第3話

文字数 2,553文字

 異世界。
 今までは漫画やアニメやライトノベル……いわゆる二次元の空想の中でしか存在しなかった概念。
 しかし現在はこの世界と交流を続けているあの世界、ということになる。
 確かこの会社の名前も、異文化商会なんて名前だった気がする。
 もしかして、何か関連性でもあるのだろうか?

「何処まで……って。私は異世界の人間と会ったこともないから、信用も何もないですよ。それに」
「それに?」
「異世界があることが分かったからって……私達の生活が何か変わる訳でもないし」
「……それが君の解答か」

 東谷はズレていた眼鏡の位置を元に戻すと、スマートフォンを取り出した。

「この会社はどのような会社か分かるかね?」
「いえ、全く。……あれ? ということは合格?」
「まあ、一言で言えば……」

 雪乃の言葉を華麗にスルーして、東谷は笑みを浮かべながらこう言い放った。

「……『悪の組織』、だな」

 ……悪の組織、とは。

「あの、悪の組織とは、いったいどのような組織なんですか?」
「説明したいのはやまやまだが……、残念ながら今の君にそれを知る権利はない」
「え?」
「そうだな……。ただ、一つだけ言えることはある。それは、この世界は君が思っている以上に、風変わりな物がたくさんある、ということだ。取り敢えず、オリエンテーションをするとしよう。その前に……志穂!」
「お呼びですか」

 コンマ一秒の遅延もなく、直ぐにドアを開ける志穂。

「雪乃を部屋に連れて行け。ああ、後……仕事着にも着替えさせろ」
「承知」

 ぐぐいと雪乃の手を引っ張って部屋を後にする志穂。
 痛い痛い! という彼女の叫びを聞いていたかどうかは、志穂にしか分からない。


   ◇◇◇


 雪乃に用意された部屋は、二階の一角にある部屋だった。
 小さい部屋のように見えるが、それでも雪乃がずっと暮らしていたおんぼろアパートより広い。それだけでこの部屋にちょっとした優越感のようなものを感じることが出来る。
 クローゼットから衣服を出して着替えるように言われた雪乃は、先ずは部屋を確認することにした。部屋は白を基調としたレイアウトをしており、家具は必要最小限。机の上にはスマートフォンと充電器、それにノートパソコンも置かれている。

「うわー、ハイテク……。これ、仕事で使うのかな……」

 仕事用にスマートフォンとパソコンを分けて使うのは、結構良くある話だ。もしかしたら個人のスマートフォンを持たせないようにしたのも、これが原因だったのかもしれない。

「ええと……確かクローゼットに衣服が入っているって言っていたような……」

 仕事着ってどんな格好なんだろうな、と思いながらクローゼットを開けてみると。
 そこにはメイド服がずらりと並べられていた。

「……何だこれ」

 所狭しとメイド服が並べられている。
 右を向いても左を向いてもメイド服。
 サイズの違いはあれど、その衣装(コスチューム)はどれも同じだ。

「いや、給仕しろってか……」

 言われてみたら、志穂の格好もメイド服だった。
 もしかして、あの会長(バカ)趣味(わるふざけ)なのか。

「……おっと、いけない」

 仮にも上司をバカ呼ばわりするのは、モラルが問われる。仮にクズでどうしようもない性格をしていたとしても、上司は上司だ。給料を貰っている立場にある訳だ。強引なやり方であったとはいえ、先ずは当たって砕けてみないと何も始まらない。

「とはいえ……」

 メイド服に着替えるのは、雪乃にとって少々、いやかなりきつい問題だった。
 メイド服のイメージといえば秋葉原にあるメイド喫茶で、『ご主人様』に奉仕する存在。つまり、オムライスの上にケチャップでハートマークを描いたり、訳の分からないポーズを取って愛を注入的な何かをしたりする。歪んだ認識であることは重々承知しているが、しかし、そのようなイメージだったら、私は絶対にメイドにはなりたくない。

「終わりましたか」

 雪乃の思考を強引に中断させてきたのは、志穂だった。志穂はずっと外で待っていたようだったが、痺れを切らしたのか、中に入ってきた。
 というか、良く見たらもう一人居る。メイド服を着た、お姉ちゃん的な人間が。
 その人間は、雪乃とクローゼットを一瞥して、一言。

「……未だメイド服を着ることについて抵抗があったのですか。だとしたら、困りますね」
「メイド服はこの会社の制服なんですか?」

 こくり。
 志穂は頷いた。

「どうして?」
「会長の趣味ですよ」

 やっぱり、と言いながら溜息を吐く雪乃。

「と……いうか、あなたは?」
「ああ、すいません。遅くなりました。わたくし、四葉恵美と言います。恵美さんと呼んでください」
「じゃあ……あの、恵美さん」
「はい、何でしょう?」
「どうしても、これを着ないといけないんですか?」
「ええ、そうですね……。これからこの東谷異文化商会で活動していく上で、メイド服が着られないというのはかなりのマイナスですから。とはいえ、ここから出て行くことは最早不可能。……見たでしょう? 志穂ちゃんの、この刀」

 こくこく。
 無表情で淡々と述べていく恵美に恐怖を覚えて、何度も頷く雪乃。

「じゃあ、何をするかも……」
「分かりました。分かっています。分かりましたよ! メイド服、着りゃあ良いんでしょう! 着りゃあ!」
「分かっているなら、それで良いんですよ」

 とはいえ。
 恵美はさらにその言葉に付け足した。
 あれ?
 何か不味いことでも口走ってしまったか?

「とはいえ、もうかなり時間をオーバーしてしまっている、というのもまた事実。オリエンテーションは十分後というところまで迫ってきている。メイド服を着たことがない人間は、それを着るのに時間がかかると聞いたことがある。なら、考えられる道はただ一つ」

 一つ、と人差し指を立てて言う恵美。
 何だろう。
 何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか……!

「さあさ、身を委ねて」

 ……その後、恵美と志穂によって雪乃がメイド服に着替えさせられたのは、言うまでもない。
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