第四話 さよならの歌
文字数 1,796文字
「タロウ」
フェリが来たその夜。星空が眩しい夜。聞き慣れた声に、僕は灯火を消して後ろを見た。
「フラ」
彼女の姿はひどい有様だった。着ているセーラー服はぼろぼろで、ガスマスクをつけていない顔は仄かに青く、発光している。
いや、光っているのは顔だけじゃない。剥き出しになった足、腕の切れ込みから輝きが漏れ出て、闇夜の中、仄明るく浮かんでいるように見えた。
「どうしてここに? フェリと一緒じゃないの」
「逃げてきちゃった。でも、場所は多分サーチされてるし、もう時間がない」
「君が活動停止する時間まで?」
僕がそう言うと、フラはどこか悲しげに笑った。
「ごめんね、タロウ。本当はもう少し早く正体を明かせばよかったんだけど」
「いいよ。でもどうして」
「あいつの思い通りにはさせたくないの。あたしにはあいつを害することはできない。でも、自己満足に付き合うのもいや」
――人間に危害を与えてはならない。命令に服従しなければならない。自己を守らなければならない。
古めかしい三原則が頭に浮かぶ。僕の思考を読み取ったように、フラは首を小さく振った。
「あたしはロボットじゃない。あいつに付き合う義理もないの」
「でも、フェリは君を作ったって」
「正確に言えば、あいつのお父さんがあたしの基礎を作り上げたのよ。生体 を元にしてね」
「……じゃあ君は、フェリの妹か姉ってこと?」
「そうなる。生身の部分はほとんど機械にすげ替えられちゃったけど」
フラが僕の側に近付き、その体を僕へと寄り添わせた。その長い睫が震えているのを見る。
「もうそろそろ限界。あたしの命はここで終わる」
「フラは……それでいいの?」
「言ったでしょ。あいつの自尊心を満足させるためなんかに、存在したくない」
青い目と僕の視線が重なる。フラは笑う。いつものように、いたずらをするときのような笑顔で。
「タロウに、海を見せてあげたかった」
「僕に?」
「本物が見たいって言ってたじゃないの」
「そうだけど……僕はそんなことより、もっと君と話してたかったよ」
「タロウは優しいね」
呟くように言って、フラが瞳を閉じた。代わりに口を開き、そこから流れたのは一つの歌だ。
We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re smiling
We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re happy
知らない歌だった。柔らかい歌は次第に静かに消えていく。それでもフラは、歌うことをやめなかった。メロディが風に溶け消えるまで、ずっと。
フラ、と呼んでも答えはなかった。
視線をやれば、僕の体に寄り添ったまま彼女はうなだれていた。体の発光はない。そこで僕はようやく、彼女が<死んだ>のだと理解した。
――それから少しして、バイクの音がする。
「フラ!」
バイクを投げ出し、フェリは怒ったような、焦ったような形相でこちらへ向かってきた。僕に寄りかかっているフラを見て、絶望したみたいな顔を作る。
「……フラ」
「もう<死んだ>よ、フェリ。フラはもう、ここにいない」
フェリは無言で、ただ、悔しそうにフラの<死体>を眺めているだけだった。
「フェリ、お願いがあるんだけど」
「……」
「僕の電脳に、フラが持ってる海のデータを流してくれないかな」
「……何?」
「もちろん僕じゃ、電脳空間には型が古いから流すことはできない。でも、灯火をスクリーンにしてみんなに見せてあげることはできる」
「そんなことをしてオレになんのメリットがある」
「フラのためだよ。フラは海そのものなんだろう。電脳空間に行けないみんなこそが本物を見る。それって凄い皮肉だと思わない?」
僕の言葉に、フェリは無表情でこちらを見上げた。
「データ量は多い。お前の電脳が焼き切れるぞ」
「いいよ。多分僕はフラのために作られて、海を見せるためにここにいたんだ」
僕の存在意義。レゾンデートル。はじめて僕は<灯台 >を捨てる。
「……どうせ計画は水の泡だ。いいだろう。その皮肉、気に入った」
フェリが投げやりな笑顔を見せた。その笑顔は少しだけ、フラに似てるとぼんやり思った。
(怒るかもしれないけど)
フェリはフラを抱きかかえ、灯台の中を上ってくる。そして頂上にある電脳――僕をいじりはじめた。
