第5話 いま出来ること
文字数 1,859文字
自席の椅子に座りながら、小泉さんの椅子を借りて脚を伸ばし、仮眠を取った。うとうとしつつ、浅い眠りから目を覚ますと時計は五時半を指している。床に寝かせたままの水野課長は意識がまだ戻らない。呼吸も荒い気がする。
女性たちには会議室の一つを控室として割り当てることとし、佐伯さんもそちらで休んでいた。おそらく、他の階でも同様の対応をしているのだろう。
寝る前に下ろしていたブラインドを上げると、昨日と変わらぬ茜色の雲と赤い荒れ地が目に入ってきた。
「何も変わっちゃいないよな」
思わずため息をついてしまった。
姿が見えなかった佐藤係長が、廊下の奥からこちらへ向かってくる。課長がああいう状態なので庁内の連絡窓口は係長が担っていた。既に早朝からどこかで打ち合わせをしてきたようだ。
「おはよう、加瀬君」
「おはようございます。早いですね」
「あまり寝られなかったからな。加瀬君は眠れた?」
「ぐっすり、と言う訳にはいきませんが、少し眠れました」
「そうか。今日は朝からやることがたくさんあるぞ」
この人はカラ元気なのか、いつもと変わらないテンションだ。あまり寝てないみたいだから、ストレスはあるはずなのに。
これが管理職としての、あるべき姿なのかな。俺には到底出来そうもない。
危機管理室へ行っていた係長の話だと、今日の朝食は暖かいものを食べることが出来る。非常用備蓄倉庫にあった炊き出し用のカセットコンロを使って、保存が効かない食材を優先して調理することになったらしい。量は少ないかもしれないが、ビスケットと水だけの食事とは比べ物にならない。
次に暖かいものを食べることが出来るのはいつになるのか、次があるかもわからないからな……。
「おはようございます。二人とも早いですね」
佐伯さんも加わり、係長からの話が続いた。
今回はカセットコンロを使うが、保管数も限られている。そこで、様々な場合を想定して、紙製の薪作りも行うこととなった。新聞紙を水でふやかしてから棒状に固めて乾燥させる方法が一般的だけれど、貴重な水を使わず、コピー用紙を三、四枚重ねたまま雑巾を固く絞るように捻じって棒状の形にしていく。
「それだけでいいんですか?」
「ああ。一枚の紙をそのまま燃やすよりも火力が安定し、燃焼時間も増えるそうだ」
「それなら私にも出来そうだわ」
紙ならば各部署にたくさんあるから、合間を見て作業するだけでも相応の紙薪 が用意できる。
そして、最も貴重かつ必要なもの、水。
この地に雨が降るかは分からないが、もし降った時に利用できるよう準備をしておくことは大切なはずだ。
係長の話だと、この市庁舎に降った雨は、屋上の排水溝から竪 配管を通って地下のピットへ入り、排水される仕組みになっていて、それが十系統ある。
「排水先の下水管がないのだから、雨が降ったとしても今のままではみすみす荒れ地に雨水を捨てることになってしまいますよね」
「それを防ぐために、地下ピットから排水する管を塞ぐ対策を建設課と土木課職員で行うことになった」
「でも、彼らだって、知識はあってもそんな作業をやったことがないのでは?」
「そうかもしれない。それでも、いま出来ることを各々がやらなきゃ……」
確かに、係長の言うとおりだ。でも――俺に出来ることって、何があるのだろう。
「他にも、竪配管に各階で穴をあける作業もやるらしいぞ」
「配管に穴をあけて、どうするんですか?」
「そこで分岐させて、地下ピットへ溜まる前に取水できるようにするアイデアだ」
「あぁ、なるほど」
「あのぉ……どういうことか分かってないんですが……」
すぐに理解したらしい佐伯さんに聞いてみた。
「エレベーターが使えないでしょ。地下から上層階まで水を運ぶのは大変だから、その負担を軽減するためにも途中で雨水を確保できるようにしておこう、ってことじゃないかな」
「極端な話、穴さえ開いていればいいんだよ。バルブや蛇口なんかがなくたって、そこへ樋の代わりになるものを差し込めば水が流れてくる」
雨が降り出してから慌てて対処するのではなく、今の内から準備を、ということか。危機管理室 も色々なことを想定して、対策を練ってるんだな。
