか。
「どうしてもって言うのなら、一度受け取ってもらった後はどうしてもらっても構わない。ただ、俺の気持ちを受け取って欲しいんだ」
 そう言ってこっちをじっと見つめて来る倉本君。助けを求めて蒼ちゃんの方を見るも、倉本君と紙袋に視線を往復しながら驚いている。
 でも私はそのままで良い、男慣れするなら自分だけにしてくれと、優希君で慣れて欲しいと言ってくれた優希君の信頼を裏切りたくない。
「……」
 かと言って私に対する気持ち、更には前回よりも長くきれいに保管していた事も分かるだけに、前回よりも断るのがしんどい。
 もう後で叱られる事になっても何でも良いから、蒼ちゃんに助けて欲しいとの視線を送り続ける。
「どうしてもって……心を込めて倉本君が選んでくれた物、そんな事出来るわけ無いって」
 そうしている間にも倉本君が押してくるから、私もそれを無視することも出来ずに、視線を戻して倉本君と会話をせざるを得なくなる。
「じゃあせめて岡本さんの気分転換を俺に任せてはもらえないか?」
 けれども今回は電話も何もないから、逃げ出す事も何もできない。
「倉本君が統括会の為だからって言うから協力したのに、倉本君個人の話になるなら私、協力できないよ……」
 倉本君は私がびっくりするような気遣いを見せてくれるようにはなったし、蒼ちゃんの事を大切にしてくれるようになったのは嬉しい。でも私は倉本君にはなびかない。
「俺としてはその岡本さんの気持ちだけで十分なんだ」
 優希君なら私が本当に困ってたら辞めてくれるし、それ以上は押し込んで来ないのだ。
 しかも更に今回は何か分からないけれど、倉本君が私に何かをしたいみたいだ。
「いや気分転換って。私たち今年は受験生なんだから、私なんかに時間を使わないで、倉本君も自分の受験のために自分の時間を大切にしようよ」
「あぁ……いやそう言う事じゃなくて――」
 私の答えに何か不満があったのか、言いよどみながらも何かを言いかけた時、
「会長さん。愛ちゃんが困ってるのでそれ以上は辞めてあげて下さい」
 やっと私の視線に気が付いてくれた蒼ちゃんが、倉本君を止めてくれる。
「愛ちゃんは物に惹かれるような事は無いので、会長さんのそれは逆効果ですよ」
 そう言って何と蒼ちゃんが倉本君の紙袋を押し返してくれる。
「いや俺は物で釣るとかそう言うつもりは全くなくて、ただ岡本さんに感謝してるだけなんだ」
「会長さんを勘違いさせてしまった愛ちゃんには後で蒼依から言っておきますけど、愛ちゃんはそんなに軽い女の子じゃないです。だからデートの約束をしようとしても、愛ちゃんは中々受けないと思います」
 蒼ちゃんが物怖じしないでハッキリ言った事にもびっくりしたけれど、
「え? で……デート?」
 それ以上に会長の誘いにびっくりする。
「やっぱり愛ちゃん気付いてなかったんだね」
 いや気分転換って……そう言う事なのか。一緒に遊びに行くとか、一緒にお茶しに行くとかそう言うんじゃないのか。いやそれをデートって言うのか。
 あれ、でもデートって好きな人と二人で過ごすからデートなんじゃ……考えれば考える程分からなくなってくる。
「……」
 私が考えている間にも、倉本君は顔を赤らめながら、キリッとした表情を作って私の方を見て来る。
「……」
 蒼ちゃんが余計な事を言って気付かせてくれたおかげで、私もどう反応して良いのか分からない。
 いやもちろんそう言う話なら断るの一択なんだけれど、これ、このまま断ったら今後の統括会で気まずくなるんじゃないのか。
「……会長さん。蒼依の親友である愛ちゃんにそんなだまし討ちは駄目ですよ。ちゃんと愛ちゃんが納得した上で同意してくれたら、その時は蒼依も応援します」
 いやいや待ってよ蒼ちゃん。それだと倉本君が私に期待してしまうんじゃないのか。
「……確かにそうだな。だまし討ちとかそう言うつもりは無かったけど、岡本さんにちゃんと伝えないといけなかったな。すまん。ちょっとカッコつけすぎた。だから改めて俺から誘わせて欲しい。その上で出来れば俺とのデート受けて欲しい。その時は全力で岡本さんを楽しませるから」
 そう言って肩を落としてしまう倉本君。
「物とか、今みたいな話じゃなかったら、雪野さんの事にはちゃんと協力するから」
 私は昨日に引き続いての倉本君の落ち込んだ姿は見ていられなくて、協力するだけなら良いと言ってくれた優希君の言葉を思い出して、思わず声を掛けてしまう。
「ああ。俺としてはそれだけでも嬉しい」
「じゃあ会長さん。愛ちゃんと少し話がしたいのでお先に失礼しますね」
 そんな私に半眼を向けた蒼ちゃんに、半ば引っ立てられるようにして倉本君とのお昼を終える。
 そう言えば、物も受け取らなかったし、で……デートのお誘いも断れたことになるのか。


