SIX

文字数 8,404文字

 診療所の裏には黄色いミニバイクが止まっていた。入間くんがキーを挿し、ハンドルを捻ると、エンジン音がした。
「よし、行けそうだ。陸さん、加古田さんの黒真珠は持った?」
 ヘルメットをかぶった頭で頷くと、入間くんのおでこにぶつかった。
「……ところで入間くん、バイク乗れるの?」
 入間くんは今年高二になる。免許は十七歳以上でないと取れないわけで、当然無免許ということになる。
 この質問に、珍しく入間くんが戸惑った表情を見せた。
「乗ったことは……ないけど、乗っている人を見たことはあるよ」
 何でもできそうなイメージの入間くんから出た、お茶目な一言。いや、お茶目だなんて言っている場合ではないのだけど、思わず私は笑ってしまった。
「乗っている人だったら、私だって見たことあるよ」
「俺だって、完璧超人じゃないんだから、できないことだってあるよ。でも、やらなきゃ何もできないだろ!」
 そう言って勢いをつけて地面を蹴り出すと、バイクを滑らかに走り出した。バイクは路地を順調に走っていく。
「私、入間くんってどんな人なのかずっと知りたかった」
「え? 俺はそのままだよ。冷徹でロボみたいな機械人間。弥生先輩もそう言ってただろ」
 入間くんの発言に、私は少し驚いた。弥生さんが言っていたことを自覚していたのか。私は少し笑うと、その発言を訂正した。
「私はそうは思わないよ。確かに恐いくらい冷静だなって初めは思った。でも、ずっと守ってくれたじゃない。本当は情に厚くて温かい人だよ」
 後ろからだと入間くんの表情はわからなかったけれど、つかまっていた体が少し熱くなったように感じた。
 路地は人通りが少なかったので順調にバイクを走らせることができたが、大通りに出ると思ったとおりに走れない。
 あちこちに出ている露天や、歩行者が邪魔で何度もバイクを止めた。ヘルメットのおかげで私達の顔が見られなかったのは良かったが、何度バイクを道に捨てていこうかと思ったことか。
 それでも、大通りの端の方になると、大分人も露天もなくなり、スムースに走行できた。
 前方に大きな門が見える。牛頭トンネルを抜けて、車の中から見たのと同じだ。大きく「沙門街」と書かれている。
 私と入間くんはバイクを止めて、その門の下に立った。
 当初は六人いたメンバーが、今はたった二人。門の下で、街であったことを一つずつ思い出した。
 どれもこれも思い出すのが苦しいものばかりだが、絶対忘れてはいけない。私達が今、この門の下にいられるのは、お兄ちゃんや皆の犠牲があったからだ。私と入間くん、どちらに「封」の能力―元の世界へ戻すことができる力があるのかはわからないが、元の世界に戻れた人間は、犠牲になった人間を背負って生きていかなくてはいけない。
 それが重荷になりすぎて、竜也さんのようになるかもしれない。そんな覚悟は当にできている。そうじゃなきゃ、お兄ちゃんが私と入間くんを送り出してくれた意味がなくなってしまう。
 しばらく私達は風に吹かれていた。生暖かくて、気持ちの悪い風。どこまでも体にまとわりつく。まるでこの世界の象徴のようだ。どこまでも私達を呪う、不気味な世界。
「ねぇ、入間くん」
「ん?」
 私は真剣な眼差しを彼に向けた。
「もし私が『封』の力の持ち主だったら、後で助けに来てくれる?」
 入間くんは困った顔をして頭を掻いた。
「行かないと、先輩に殺されるよ」
 変な質問をしてしまったと、後から後悔した。こんな危ない街に、また戻ってきて「助けて欲しい」なんて。いくら頼れる入間くんだからって、こんな無茶なお願いしてはいけない。
「ごめん、今のなし! 絶対助けにこないでね。むしろ来たら怒るから!」
必死に取り消そうとする私に対し、入間くんは少しきつめの口調で、言った。
「俺は、できることなら自分が『封』の力だといいと思ってる」
「え……?」
 突然の告白に驚きを隠せないでいると、優しく頭を撫でられた。
「可愛い女の子を、こんな恐ろしい世界に置き去りにできるわけないだろ」
 彼は特段意識していった言葉ではないと思う。分かっていても、顔の温度がみるみる上がっていくのが自分でも感じられた。
