予告 「覚醒」

文字数 1,479文字

 
 薄暗い地下牢にいた。
 手足が動かなかった。
 何かに縛られているようだった。
「起きて」
 姉の声が聞こえた。
「起きなさい」
 なぜ姉だとわかるのだろう。意識すらないというのに。いや、待て、意識がなかったら、そもそも人の声など聞こえないはずだ。ということは、「私」は死んでいないのか? では、ここはどこだ? 牢屋? そもそも、「私」は誰だ?
魔梨花(マリカ)
 ああ、そうだ。『櫻井魔梨花(サクライ マリカ)』だ、私は。どうして忘れていたのだろう。
「お姉ちゃん?」
 何だ、声が出るじゃないか。自分の声は女性にしては低めだろうか。でも甘くて心地いい響きだと誰かが言ってくれた。
「他の人のことは考えないで」
 ああ、お姉ちゃん、ごめんなさい。
「いいのよ。それより、目を開けて」
 はい。
 パチ、と瞼を上げた。
 巨大なモニターに、お姉ちゃんの顔が映っている。綺麗な茶色の髪。優しい目。うちの家族はみんな美人だ。
「ありがとう。それより、これを見て」
 また映像が変わる。
 現れたのは、きつい目つきの、憎たらしい顔をした男だった。なぜこんなに私を睨んでくるのだろう。
「こいつは、黒子(クロコ)というの」
「変な名前」
 思わず吹き出してしまった。
「『黒曜石(オプシディアン)』を瞳に宿しているわ」
 なるほど。
「あなたの『ルビー』で、滅茶苦茶にして」
 わかった。
「さあ、行きなさい。武器は全部……」
「大丈夫だよ。身体中に仕込んであるから」
 そう、私は女。戦う人。お姉ちゃんに仕込まれた格闘術と、かけがえのない仲間がいてくれる。だから何も怖くない。
「やっと起きたか」
 あら、藤井(フジイ)ひかり。
「こっちも忘れないでよ」
 武井日奈子(タケイ ヒナコ)じゃない。
「私たち、いつも三人でやってきたでしょ?」
 当たり前。
「早くバイクに乗れよ。暴れたくてしょうがない」
 まあ、三人も乗れるの? ヘルメットも可愛い。
「ひかりの後ろは私だからね!」
 わかってるってば。甘えん坊だなあ。
 
 グオオオオオオオオオオオオオ……。

 凄まじいエンジン音が流れ続けている。

 バチバチバチッ!!

 強い静電気のような痺れが起きた。
 周りの景色が、一変する。
 光速のスピードでバイクが走る。日奈子の長い黒髪が顔にかかって、くすぐったい。しっとりした髪だな。この子はとても見た目に気を使っているから。
「着いたぞ」
 下を見ると、目的地だった。
 ネオンの光が、人の命の灯みたいだ。
 今は夜か。お月様を見上げると、満月だった。
 だから、か。
 とても気持ちがいいのは。
 力がどんどん湧いてくる。
 気分がハイになっていく。
「準備は出来た?」
 もうちょっと待って、日奈子。
「お前は充電に時間がかかるからな」
 ごめんね、ひかり。
「いいよ」
 ネオンの輝きが強くなっていく。命が躍っているようだ。
 私はこれから、「それ」を奪う。
 大切な誰かの宝物を。
 私たちは、宝石強盗だから。
 世間では『怪盗マリー』なんて言われて、もてはやされているけど。
「いいじゃない。マスメディアがあおってくれれば、かえって仕事がやりやすいわ」
「そうかな」
「お、声が出た。じゃあ行くぞ。しっかり掴まってな」
「うん」
 ひかりが、一段と凄い音を出した。まるで世界が叫んでいるみたい。
「レディ、ゴーッ!!」
「イッツ、ショーターイム!!」
 始めよう。
 大切な人を、奪うために。

『怪盗魔梨花、いよいよ放送!!』

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