第26話 三人の勇者たち (一章最終話)

文字数 8,020文字

※――――――――――――――――――――――

 茉莉菜を送り出した後、俺は目の前で起きた光景に、ここ最近で一番の驚きに見舞われていた。鈴涼が立ち上がって茉莉菜に抱擁したのもそうだが、何より彼女が『すずちゃん』というあだ名――いや、正しくはそう呼ぶ茉莉菜に『泣く』という反応を示したことだ。

 後から鈴涼の母に聞いた話だが、鈴涼が目覚めてから涙を流したのはあれが初めてだったらしい。だからこそ彼女の母親ですら、あの場では動けなかったのだろう。「ちょっとだけ妬いちゃいそうだったわ」というのは、俺と健吾にだけ教えてくれた秘密だ。

 思えば中学生の頃でさえ、鈴涼の泣く姿なんて見たことがなかった。それくらい彼女は、気丈で強く、大人びた印象がある少女だった。しかし親友との再会が、一時でも彼女の心の緊張を弛めてくれたのだ。俺はこの時、今までやってきたことは無駄じゃなかったという達成感と、底知れない不安も抱え込んだ。無論その場で口に出すようなことはしなかったが、自分の中で生じた迷いを何度も舌の上で転がした。

 病室には三人を残して、俺と健吾はその日はそそくさと退散する。きっと積もる話もあるだろうし、と気を遣える健吾は流石としか言いようがない。彼の言葉に従って男二人はその場を後にして、揺られる電車の中で席に並んで話していた。

「……茉莉菜を連れて行った甲斐があったな」

「泣かせちゃったけどね」

「あれは良いだろ。わざわざ引っ掛かる言い方をするな」

 きっとあの涙は、流して良かった涙なのだ。再会の嬉しさだけではなく、絡み合った糸を解すような温もりの雨。茉莉菜が三年間抱えていた鈴涼への思いの丈だから。

「茉莉菜はこれからも協力してくれると思うか?」

「どうかなぁ。彼女がこれからも最上さんに会ってくれるなら、これほど心強い仲間も居ないんだけどね」

「そう……だな」

「浮かないねぇ。どうしたんだい?」

 俺は健吾に指摘され、内心を探られることに動揺して視線を逃がす。ガタンガタンと時折跳ねるような感覚に見舞われるのは、果たして俺の拍動に落ち着きが無いからか。

「茉莉菜が手伝ってくれること自体は良い。でも、元を辿れば全部俺のせいだろ。その元凶が、被害者たちを体裁良く利用しているように見えて仕方がないんだ。本来なら俺だけが抱える罪の意識に、茉莉菜や、あいつと鈴涼の友情まで巻き込んだ気がして……」

 バラバラにした張本人が彼女らをまた引き戻した。そのことが良かったのか、それとも俺の自己満足を満たすに過ぎないお節介だったのか、俺にはどちらの確証もない。前進という一点に後悔はなくても、これからのことを見据えると、どうしてもこれで正しかったのだろうかという迷いが生まれてしまう。俺は本当に、未来の彼女たちに誇れることをしたのだろうか。

「正解なんて、きっと無いんだと思うよ」

 そんな俺の奥底まで見抜いたかのように、健吾ははっきりと言い切った。何を根拠に、と問い詰めるまでもなく、この三年でお喋りになった彼は理由を語り出す。

「一晴も岩本さんも、ついでにオレも。それぞれが最上さんと関わりがあったんだ。社会って、一人一人の行動が作用し合って成り立ってるじゃないか。それと同じように、誰が何をするっていうことに、正しさなんて無いんだよ。付き纏うのは結果だけさ」

「だけど……」

「もちろん、間違いってのはあると思うよ。誰から見ても明らかな誤答は、確かに存在する。理不尽だよね。正解は無いのに、不正解はちゃんとあるんだから」

「つまり、不正解を選ばなければ良いって?」

「そういうことさ。気楽にいこうよ」

 きっと健吾なりの励ましだったのだろう。こういうことの正解は、多分砂漠の中から針だの金だのを見つけるのと同じくらい難しいのだ。それを人生まだまだ二十年も生きていない俺たちが探したって、無茶や無謀が過ぎて、そのこと自体が不正解になる。今は、不正解だけは選ばなかったことを自信に進むしかないのだろう。