 不思議な気分だった。さっきまで、やるかやられるかの世界にいた。今も同じ場所に立っているのに、どうしてこんなに穏やかな気持ちでいられるのだろう。
「さあ、そろそろ行こうか」
 入間くんが左手を出した。私がゆっくりその手に触れると、きつく握り締められた。
 大きくて逞しい手のひら。いつまでも繋いでいたい。少しだけそう思った。


 バイクに二人乗りしたまま沙門街を出ると、目の前に大きな山があった。そこには大きな一本道が通っている。きっとこの先が馬頭トンネルだ。
 しばらくバイクで走っていたが、段々と急勾配になってきたので、途中で乗り捨てた。そこから先はずっと徒歩だ。
 歩いているときはずっとお互い手を繋いでいた。その方が安心できるし、心強い。恋人でも兄妹でもない、微妙な距離感。それが心地よかった。
「俺、修先輩のこと、誤解してた」
「お兄ちゃんを?」
 ゆっくりと暗い道を歩きながら、入間くんは話し出した。
「すぐにケンカ仕掛けて、自分の気に食わないことはいつも反対する、ワガママな人だって思ってた」
 私はつい笑った。
「その通りだよ? 家でもワガママ放題。ここに来る前だって、私が映画観てたのに、勝手にチャンネル変えるし!」
 私につられてか、入間くんも微笑んだ。
「仲いいんだね」
 そんなことない、と私は断固否定したが、その途端寂しさが過ぎった。ワガママで自分勝手なお兄ちゃんは、もういない。
 黙ってしまったのに気がつき、入間くんが咄嗟に謝る。
「ごめん、俺、無神経なこと言った……。けどね、修先輩は自分を犠牲にして、妹を守ることができる、カッコいい人だよ。俺、先輩のこと、尊敬する」
 その言葉に涙が出る。ダメだ。自分でも止められない。泣き始めた私を見て、入間くんは休憩しようと提案してくれた。地面に座って、気持ちが落ち着くのを待った。
「入間くん、お兄ちゃんのこと、忘れないでね?」
 卑怯な言い方だというのは分かっている。他人に身内のことを忘れないでほしいなんて、ちょっと勝手かもしれない。それでも、私以外の人にもお兄ちゃんのことを覚えていて欲しいと思った。ふとした瞬間に思い出すだけでもいい。私だけしか覚えている人がいないなんて、お兄ちゃんが少しかわいそうだから。
 入間くんは強く頷いてくれた。
「修先輩だけじゃない。他の皆のことも、忘れないよ」
 私もゆっくりと頷く。お互いが気持ちを再確認すると、ゆっくり立ち上がった。


 何分歩いたのだろう。どこまでも続く土色の空は、時間の感覚をとうに奪っていた。
 私と入間くんは山頂に辿りついた。山のてっぺんから下を見ると、毒々しいネオンサインがギラギラと光っているのが見えた。
 山頂は街と違って、ねっとりとした風は吹いていなかった。その代わり、少し肌寒く感じた。
 二人で山頂を散策してみる。暗くて見え難いが、トンネルらしきものを探したが、それらしきものは見当たらない。それどころか「穴」らしきものすらない。
「穴はないけど、気になるものはあるんだよねぇ……」
「ああ、できることなら関わりたくはないけどな」
 私と入間くんは同じ方向を見た。視線の先には大きな沼がある。その横には、見覚えのある看板が立っていた。
『ご縁がありますように』―。同じものを牛頭トンネルを抜けた先で見た。
先輩がノリで五円玉を投げ込むと、牛の頭に赤い体の妖怪が出てきた、アレである。
「どうしよう?」
私は入間くんの表情をうかがった。入間くんの持っていた銃は、先輩との戦いで弾切れになっている。
牛の妖怪は攻撃してこなかったとはいえ、ここで出てくる「モノ」が好戦的いう可能性だってありうる。
「やるしかない……かな?」
 入間くんは自分のポケットから財布を取り出し、五円玉を投げ込んだ。
 ブクブクと泡が立ち、また、何かが出てくる。私は思わず入間くんにしがみついた。
 出てきたのは、馬の頭に白く、細い女性の体つきをした妖怪だった。牛頭トンネルでみた牛妖怪より、恐怖は感じない。
「私を呼んだのはあなた達ですね?」
 優しい声が私達を包み込む。あの牛とは大違いだ。