「そして、今日のメインイベントは――」
係長がニコニコしながら話し出した。時刻は七時にになろうとしている。
*
彼らに残されているのは――百三時間。
女性たちには会議室の一つを控室として割り当てることとし、佐伯さんもそちらで休んでいた。おそらく、他の階でも同様の対応をしているのだろう。
寝る前に下ろしていたブラインドを上げると、昨日と変わらぬ茜色の雲と赤い荒れ地が目に入ってきた。
「何も変わっちゃいないよな」
思わずため息をついてしまった。
姿が見えなかった佐藤係長が、廊下の奥からこちらへ向かってくる。課長がああいう状態なので庁内の連絡窓口は係長が担っていた。既に早朝からどこかで打ち合わせをしてきたようだ。
「おはよう、加瀬君」
「おはようございます。早いですね」
「あまり寝られなかったからな。加瀬君は眠れた?」
「ぐっすり、と言う訳にはいきませんが、少し眠れました」
「そうか。今日は朝からやることがたくさんあるぞ」
この人はカラ元気なのか、いつもと変わらないテンションだ。あまり寝てないみたいだから、ストレスはあるはずなのに。
これが管理職としての、あるべき姿なのかな。俺には到底出来そうもない。
危機管理室へ行っていた係長の話だと、今日の朝食は暖かいものを食べることが出来る。非常用備蓄倉庫にあった炊き出し用のカセットコンロを使って、保存が効かない食材を優先して調理することになったらしい。量は少ないかもしれないが、ビスケットと水だけの食事とは比べ物にならない。
次に暖かいものを食べることが出来るのはいつになるのか、次があるかもわからないからな……。
「おはようございます。二人とも早いですね」
佐伯さんも加わり、係長からの話が続いた。
今回はカセットコンロを使うが、保管数も限られている。そこで、様々な場合を想定して、紙製の薪作りも行うこととなった。新聞紙を水でふやかしてから棒状に固めて乾燥させる方法が一般的だけれど、貴重な水を使わず、コピー用紙を三、四枚重ねたまま雑巾を固く絞るように捻じって棒状の形にしていく。
「それだけでいいんですか?」
「ああ。一枚の紙をそのまま燃やすよりも火力が安定し、燃焼時間も増えるそうだ」
「それなら私にも出来そうだわ」
紙ならば各部署にたくさんあるから、合間を見て作業するだけでも相応の
そして、最も貴重かつ必要なもの、水。
この地に雨が降るかは分からないが、もし降った時に利用できるよう準備をしておくことは大切なはずだ。
係長の話だと、この市庁舎に降った雨は、屋上の排水溝から
「排水先の下水管がないのだから、雨が降ったとしても今のままではみすみす荒れ地に雨水を捨てることになってしまいますよね」
「それを防ぐために、地下ピットから排水する管を塞ぐ対策を建設課と土木課職員で行うことになった」
「でも、彼らだって、知識はあってもそんな作業をやったことがないのでは?」
「そうかもしれない。それでも、いま出来ることを各々がやらなきゃ……」
確かに、係長の言うとおりだ。でも――俺に出来ることって、何があるのだろう。
「他にも、竪配管に各階で穴をあける作業もやるらしいぞ」
「配管に穴をあけて、どうするんですか?」
「そこで分岐させて、地下ピットへ溜まる前に取水できるようにするアイデアだ」
「あぁ、なるほど」
「あのぉ……どういうことか分かってないんですが……」
すぐに理解したらしい佐伯さんに聞いてみた。
「エレベーターが使えないでしょ。地下から上層階まで水を運ぶのは大変だから、その負担を軽減するためにも途中で雨水を確保できるようにしておこう、ってことじゃないかな」
「極端な話、穴さえ開いていればいいんだよ。バルブや蛇口なんかがなくたって、そこへ樋の代わりになるものを差し込めば水が流れてくる」
雨が降り出してから慌てて対処するのではなく、今の内から準備を、ということか。
「そして、今日のメインイベントは――」
係長がニコニコしながら話し出した。時刻は七時にになろうとしている。
*
彼らに残されているのは――百三時間。