(君の存在意義を、僕はみんなに教えてあげたいんだよ。フラ)
フェリが来たその夜。星空が眩しい夜。聞き慣れた声に、僕は灯火を消して後ろを見た。
「フラ」
彼女の姿はひどい有様だった。着ているセーラー服はぼろぼろで、ガスマスクをつけていない顔は仄かに青く、発光している。
いや、光っているのは顔だけじゃない。剥き出しになった足、腕の切れ込みから輝きが漏れ出て、闇夜の中、仄明るく浮かんでいるように見えた。
「どうしてここに? フェリと一緒じゃないの」
「逃げてきちゃった。でも、場所は多分サーチされてるし、もう時間がない」
「君が活動停止する時間まで?」
僕がそう言うと、フラはどこか悲しげに笑った。
「ごめんね、タロウ。本当はもう少し早く正体を明かせばよかったんだけど」
「いいよ。でもどうして」
「あいつの思い通りにはさせたくないの。あたしにはあいつを害することはできない。でも、自己満足に付き合うのもいや」
――人間に危害を与えてはならない。命令に服従しなければならない。自己を守らなければならない。
古めかしい三原則が頭に浮かぶ。僕の思考を読み取ったように、フラは首を小さく振った。
「あたしはロボットじゃない。あいつに付き合う義理もないの」
「でも、フェリは君を作ったって」
「正確に言えば、あいつのお父さんがあたしの基礎を作り上げたのよ。
「……じゃあ君は、フェリの妹か姉ってこと?」
「そうなる。生身の部分はほとんど機械にすげ替えられちゃったけど」
フラが僕の側に近付き、その体を僕へと寄り添わせた。その長い睫が震えているのを見る。
「もうそろそろ限界。あたしの命はここで終わる」
「フラは……それでいいの?」
「言ったでしょ。あいつの自尊心を満足させるためなんかに、存在したくない」
青い目と僕の視線が重なる。フラは笑う。いつものように、いたずらをするときのような笑顔で。
「タロウに、海を見せてあげたかった」
「僕に?」
「本物が見たいって言ってたじゃないの」
「そうだけど……僕はそんなことより、もっと君と話してたかったよ」
「タロウは優しいね」
呟くように言って、フラが瞳を閉じた。代わりに口を開き、そこから流れたのは一つの歌だ。
We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re smiling
We’re all alive
It’s because we’re alive that we’re happy
知らない歌だった。柔らかい歌は次第に静かに消えていく。それでもフラは、歌うことをやめなかった。メロディが風に溶け消えるまで、ずっと。
フラ、と呼んでも答えはなかった。
視線をやれば、僕の体に寄り添ったまま彼女はうなだれていた。体の発光はない。そこで僕はようやく、彼女が<死んだ>のだと理解した。
――それから少しして、バイクの音がする。
「フラ!」
バイクを投げ出し、フェリは怒ったような、焦ったような形相でこちらへ向かってきた。僕に寄りかかっているフラを見て、絶望したみたいな顔を作る。
「……フラ」
「もう<死んだ>よ、フェリ。フラはもう、ここにいない」
フェリは無言で、ただ、悔しそうにフラの<死体>を眺めているだけだった。
「フェリ、お願いがあるんだけど」
「……」
「僕の電脳に、フラが持ってる海のデータを流してくれないかな」
「……何?」
「もちろん僕じゃ、電脳空間には型が古いから流すことはできない。でも、灯火をスクリーンにしてみんなに見せてあげることはできる」
「そんなことをしてオレになんのメリットがある」
「フラのためだよ。フラは海そのものなんだろう。電脳空間に行けないみんなこそが本物を見る。それって凄い皮肉だと思わない?」
僕の言葉に、フェリは無表情でこちらを見上げた。
「データ量は多い。お前の電脳が焼き切れるぞ」
「いいよ。多分僕はフラのために作られて、海を見せるためにここにいたんだ」
僕の存在意義。レゾンデートル。はじめて僕は<
「……どうせ計画は水の泡だ。いいだろう。その皮肉、気に入った」
フェリが投げやりな笑顔を見せた。その笑顔は少しだけ、フラに似てるとぼんやり思った。
(怒るかもしれないけど)
フェリはフラを抱きかかえ、灯台の中を上ってくる。そして頂上にある電脳――僕をいじりはじめた。
(君の存在意義を、僕はみんなに教えてあげたいんだよ。フラ)