「あなたを呼んだのは俺です。馬頭トンネルを探してここまで来ました」
 馬女は、入間くんを見ると目を細めた。
「あら、素直な子ですね。馬頭トンネルはあなた達の上にあります。御覧なさい」
 そう言って天を指し示すと、土色の空に青い光が輝いた。
「まだ完全に開通はしていません。真珠を六つ、差し出しなさい」
 私は三つの黒真珠を手に乗せ、馬女に向って叫んだ。
「白真珠の代わりに、黒真珠を三つ持ってきました! これじゃ、ダメですか?」
 馬女は人差指を軽く動かすと、黙ってそれを受け取った。
 大きく手を伸ばすと、空の青い光が円柱状になって地面に降りてきた。
「さあ、この光を上に昇れば、元の世界に戻れます。呪文は知っていますか?」
 二人同時に頷くと、馬女は微笑んだ。
「一番上の扉を開くことができるのは、『封』の力を持つものだけです。元の世界に戻れるのは、何の能力も持たない人間……。覚悟はいいですか?」
「待ってください!」
 私は叫んだ。入間くんと、馬女が驚いた顔をする。
「どうしたのですか?」
 私にはずっと考えていることがあった。こうすることでどうなるかも予想がつかない。
それでも、さっきの入間くんの言葉で踏ん切りがついた。
「やらなきゃ、何もできない」―。言ってみるだけ、言ってみよう。何もしないでいるより、マシだ。
「私の真珠を渡す代わりに、お兄ちゃんや弥生さん、佐々木先輩と稲垣さんも元の世界に戻せませんか?」
 入間くんは目を見開いたが、私の言葉に同調した。
「俺の真珠も渡します! だから、先輩や、他の皆も一緒に元の世界に……」
「甘えたこと抜かすんじゃないよ! ガキ共が!」
 さっきの優しい声から一転、ドスの聞いた低い声が鼓膜を揺らす。私はそれでも入間く
んの背中には隠れなかった。
「お願いします!」
 大声で叫んで頭を下げる。それでも馬女は態度を変えなかった。
「世の中そんな甘くないんだよ! そもそもその真珠は街の通行許可証。六人全員で通れなかった挙句に、最後にズルしようなんて、無理に決まってるだろうが! 大体黒真珠は人を殺めた印。そんなもんを使って脱出しようって人間が、更にワガママ抜かす気か!」
「六人全員で……」
 馬女に返す言葉をいくら探しても見つからなかった。
私達は新天地に来た時、なんて言った? 『全員で元の世界に戻ろう』。そう誓いあったはずだ。なのに、私達……いや、私は、稲垣さんを見捨てて、弥生さんを見殺しにして、佐々木先輩を敵に回し、お兄ちゃんを盾にした。『チームワークで乗り切ろう』? 何がチームだ。私は皆の屍を踏んで、この山の頂上にきている。
「わかってるのか? あんた達二人が、最終的に全員を殺したんだよ!」
 馬女が追い討ちをかける。その場に膝をついたのを、入間くんが支えてくれる。その様子をみたヤツが、あざ笑うかのように冷たい言葉を吐き捨てた。
「その上、あんた達二人、どちらかが最後の犠牲者になるんだ! これは見物だよ?」
「……のじゃねえ……」
「なに? 聞こえない」
 馬女のわざとらしい声に、入間くんがキレた。
「人の生死を見物なんて言うんじゃねえ! 俺達も先輩達も、この世界で生き残って元の世界に帰ろうって必死だったんだよ! てめえが何者なのかは知らないがな……神であろうと妖怪であろうと、人の命を弄ぶ権利なんてないんだよ!」
 一息で言うと、入間くんは大きく息を吸った。馬女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で彼を見つめた後、鼻で笑った。
「ふん、面白いじゃない。じゃ、その心意気、計らせてもらうことにするよ!」
 大きな白い両手を合わせ、ゆっくりと広げると、二つの木箱が空中に現れた。それはゆっくりと私と入間くんの手の上に降りてくる。
「その中には二つのガラス玉が入っている。もし二人が本当に死んだ仲間を背負って生きていく覚悟があるなら、その石はダイヤモンドに変わるだろう。それがもし、黒いただの石ころに変わったなら……この馬頭トンネルは封鎖させてもらう」
 私と入間くんは視線を交わした。もう、迷いはない。
「私、やります!」
「右に同じく!」
