第2話
文字数 1,729文字
十数メートル先でうようよとうごめくゾンビの大群を前に俺は脱力しながら呟いた。
「……もっと嫌なパターンじゃねぇか」
もはや嫌がらせとしか思えないが、取り敢えずゾンビが追いかけてきたら逃げるしかないだろう。俺はゾンビたちがいない方角へと逃げた。
と、今度はくたびれたスーツ姿のおっさんが現れて「こっちだ! こっち!」と叫ぶ。どうやら俺以外にも人間がいる設定のようだ。取り敢えずおっさんに付いて走って行くと、ゾンビ化していない人間が三人ほどいた。
ザ・ミリタリーな感じのクルーカットのおっさん、もじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた若い男、そして小学生くらいの子供だ。
クルーカットのおっさんが、「すぐに出発するぞ」と指す方向にはヘリコプターが見えた。アレで一気に遠方に逃げる計画らしい。ゾンビは、その数を増してどんどん近づいてくる。
俺達はヘリに乗り込んだ。
俺が操縦席に入ろうとすると、「女がヘリの操縦をするな!」という声とともに、ヘリから蹴りだされ、俺は地面へと落っこちた。
「車やヘリや船は男が乗るもんだ! フランス語やイタリア語で車が女性名詞なのは、男が乗るモノだからだよっ!」
罵声を浴びながら、俺は後部座席へと這い込んだ。
チクショウ! なんなんだ。
この状況はムカつくが、新参者の俺はむっとした顔で黙っているしかなかった。ヘリは順調に離陸し飛行を続けたが、その移動の間、ずっと俺はクルーカットのおっさんに説教され続けた。
「休憩所についたらコーヒーを入れろ。女は家庭的でなくちゃいけないからな。あと、シャワーを浴びた後の服装は、素っ裸の上にだぼだぼの男物のシャツを羽織れ。胸元のボタンは3つか4つはずしておけ。セクシーでなくちゃいけないからな」
スーツはニヤニヤしながら、眼鏡の方はというとボォーとした顔でそれを聞いているだけだ。
俺の方はというと、頭の中には、あの契約書を交わした女科学者だか博士だか医者だかの顔を思い出してはらわたが煮えくりかえっていた。
これはきっと、意趣返しみたいなものだろう。アイツら、フェミニズムだのなんだかんだと言う連中は、権利だの、私たちは被害者だの差別されているだのというが、世の中がそういう風にできているんだから、仕方がない。女は男に守られるもので、それゆえに支配されるもので、子どもを産んで育てるもので、太古の昔からそうと決まっている。
ヘリは、眼下にまっすぐな道路を見ながら、西へ西へと向かっているようだった。
「おい、いったいどこへ向かっているんだ? 到着地は安全なのか? 燃料は足りているのか?」
俺が質問すると、
「論理的な説明や解決策について議論する役はお前じゃない!」
と、またもやクルーカットに怒鳴られた。
何なんだ。
基本的に、彼らの言ってることは正しいと思うが、自分が言われるとムカつく。いや、でも……いや何がおかしいのかわからなくなってきたぞ。
そうこうしているうちに、ヘリはさびれた小さな牧場へと着陸した。周りには何もなく、数頭の牛と山羊、犬がいるだけだ。
俺達は辺りを警戒しながら母屋へと入っていき、水と食料の備蓄を確認した。缶詰や瓶詰の食品、そして少量のコーヒー豆もあったので、俺はヘリの中で言われた通りにコーヒーを人数分入れて配って歩いた。屈辱だ。
「しばらくは大丈夫そうだな」
「ああ、だが原因がわからないうちは安心できねぇ」
「武器が必要だな。ありあわせのもので、手製の火炎瓶なんかを作ったらどうだ?」
「それよりもバリケードだ」
俺は、会話に参加していないガキに話しかけた。
「お前、名前は?」
「……ジャック」
「お前の親か?」
俺は、顎でクルーカットを指して聞いた。ガキはコクリと頷いた。
突然、クルーカットが俺に向かって言った。
「なぁ、このコーヒー薄いな。豆をケチってないか?」
「じゃあ、お前のガキに言えばいい。『ジャック、豆を取って来てくれ』ってな」
「そういう、ジ〇・キャリー的なセンスのいいお笑いは女がやらなくていいんだよ」
「……」
だめだ、もう限界だ。
俺は、キッチンにあった包丁を、クルーカットの首筋に深々と突き刺した。血がだぶだぶと流れた。