「……そうだな。でも」

 俺はひとまず健吾の理屈に納得しておきながら、これだけは言わずにはいられなかった。

「もし正解が必要なら、俺は何年かかってもそれを見つけてやるつもりだ。お前に言われたように、俺の贖罪が果たせるまでは、もう目を背けない」

 ここ最近、三年という月日の重さにずっと直面している。茉莉菜、後藤先生のように自分への後悔と戦っていた人。健吾や海渡のように成長した人。俺は彼らを見る度、自分の道だけがあの夏ですっぱり途切れているような孤独感を覚えてしまう。でもだからこそ、この歩みを止められない。もう一度鈴涼の前で立ち止まってしまったら、おそらく俺は一生前に進めないから。

 健吾もそれから多くを語ることはせず、沈黙が降り続ける俺たちは降りた駅で別れた。なんとなく、お互いに一人になって考えたいことがあったのだと思う。俺は帰り道を歩いている最中、どうしてか色々なものが気になった。多分、ここ最近は外出の度にあの騒々しいヤツがいたからだろう。ほんの少しだけ沈んだ夕日、うるさいミンミン声の発信源、暗くなるギリギリまで遊ぼうとする小学生たち。よく見たら世界は、ちょっとだけ茜色に色づいている。

「おかえり」

 台所から水音と一緒に聞こえてきた母の声。玄関でのそんな当たり前のやりとりも、無性に懐かしく感じられるほどに。

「――ただいま」



 ファミレスの一角。つい先日海渡を捕まえて連れ込んだ――というのはあまりにも人聞きが悪いが、今日は俺と健吾だけで同じ場所に居た。二人きりというのには、これから威勢良くこの場の音頭を取ろうとしている、悪趣味で派手な服装の男の発案があったからだ。

「それじゃあ――策略成功を祝して、かんぱーい!」

「周りの客に疑われそうな台詞を言うな! ……乾杯」

 俺たちはジュースの入ったプラスチックのコップをこつんと合わせる。直前まで八月の猛暑に焼かれていたこともあって、二人して一気に半分以上を胃袋に突っ込んだ。

「ぷはぁーっ。いやぁそれにしても、何とかなるもんだねぇ」

 勢い良くサイダーを飲み込んだ健吾がにこやかな様子で言ってくる。ちらっと光を反射するアクセサリーがやはり鬱陶しい。俺は微妙に視線をずらしながら、今日ここに集まった理由を思い出していた。

 つい三日前、俺たちは茉莉菜を鈴涼と引き合せることに成功した。その翌日、健吾から作戦成功の打ち上げを持ちかけられたのだが、しかしながら彼女たちの再会からまだ数日しか経っていない。さらに言えば茉莉菜がこれから協力してくれるかもまだわからない状況で、喜ぶにはいささか早計な気がしたが、健吾が話したいこともあるからと言うので開催と相成った。

 ――まぁ、こいつには色々と助けられたしな。

 鈴涼のために元文学部の部員が動くことになったのも、健吾が俺を叱咤してくれたから。茉莉菜の一件についても、彼の発案が無ければどうにもならなかった。そう考えたら、こいつにはもう少し労いとか感謝の言葉を投げ掛けても良いのかもしれない。

「正直あの作戦の勝率ってめちゃめちゃ低かったんだよね。オレの見立てじゃ二割弱って感じ? ホント、一晴の頑張りには感服だったよ。ナイスガッツ!」

 前言撤回だ。こいつにはもっと真面目にやってもらわなくてはならない。俺は彼の戯言と突き出した親指を一緒にぱしりと払った。

「それで、今日は何の用なんだ。話があるって言ってたろ」

「えー、いきなりその話しちゃう? もうちょっと場が温まってからにしない? せっかくのドリンクバーなんだしさぁ」

「やかましい。さっさと話せ」

 俺はいつにも増して喋る健吾に向かって話を促した。元はと言えばそれが本題なのだから、それに時間を割くべきだろう。

「えっと、じゃあズバリ言うんだけど……」

 妙に言いづらそうにする彼に、どこか昔の健吾らしさを感じた。中学の頃の健吾は何かを相談するとき、よくこんな風に言葉を選んでもじもじしていた。面影を重ねていると、飛び出してきたのはあまり呑気にもしていられない話だった。

