第10話 四苦八苦
文字数 1,513文字
Suicaも迷うことなく使えた。目的の駅に着き、そうだ、と思って財布を確認すると、4万9千円入っていた。一日だけ人間に変身する身には多すぎる。
涼音さんに何か買ってやれということか。いや、初めて会う男がいきなりプレゼントというのも変だ。
時間がかかるぞ、という万年様の予言なのだろうか。いや、暗くなる前に帰ってこいと言った。
小銭入れも確認した。890円入っていた。すべての紙幣と1円玉と5円玉を除いた硬貨が入っている。かなり中途半端な金額だけど、万年様は芸が細かい。
二本足で歩くのもそれなりに素敵だ。塀の上ほどではないけど、目線が高くていい眺めだ。でも、土曜日だから人混みがすごい。
49890円……49890円……僕は歩きながら唱えた。
ん? 嫌だなこれ。四苦八苦!?
万年様のにやりと笑った顔が頭に浮かんだ。
その不吉な数を変えるために急きょコンビニに入った僕は、ガリガリ君を買った。
猫の僕はガリガリ君なんてもちろん食べたことはない。でも、人間になった僕の脳は、食べる前からその味を知っていた。
銀行のウィンドウに映る七夜月と名付けられた男を見た。うん、なかなかの出来だ。
人間として生きた記憶なんてもちろんないけれど、二十数年は生きたように見える男としての、知識とか常識は備わっているように思えた。
腰に巻いているのは、茶トラ柄のパーカー。万年様も粋なことをする。でも、こんな変な柄のパーカーなんて、世の中で売っているのだろうか。
店内に足を踏み入れるとさわさわと涼しい。
いた。鈴音さんはすぐに見つかった。僕は少し身を引いて涼音さんを眺めた。こんなにはっきりと涼音さんが見えることは、感動以外の何ものでもなかった。
腕を組み、あごに手を当て、時に腰をかがめ、目星をつけたシューズ以外のものも眺めている涼音さん。
僕にとっては大きくて、女神のような存在だった涼音さんって、こんなに小柄な人だったのかと改めて驚いた。
152センチ、ふと気づけば身長もインプットされている。靴のサイズは22.5㎝。さては、と思い浮かべようとしたけどスリーサイズは出てこなかった。ほんとに万年様は、余分に芸が細かい。
やがて店員さんを呼び、あらかじめ決めていたシューズを指差してサイズを告げた。
会計をすませて外に向かう涼音さんの後方にそっと近づいた。足音を忍ばせるのは猫の特技だ。
狙いを定めたノースリーブの二の腕をこぶしでぽてぽてと叩こうとして、またもや猛烈に感動していた。こんなにもはっきり見える涼音さんの姿に。それから右手を少し引いた。
「うっきっきー! 久しぶりじゃない!」
ぎょっと振り返った顔は、思いの外険しくて、僕は衝撃を受けた。
「ま……眉、怖っ!」
「なんですか⁉」
「あ……ごめんなさい。人違いでした。く、靴を買ったんですね。あは、あはは……」
涼音さんの、こんな怖い顔を見るのは初めてだ。芝居を仕掛けた僕の頬が、引き攣っていくのが分かった。
「ここには服もケーキも売ってませんので」相変わらず憮然としているけど、返事はしてくれた。
「で、ですよねえ。あ、お詫びにお茶でもどうですか」
涼音さんの眉間が、さらに険しくなった。
「あ、あはは……け、ケーキでもいいですよ」
その眉間は絞った雑巾みたいになった。
万年様大的中の四苦八苦……。
涼音さんに何か買ってやれということか。いや、初めて会う男がいきなりプレゼントというのも変だ。
時間がかかるぞ、という万年様の予言なのだろうか。いや、暗くなる前に帰ってこいと言った。
小銭入れも確認した。890円入っていた。すべての紙幣と1円玉と5円玉を除いた硬貨が入っている。かなり中途半端な金額だけど、万年様は芸が細かい。
二本足で歩くのもそれなりに素敵だ。塀の上ほどではないけど、目線が高くていい眺めだ。でも、土曜日だから人混みがすごい。
49890円……49890円……僕は歩きながら唱えた。
ん? 嫌だなこれ。四苦八苦!?
万年様のにやりと笑った顔が頭に浮かんだ。
その不吉な数を変えるために急きょコンビニに入った僕は、ガリガリ君を買った。
猫の僕はガリガリ君なんてもちろん食べたことはない。でも、人間になった僕の脳は、食べる前からその味を知っていた。
銀行のウィンドウに映る七夜月と名付けられた男を見た。うん、なかなかの出来だ。
人間として生きた記憶なんてもちろんないけれど、二十数年は生きたように見える男としての、知識とか常識は備わっているように思えた。
腰に巻いているのは、茶トラ柄のパーカー。万年様も粋なことをする。でも、こんな変な柄のパーカーなんて、世の中で売っているのだろうか。
店内に足を踏み入れるとさわさわと涼しい。
いた。鈴音さんはすぐに見つかった。僕は少し身を引いて涼音さんを眺めた。こんなにはっきりと涼音さんが見えることは、感動以外の何ものでもなかった。
腕を組み、あごに手を当て、時に腰をかがめ、目星をつけたシューズ以外のものも眺めている涼音さん。
僕にとっては大きくて、女神のような存在だった涼音さんって、こんなに小柄な人だったのかと改めて驚いた。
152センチ、ふと気づけば身長もインプットされている。靴のサイズは22.5㎝。さては、と思い浮かべようとしたけどスリーサイズは出てこなかった。ほんとに万年様は、余分に芸が細かい。
やがて店員さんを呼び、あらかじめ決めていたシューズを指差してサイズを告げた。
会計をすませて外に向かう涼音さんの後方にそっと近づいた。足音を忍ばせるのは猫の特技だ。
狙いを定めたノースリーブの二の腕をこぶしでぽてぽてと叩こうとして、またもや猛烈に感動していた。こんなにもはっきり見える涼音さんの姿に。それから右手を少し引いた。
「うっきっきー! 久しぶりじゃない!」
ぎょっと振り返った顔は、思いの外険しくて、僕は衝撃を受けた。
「ま……眉、怖っ!」
「なんですか⁉」
「あ……ごめんなさい。人違いでした。く、靴を買ったんですね。あは、あはは……」
涼音さんの、こんな怖い顔を見るのは初めてだ。芝居を仕掛けた僕の頬が、引き攣っていくのが分かった。
「ここには服もケーキも売ってませんので」相変わらず憮然としているけど、返事はしてくれた。
「で、ですよねえ。あ、お詫びにお茶でもどうですか」
涼音さんの眉間が、さらに険しくなった。
「あ、あはは……け、ケーキでもいいですよ」
その眉間は絞った雑巾みたいになった。
万年様大的中の四苦八苦……。