そして数十秒後、男はゾンビになった。
(次話に続く)
「……もっと嫌なパターンじゃねぇか」
もはや嫌がらせとしか思えないが、取り敢えずゾンビが追いかけてきたら逃げるしかないだろう。俺はゾンビたちがいない方角へと逃げた。
と、今度はくたびれたスーツ姿のおっさんが現れて「こっちだ! こっち!」と叫ぶ。どうやら俺以外にも人間がいる設定のようだ。取り敢えずおっさんに付いて走って行くと、ゾンビ化していない人間が三人ほどいた。
ザ・ミリタリーな感じのクルーカットのおっさん、もじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた若い男、そして小学生くらいの子供だ。
クルーカットのおっさんが、「すぐに出発するぞ」と指す方向にはヘリコプターが見えた。アレで一気に遠方に逃げる計画らしい。ゾンビは、その数を増してどんどん近づいてくる。
俺達はヘリに乗り込んだ。
俺が操縦席に入ろうとすると、「女がヘリの操縦をするな!」という声とともに、ヘリから蹴りだされ、俺は地面へと落っこちた。
「車やヘリや船は男が乗るもんだ! フランス語やイタリア語で車が女性名詞なのは、男が乗るモノだからだよっ!」
罵声を浴びながら、俺は後部座席へと這い込んだ。
チクショウ! なんなんだ。
この状況はムカつくが、新参者の俺はむっとした顔で黙っているしかなかった。ヘリは順調に離陸し飛行を続けたが、その移動の間、ずっと俺はクルーカットのおっさんに説教され続けた。
「休憩所についたらコーヒーを入れろ。女は家庭的でなくちゃいけないからな。あと、シャワーを浴びた後の服装は、素っ裸の上にだぼだぼの男物のシャツを羽織れ。胸元のボタンは3つか4つはずしておけ。セクシーでなくちゃいけないからな」
スーツはニヤニヤしながら、眼鏡の方はというとボォーとした顔でそれを聞いているだけだ。
俺の方はというと、頭の中には、あの契約書を交わした女科学者だか博士だか医者だかの顔を思い出してはらわたが煮えくりかえっていた。
これはきっと、意趣返しみたいなものだろう。アイツら、フェミニズムだのなんだかんだと言う連中は、権利だの、私たちは被害者だの差別されているだのというが、世の中がそういう風にできているんだから、仕方がない。女は男に守られるもので、それゆえに支配されるもので、子どもを産んで育てるもので、太古の昔からそうと決まっている。
ヘリは、眼下にまっすぐな道路を見ながら、西へ西へと向かっているようだった。
「おい、いったいどこへ向かっているんだ? 到着地は安全なのか? 燃料は足りているのか?」
俺が質問すると、
「論理的な説明や解決策について議論する役はお前じゃない!」
と、またもやクルーカットに怒鳴られた。
何なんだ。
基本的に、彼らの言ってることは正しいと思うが、自分が言われるとムカつく。いや、でも……いや何がおかしいのかわからなくなってきたぞ。
そうこうしているうちに、ヘリはさびれた小さな牧場へと着陸した。周りには何もなく、数頭の牛と山羊、犬がいるだけだ。
俺達は辺りを警戒しながら母屋へと入っていき、水と食料の備蓄を確認した。缶詰や瓶詰の食品、そして少量のコーヒー豆もあったので、俺はヘリの中で言われた通りにコーヒーを人数分入れて配って歩いた。屈辱だ。
「しばらくは大丈夫そうだな」
「ああ、だが原因がわからないうちは安心できねぇ」
「武器が必要だな。ありあわせのもので、手製の火炎瓶なんかを作ったらどうだ?」
「それよりもバリケードだ」
俺は、会話に参加していないガキに話しかけた。
「お前、名前は?」
「……ジャック」
「お前の親か?」
俺は、顎でクルーカットを指して聞いた。ガキはコクリと頷いた。
突然、クルーカットが俺に向かって言った。
「なぁ、このコーヒー薄いな。豆をケチってないか?」
「じゃあ、お前のガキに言えばいい。『ジャック、豆を取って来てくれ』ってな」
「そういう、ジ〇・キャリー的なセンスのいいお笑いは女がやらなくていいんだよ」
「……」
だめだ、もう限界だ。
俺は、キッチンにあった包丁を、クルーカットの首筋に深々と突き刺した。血がだぶだぶと流れた。
そして数十秒後、男はゾンビになった。
(次話に続く)