「一晴はさ、あの事件の犯人、気にならない?」

 健吾の言葉に一瞬だけ何のニュースのことだろうかと思ったが、すぐにそんな遠い話をしているのではないと気づく。

「あの事件……って、あの黒板のやつか?」

「そう。その事件」

 事件と呼ぶには少し大袈裟過ぎるかもしれない。ただ、中学校という狭いコミュニティの中で生きていた俺たちにとっては、とてつもなく大きな問題だった。俺と鈴涼の関係を勘違いした誰かが、浮き足立った夏の悪ふざけでやらかした所業。そのときの犯人を、俺は知らない。

「健吾……お前、知ってるのか?」

「いや、オレも知らない」

 当然のように否定した健吾は、さっきまでとは打って変わって真面目なトーンになっていた。

「ただ一晴が、あの事件についてどう思ってるのかを聞きたくてさ」

「どう、って……そりゃあ、許せないけど。でも、今さらやった奴のことなんて気にしても仕方ないんじゃないか」

「オレは、犯人を絶対に許せない」

 健吾は今までで見たことのないような険しい表情で言った。視線は真っ直ぐ俺を捉えているのに、まるでここに居ない誰かを睨みつけるように。いや、実際そうなのだろう。健吾は本気で、あの事件の犯人が憎いと思っているのだ。中学のときの柔和な表情とも、今のチャラくなった健吾とも違う。俺は彼に底知れない恐怖を覚えて、慌てて尋ねた。

「ど、どうして今さらそんなこと言うんだ」

「単純だよ。あの事件が無ければ、文学部のみんながバラバラになることもなかった。最上さんがあんな風になることもなかった。全ての歯車が狂ったのが、あの事件だからだよ」

 確かにその通りだ。あの一件が引き金となり、俺たち四人の関係値は文字通り崩壊した。そして俺を追いかけてくれた鈴涼は階段での事故に会い、三年の時を奪われた。犯人を許すか許さないかの二択なら、俺は間違いなくそいつを糾弾し――復讐という選択肢も、克明に脳裏に浮かぶ。

「それはそう、だが……」

 ただ、そんなことを言える義理は俺には無いと思った。あの一件もあの事故も、俺が逃げなければ起こらなかったことだ。ちゃんと向き合っていたら、今よりもっと良い『今』を掴めていたことも間違いない。あの事件の犯人よりも、日向一晴は罪深いと思っている。

「俺は……今さらそいつを探し出してどうこうなんて、するべきじゃないと思う。何より今は鈴涼の記憶のことに集中するべきだ」

「犯人が憎くないのかい?」

「憎いさ。憎いけど……それ以上に優先すべきものがあるだろ」

 犯人を見つけ、どのような罵詈雑言を浴びせようとも、それが鈴涼の記憶を呼び起こすことには繋がらない。俺が私怨で動く暇があるなら、少しでも鈴涼のためになることを考えたかった。

「――そう、か」

 健吾は視線をテーブルに移すと、何かを思案するように押し黙った。気まずい沈黙がたっぷり十秒は続いた後、彼はやがていつも通りの朗らかな顔に戻って言ってきた。

「うん、わかった。この件に関しては、オレが独自に調査するとするよ。何か進展があれば、一応一晴にも連絡するってことで」

「お、おう。わかった」

 俺はその結論に一応納得したが、同時にどうして健吾がそこまであの事件に必死なのだろうと気になった。もちろんあの事件で文学部が無くなってしまったから彼が犯人に憤りを覚えるのはわかるし、友人としても有難いことだ。しかし直接の被害者は俺と鈴涼であり、正直彼が犯人を恨む気持ちがそこまで大きいとは思っていなかったのだ。

 ――こいつにとっても、文学部は大切な居場所だったんだろうな。

 当時の健吾はあまり友人を作るタイプでは無かったし、あの図書室裏に篭っていた時間が最も人との関わりの場所だっただろう。彼はそういう意味でも、文学部には思い入れが人一倍強いのかもしれない。鈴涼のことですぐに動いてくれたことを考えても、きっとそうなのだろうと俺は自分の中で結論付けた。

