第3話 -2-

文字数 662文字

「おー、すごい。〈***〉ほとんどないじゃん」
 〈***〉はどうしても聞きとれない箇所に使う表記だ。奥村の原稿はほぼそれを使わない完璧な原稿に仕上がった。
「やっぱケバ取り・話者少なめ・録音環境良しと三拍子揃うと気持ちいいっすね。内容がアレでも、さくさく起こせるとやっぱ楽しいっすわ」
「ほう。素起こし・話者10名超え・雑音多し、しかもドロドロの遺産相続争いの音声を起こした俺に喧嘩売ってるのか?」
 仁志の目は据わっている。昼休憩時までオフィスに残る物好きなスタッフは、奥村と仁志、それにボスである上原しかいない。奥村は新作のカップ麺の蓋を開けながら「絡むな絡むな」と上機嫌である。
「ふん。楽な音声と思ってると足元をすくわれることもあるからな。毎日、カップ麺ばかり食ってると脳みそも溶けそうだしな」
「カップ麺に対する偏見やめてくださーい。美味しいんですー。毎日色とりどりの野菜ばっかの弁当食ってるのもどうかと思うけど」
「食えるうちが華よ」
 男2人のいがみあいを、上原はペンタゴン煎餅の咀嚼音でさえぎる。うちの職場は皆、偏食なのだろうか、と奥村は思った。
「じゃあ2人とも同時に原稿あがったし、チェックはお互いのをやってもらいましょー。それで平等。これぞ上原裁き」
 ふふん、と鼻息を荒くする上原に、奥村は「えー」と渋り、仁志は「チェックより楽な起こしを……」とぼやいた。
「なんだなんだ。文句があるならはっきりとしゃべりなさい。ぼそぼそしゃべる話者は同業者に嫌われるよー」
 核心をずばり突くボスのお言葉に、2人はぐうの音も出なかった。
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