第5話 意外と

文字数 2,665文字

大学に入ってからというもの月日の流れがとても早く感じ、もう金曜日だ。

僕は大阪から滋賀にある大学まで通っている。片道2時間だ。家族や友達には滋賀で下宿したらいいのにと言われるが、海釣りが好きな僕、大阪が好きな僕にはそのような選択肢はない。それに片道2時間の電車通学も悪くない。なぜなら、家にいる時とは違い誘惑が少なく読書に集中できるからだ。大学時代はとにかく本を読んだ。僕の専門分野であるスポーツ健康科学から、経済学、経営学、社会学、心理学などの専門外の本もよく読んだ。それらの知識は全て電車内で学んだことであり、僕にとって電車は第2の勉強部屋だった。

難しい本やな、疲れた

経済学の古典を読んでいたが、あまりの難解さに頭の疲労はピークを迎え、少し休憩することにした。帰りの電車でちょうど高槻を過ぎた頃だった。

芸能人 オーディション 大阪

息抜きがてら、スマートフォンで検索した。すると来週大阪で開催されるオーディションを見つけた。


芸能人になりたい人、有名になりたい人、歌手になりたい人、動機はなんでもオーケー!
オーディションを開催します。皆様のご参加を心よりお待ちしております。


これだ

すぐに詳細ページを開き募集要領を確認した。書類受付が今日までだったため、本は鞄の奥深くにしまい、志望動機をチーターのような速さで書いた。僕はあの日の事を素直に書いた。自分も彼のようになりたいと……

書類はネット提出可能で助かった。郵送なら応募できないところだった。そして、さすがは芸能界のオーディション、志望動機だけでなく、自分のベストショット写真も送らねばならなかった。僕はスマートフォンのアルバムを開き1番カッコよく写ってるであろう写真を添付した。

書類審査の結果は来週月曜日にメールで来るらしい。今日は金曜日。いつもなら楽しみにしている土日が僕を焦らしているようで少し鬱陶しく感じた。

家に着きバイト先へ向かった。バイト先は寒い倉庫だが昔ながらの人の温かみがあり、身体は寒いが心は暖かかった。深夜まで働き家までの帰路は睡魔との闘いだった。夜ご飯は鳥の胸肉だけ食べて眠りについた。

先週神戸に行ってからもう1週間経った。京子とのデートは明日だ。今日は親友の涼と釣りに行く予定だ。涼は誰しもが認めるイケメンだが、そのせいで女関係はドロドロで、純粋な恋愛はしていないだろう。

「どこ行く?」

「いつもの所でええんちゃう?」

「そうやな。あそこ風裏になってるから冬場でも釣りしやすいもんなあ」

僕達は貝塚にある釣り場に向かった。そこは沖向きポイントが有名だが、風裏になる水路と呼ばれる方も案外釣れる。いつも通り、僕の車で僕が運転して釣り場に向かった。

「いつもすまんな」

「別にええで。ガソリン代多めに払ってくれてるから助かるわ」

僕が車を出す代わりに、涼はガソリン代を多く払ってくれる。

「今日は数で勝負やな」

「ええで。負けた方がラーメン奢りな、今日はあっさりラーメンやな」

「いいね」

涼は釣りで賭け事をするのが好きで、いつも魚の数かサイズで勝負を挑んでくる。そして、僕が賭けるものを決める。今日は魚の数でラーメンを賭けることになった。

貝塚までの道にはラーメン屋が多数存在し、あっさりからこってりまでオールジャンル備わっている。本当はこってりラーメンを食べたいが、ダイエットの敵なのであっさりでかつ、ヘルシーなラーメンを提供しているお店に行くことにした。

釣り場に着き、狭いトランクから竿を出し準備した。

「この女どう思う?」

「普通に可愛いやん、今その人狙ってるん?」

「おう」

相変わらず涼は遊び人だ。毎週会う女が変わってる気がする。僕の性格と正反対だがなぜか、親友だ。

今日は数で勝負ということなので、針は小さいものを使い重りも軽くした。これで小さいサイズの魚も釣れるはずだ。

釣りを始めて数分が経った頃1通のメールが来た。


こんにちは。先日はオーディションにご応募いただき誠にありがとうございます。
厳正なる審査の結果、貴殿の書類選考通過をお知らせ致します。つきましては後日ご連絡させていただきます。


まだ土曜日やのにどういうことや?

僕はこんな早くにメールが来るとは思ってもおらず、呆気にとられていた所に電話がかかってきた。

「こんにちは。太陽カンパニー人事の今川と申します。斉藤翔太様のお電話で間違いないでしょうか?」

「あ、はい。斉藤翔太と申します」

「突然のご連絡失礼します。実はというと、審査員一同斉藤様を高く評価させていただいており、個別面談という形でお時間を作っていただきたく思いご連絡させていただきました」

「高く評価していただき誠にありがとうございます。非常に恐れ多く思っております。ぜひ自分でよければお願いします」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。社員一同斉藤様には魅力を感じております。いきなりですが明日はどうでしょうか?」

「ありがとうございます。明日は何時にでもお伺いいたします」

「そしたら……明日15時に太陽カンパニー大阪本社ビルにてお待ちしております」

「わかりました。明日はよろしくお願い致します」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します」

僕は釣りどころではなくなった。涼は少し離れた所で釣りをしていたため会話は聞こえておらず、必死に魚釣りをしている。そして1匹目を釣り上げた涼は嬉しそうな顔で近づいてきた。

「よっしゃー、1匹目。今日は勝たせてもらうで」

「何を何を。まだまだ始まったばっかりやで」

涼は素早く針を外し魚をクーラーボックスに詰め込んだ。そして餌を付けすぐにキャストした。

またしても涼が釣り上げた。

この日は涼が7匹、僕が3匹で僕の負けだ。帰りにあっさりラーメンを奢った。僕は明日の面談のためにあっさりラーメンは食べずに、さらにカロリーの低いヘルシーラーメンの少なめを食べた。涼はその姿を不思議そうに見ていたが、ダイエットをしているという僕の言葉に頑張れと言い、彼は大盛りを食べていた。

家に着きジムへ向かった。明日、少しでも細く見せれるようひたすらに走った。ジムを出て家の門をくぐる頃には疲労感に満ち溢れていた。なんとか風呂に入り布団に入った。

明日はどうなるのだろうか……

幼い頃の遠足前のような不安と楽しみな気持ちでいっぱいだった。
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