「今日の話って、それだったのか? それだけなら、別にわざわざ呼び出さなくても良かっただろ」

 俺は呆れ顔で健吾を見遣る。すると健吾はわざとらしく指を立てて、ちっちっち、とリズム良く振った。

「オレがそんな浅はかなわけないだろ。もうすぐスペシャルゲストがやってくるからさ」

「スペシャルゲスト……?」

 急に何を言い出すかと思えば、健吾は左手首の腕時計を見て、そろそろだよと言う。怪訝な顔で健吾を凝視していてやると、カランコロンとファミレスの入り口が開く音がした。俺はまさかと思って音の方へと振り向く。

 そしてその少女と目が合った。白色のワンピースに、栗色のショートカット。数日前とは明らかに様相が変わったのに、俺はそれが誰だか瞬時にわかった。なぜなら、彼女は眼鏡をかけておらず、まるで少し昔のようだったから。

「……あ! いた!」

 彼女は店員さんに待ち合わせの旨を伝えると、こちらを睨みながらずかずかと歩んで来た。そして俺たちを見下ろしたまま少しだけ声を荒らげて言った。

「あんたらねぇ、もうちょっとマシな呼び出しなかったの?」

「ま、茉莉菜? その髪……ってか眼鏡は……?」

「何? あたしが容姿を変えることに文句でもあんの?」

 来店一番、仁王立ちで野郎二人相手にばっさりと言ってのけたのは茉莉菜だった。たった三日前まで長かった髪はすっきりと首が見えるまで短くなり、勝ち気な様子はまさに俺のよく知る岩本茉莉菜像そのものだ。

「お前、スペシャルゲストって……」

「ちょっとだけ時間を遅く伝えたんだよ。似合ってるねぇ岩本さん。ささ、座って座って」

 促された茉莉菜はむすっとした表情のまま長椅子を交互に見やって、健吾の隣にどさりと座った。

「そんで、何の用?」

 言いながら茉莉菜が俺を睨むので、両手を挙げながらぶんぶんと首を振る。俺は健吾と二人で昼飯を食べるとしか聞いていない。それを見かねてか、健吾がようやくフォローをし始めた。

「今日集まってもらったのは他でもないよ。ずばり、今後の方針についてさ」

「方針?」

 茉莉菜と疑問が被って言葉が重なった。彼女になぜか再び鋭い眼光をぶつけられ、俺は無意識に店の時計の方を見遣る。どうにも成長した茉莉菜の威圧に耐えられない。いや、多分この辺は俺が退化しているのだろうけど。そんな様子をお構いなしに健吾は続ける。

「最上さんが目覚めた。文学部も集結した。そうしたら次は、どうやって彼女の記憶を取り戻そうかって話に決まってるじゃないか」

「お、おい待て。まだ茉莉菜の答えを聞いてない。茉莉菜が協力してくれるかどうかは、決まってないだろ」

 多分健吾は、このまま行きずりのようにすれば茉莉菜が協力してくれると考えたのだろう。彼女は優しく、俺たちよりも鈴涼のことを気にかけているから。だがそれは茉莉菜と本音で話し合った身として看過できなかった。茉莉菜の苦悩や鈴涼への想いだけでなく、現状や海渡の気持ちだってある。それを蔑ろにすることは俺にはできないし、許されない。

「……どうだい? 岩本さん」

 健吾が神妙な顔になって当人に聞き直す。茉莉菜は少しだけ顔を伏せ、考えるように、吟味するように、迷うように、きっと様々な思索を巡らせて、そして意を決して前を向いた。

「あたしは、すずちゃんに協力しようと思う」

 待ち望んでいた彼女の言葉に、全身が沸騰しそうな熱が込み上がってくるのを感じた。

「本当か、茉莉菜」

 彼女に再会してから、一番聞きたかった言葉だった。茉莉菜の協力は、恐らく俺や健吾よりも鈴涼に良い影響と刺激を与えてくれる。もちろんその当初の目的も忘れていないが、今は自分の行動が不正解でなかったことへの安堵があった。俺は間違いなく茉莉菜を動かせたのだ、と。