 馬女は不愉快そうな顔をすると、さっさと選ぶように促した。
 私は皆のことを思った。怯えながらも生き残ろうとした稲垣さん。私を優しく看病してくれた弥生さん。険悪なムードを柔らかくしてくれた佐々木先輩。私を最後まで守ろうとしてくれたお兄ちゃん。そして、最後まで一緒にいてくれた入間くん。
 目を瞑って箱の中の石を触る。皆の「生きたい」と思う強い心。右側の石がほんのり温かく感じた。私はそれを手に取った。
 入間くんを見つめる。彼も石を選んだようだ。
「あんた達、本当にそっちでいいの?」
 揺さぶりをかけてくるが、私達の選択は変わらない。二人で選んだ石を、馬女に差し出した。
 馬女は何かぶつぶつと呪文を呟き始めた。選んだ石が、徐々に光を帯びていく。カッと、閃光が走って思わず目を瞑る。目を開けると、つまらなそうな声が聞こえた。
「……ふん、合格よ」
 ヤツの手にあったのは、二つともダイヤモンドに変化していた。
 渋々と青い円柱に入り口を作ると、馬女は最後の憎まれ口を叩いた。
「せいぜいこの中で別れを惜しんでなさい。どうせどっちかしか、元の世界に戻れないんだから」
 それに反論したのが入間くんだった。
「あんたの言う通り、どちらかしか元の世界には戻れない。だけど、戻った方は、絶対にこの世界に置いてかれた人間を助けに来る!」
「そんなきれい事で、世の中渡っていけるわけないよ。元の世界に戻ったら、新天地で起きたことなんて忘れたくなる。ここは地獄のような場所だからね」
「分かってます! だからこそ、大切な仲間をこんな場所に置いていけない!」
 私が啖呵を切ると、馬女はいやらしい笑顔を浮かべた
「せいぜいほざいてな。相手の裏切りに途方に暮れてるあんた達どちらかを見るのを楽しみにしてるよ」
 私と入間くんは、再び手を繋ぐと、青い光の筒の中へ入っていった。


 青い垂直なトンネルは不思議な空間だった。エレベーターのように、ゆっくりではあるがノンストップで頂上まで昇っていく。
最初は沙門街や、さっきまでいた山、馬女が見えていたが、上に昇るにつれて風景が変わってきた。
 次に見えたのは真っ赤に燃えさかる火の海。熱さこそは伝わってこなかったが、まるで火山が噴火した後のように、草花は枯れ、動物達の焼け焦げた死体が横たわっていた。
 そこを抜けると針山が見えた。そこを登る人もいた。横にはその様子を監視する、赤鬼と青鬼が棍棒を持って睨みを利かせていた。
 それが過ぎると今度は血の池地獄。水面から顔を出して息継ぎしようとする人間を、悪魔が上から槍で突付いている。おかげで満足に息が出来ないまま、また水の中に沈まされる。
 嫌な気分でその風景を見やると、今度は良く分からない場面に出くわした。黄金の鎧を着て、じりじりと歩き回る人が見えた。私にはそれが何を意味しているのかわからなかった。
「このトンネルはまだ続くのか」
 私が思わず呟くと、入間くんが何事かとこちらを向いた。
「ううん、独り言」
今のは大好きな映画の冒頭部分だ。あの映画の主人公も、出口を求めて彷徨っていた。私も、今は彼と同じ気分だ。この長いトンネルから出られることを必死に祈っている。
 最後に出たのは海の中。ここは今まで通ったところとは別世界だった。マンタやジンベイザメが悠々と泳ぐ姿は、すさんでいた私の心に爽やかな風を送り込んでくれた。
 エレベーターがチンと最上階に着いたことを知らせた。ドアはまだ開かない。ドアの両サイドには、手を置くところがある。
 入間くんは左手を、私は右手をそこに置いた。
「陸さん」
 藪から棒に入間くんが私の名前を呼んだ。
「ん?」
 私が小首を傾げると、少し恥ずかしそうに入間くんは言った。
「こんなこと、俺が言うのも情けないけどさ。さっき……言ったろ? 『もし私が「封」の能力の持ち主だったら、後で助けに来てくれる?』って」
 私は自分が言ったことを思い出して、再び赤面した。ある意味、これは告白みたいなも
のだ。穴があったら入りたい。まさにそんな気分になり、再び否定する。
「言ったけど、あれはちょっと気持ちが落ちててつい口走っちゃったことで……。助けになんて、危ないから来ないで欲しいのが本音だから」