「愛ちゃん。今日の事、空木君も知ってるの?」
 倉本君の姿が見えなくなった辺りで足を止めて聞かれる。
「うん。昨日の内に倉本君に協力する事は言ってある。その時に物を貰ったりするのだけは絶対ダメだって言われていたからさっきはありがとう」
 もちろん私は隠さずに優希君に言っているし、さっきの倉本君からの贈り物も蒼ちゃんが断ってくれたからと、素直にお礼を口にしたはずなのに、大きくため息をつく蒼ちゃん。
「あの会長さん。愛ちゃんに本気だよ。空木君はあの本気の会長さんの事知ってるの?」
「それも知ってるって言うか、優希君から私に対する倉本君の気持ちを教えてもらったから」
 その前から薄々感付いてはいたけれど、倉本君から直接聞いたであろう優希君から直接聞いたのだから、別に間違った事は言ってないはずなのに、蒼ちゃんの半眼やため息をついている姿を見ていると、何か悪い事をしたような気になってしまう。
「色々言いたい事も多いけど、あの会長さんにこれ以上優しくしたら駄目だよ。でないと愛ちゃんがもっとしんどくなるよ。後、男の人に力になるとか、そう言う事も言わない方が良いよって言うか、さすがにそれは言ったらだめだと思うよ。その辺りもちゃんと空木君と話した?」
 朱先輩からもよく似た事は言われた事もあるし、優希君からも出来れば辞めて欲しいとは言われたけれど、
「それだと私、何も喋れなくなるよって聞いたら優希君が、色々悩んではいたみたいだけれど、それは私の優しさだから良いって言ってくれたよ」
 それは私の良い所だとも言ってくれたし、私には優希君が一番カッコ良いと、束縛が強い男の人だと思われたくないとも言ってくれていた。
「愛ちゃん。一回空木君とお話ししたいんだけど良い? もちろん愛ちゃんも一緒で」
 そうしたら蒼ちゃんが私の方を寂しそうに、うらやましそうに見ながら聞いて来たから、
「もちろんそれはかまわないけれど」
 蒼ちゃんだったらと思って二つ返事をする。
「良い? 愛ちゃん。空木君みたいに優しくて心の広い男の人って少ないんだから、手放したら駄目だよ」
 そうしたら突然お母さんみたいな事を言い出す蒼ちゃん。
「もちろん嫌われないように努力はするし、飽きられないように自分磨きをする事も忘れないけれど、人の心だけは強制できないって」
 口ではそう言うけれどそんな訳ない。
 優希君と別れるとか考えたくもないし、私の隣に別の男の人とか優希君の隣に別の女の人とか、考えるだけで居ても立ってもいられなくなる。
「愛ちゃん。好きな人の前でだけは意地を張ったらダメだからね」
 午後の授業が始まる予鈴が鳴った昼休み。
「待ってよ蒼ちゃん」
 私の返事を聞かずに教室に戻る蒼ちゃんを追いかけるように、私も自分の教室に戻る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
         「私を慕ってくれる可愛い後輩に何、したの?」
            留守の間に何かされたらしい後輩
  「中条さんは知らないかも知れないけれど、統括会の愛先輩もすごいんだから」
               得意気に語る彩風さん
       「ありがとう優希君。私も優希君の事、だ……大好きだよ」
               愛ちゃんの素直な気持ち

         「先生にあの時の話をする事はありませんが――」

          94話 繋がる点と点 ~届かない思い3~
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