「でも勘違いしないで。あたしが協力するのはあくまですずちゃんよ。あんたたちが何か計画したとして、無条件で手伝うなんて思わないで」

「当たり前だ。ありがとう、茉莉菜」

「……気持ち悪いから、急にお礼なんて言わないで」

 それでも心の底から感謝があった。受験勉強で忙しい中で、彼女がその選択をしてくれたことが何より嬉しかった。しかし反対に、茉莉菜は寂しげな表情を見せてしまう。。

「あたしには、すずちゃんの記憶を取り戻す義務があると思う。髪を昔みたいにしたのも、そのため。ちょっとでもすずちゃんが記憶を取り戻すきっかけになったらって。でももしすずちゃんが記憶を取り戻して、あたしを拒絶したら、その時は……」

 茉莉菜はそこまで言ったが、それ以降を言葉にすることはなかった。当然だ。茉莉菜だって三年前のことを割り切れているわけではない。そこには彼女なりの優しさと、そして自分を律する厳しさがあるのだろう。ただ俺は、例えどんなことがあろうと、鈴涼が茉莉菜を疎ましく思うことなんてないと思った。だって鈴涼は茉莉菜と同じくらい優しいやつで、彼女の優しさを一番に知っているのだから。少しの沈黙が訪れた後、健吾が優しげな口調で場を繋げる。

「さぁさ岩本さん。ドリンクバーはちゃんと人数分手配してあるよ。何かもらって来たらどうだい?」

「……行ってくる」

「お前、いつの間に……」

 同じ席について注文をしたのに全然気づかなかった。どこで身に付けた手際の良さか知らないが、健吾の社交性の成長にもう喝采を送るしかない。茉莉菜がカフェオレの入ったカップを持って戻ってくるなり、すぐに彼が切り出す。

「それじゃあ岩本さんも来たことだし、もういっちょ乾杯といきますか」

「何に乾杯するのよ」

「んーっと、文学部三年振りの再会に?」

「ありがちね。まぁ良いけど」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 俺は進む会話に待ったをかける。不思議そうな顔と怪訝な表情がこちらを見てくるが、俺はどうしても譲れない部分があった。

「それは鈴涼が戻ってくるまで取っておくのが道理だろ」

 文学部は四人だった。俺が居て、茉莉菜が居て、健吾が居て、そして鈴涼が居て始まったのだ。ここに誰一人欠けても、再会と言うのには不十分である。その乾杯の音頭はきっちり四人揃ってからでないと嫌だ――そんなエゴだった。健吾は俺の気持ちを推し量ってか、うーんと別の理由を探し始めてくれる。

「んー……じゃあこういうのはどうだい? パーティー結成! 的な?」

「ぱ、パーティー? それってゲームの?」

 健吾が言いたいのは会食だの式だのの集まりではなく、RPGゲームなんかによくある集団の名称だろう。四人とか八人とかで、共に冒険する仲間たちのこと。健吾は茉莉菜の問いにそれそれ! と元気良く答える。

「だってそんな感じじゃないかい? 最上さんは記憶を失ったお姫様。オレたちは揃って彼女を助けようとする勇者さ」

「表立った設定だけはまともなゲームみたいだな」

「バッカみたい」

「いつまで乾杯を遠ざければ気が済むんだい⁉」

 結構自信満々に言った健吾が悲愴感たっぷりの顔で叫ぶものだから、俺と茉莉菜は揃って折れることにした。第一こんな号令一つで自分勝手を言ってしまう辺り、俺もまだまだ子どもなのだろう。半分だけコップに入ったオレンジジュースが、何だかそれを突き付けてくるみたいだった。

「それじゃあ、同じ志を持った仲間の集結に――乾杯ッ!」

「乾杯」

「……ん。乾杯」

 一度はバラバラになり、止まってしまった俺たちの時間。三年も立ち止まってしまったけれど、それでもこうして再会を果たすことができた。目的を同じにしてもう一度集った俺たちは、もしかしたら何かの物語を動かせるのかもしれない。それがここに居ない彼女のためであったならと願い、俺は仲間になる同級生たちに向かって手を伸ばす。こうして、誰が勇者なのかもわからないパーティーが結成する始まりのファンファーレが鳴り響いたのだった。

(一章 完)
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