 そんな否定も聞き流し、入間くんも照れながら続ける。
「俺が『封』の能力の持ち主だったら、俺のこと、忘れないでくれないかな?」
「……え?」
「助けに来てくれなくていいんだ。こんな危険なところ、君には二度と来て欲しくない。だから、せめて忘れないで欲しい……なんて、ワガママかな?」
 私は強く首を横に振った。
「入間くんのこと、絶対に忘れないよ! ずっと、私を引っ張ってきてくれた、恩人だもん」
 二カッと笑うと、ドアに置いていない方の手をぎゅっと握った。
「本当のことを言うとね、もっと入間くんのこと、知りたかった。普段どんな学校生活を送ってるのかとか、バスケ部でどんな活躍してるのか、とか。本当だったら、この春から同じ高校に通えるはずだったのにな」
 段々涙声になってくるのが自分でもわかった。入間くんが最後の仲間だからというのも
あるけれど、もっと他の形で知り合ってみたかった。
 いつの間にか私の心に入り込んできた不思議な人。折角近づけたと思ったのに、もうお
別れなんて、寂しすぎる。
「陸さん……」
「困るよね、いきなりこんな話。でも本当だよ?」
 無理に笑顔を作ってみたが、鼻水が垂れてしまって余計にマヌケな顔になってしまった。
それでも入間くんは優しく私の話を最後まで聞いてくれた。
「だからね、もし、入間くんが『封』の能力を持ってて、私が元の世界に帰れたとしても……きっと入間くんを助けに戻ってくる!」
「バカなこと言うな!」
 入間くんが大声を出した。私はそれでも怯まない。
「バカなことじゃないよ。仲間は皆いなくなってしまったけど、私は絶対入間くんを助けに来る。そして、一緒に元の世界に戻れたら……そしたら、一緒に楽しい学校生活を送ろう!」
 入間くんは突然私が言った「学校生活」というワードがはまったらしく、吹き出した。
「学校生活って……。何を神妙に言うのかと思えば!」
 笑った入間くんとは正反対に、私はふくれっ面になる。
「弥生さんから聞いたんだから。クールで友達がいるかどうかも怪しいって。だから、私が友達になる! いや、友達にして?」
 入間くんはまだ笑い続ける。こんなに笑顔を見せる彼は、もしかすると初めてかもしれ
ない。私の要求はどんどん増えていく。
「入間くん、笑うととってもステキだよ? いつも仏頂面なんて、もったいないよ! 女の子にモテるのが面倒くさいっていうのもあるのかもしれないけどさ。だから、一緒に学校生活を送れるようになったら、笑う練習をしてもらいます!」
「それは勘弁してくれよ」
 二人見つめあって、微笑みあう。満面の笑みだ。
「じゃ、最後の一仕事、行きますか!」
 私が声を張り上げると、入間くんが「ラジャー!」とふざけ半分に返事をした。
 本当は恐い。こうやってくだらない話をしているのも、緊張を出来るだけほぐすためのものだ。それはきっと入間くんも同じだろう。繋いだ手が、かすかに震えている。あの何事にも動じない入間くんですら緊張する一瞬なのだ。今までの私は、皆に助けられてきた。だけど、今度は私が助ける番だ。入間くんの手を更にきつく握る。 
 二人は最後の呪文を、声を揃えて唱えた。
「『シックス!』」


 扉が開いた途端、体の力が一気に抜けた。―そうか。最後の『封』の能力者は、私だったのか。
 首につけていた真珠のネックレスが消えていく。入間くんが何か叫んでいるけど、もうそれすら聞こえない。 
 私は力を振り絞って、入間くんを突き飛ばした。
「行って! 元の世界に戻るのは……入間くんだよ。折角知り合えたのにバイバイだね。それだけが心残り……かな」
 透明なドアがゆっくりと閉まる。向かい側で入間くんが扉を叩いているのが見える。
 声は聞こえないだろうけれど、私は笑顔でこう告げた。
『私達の分まで、強く生きて』――。 


 私を乗せたエレベーターはそのまま下っていく。見上げると、まだ入間くんが私を見つ
めていた。
 力を使い果たした私は、エレベーターの中で眠りに落ちた。

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