第137話 到着

文字数 2,251文字

「光った!あそこかっ」

 全速力で体をうならせ駆けるセブルの背中からユウトはラトムの光を視認する。少し前、セブルの声を聞きつけたセブルがユウトに追いつき、ユウトは光源の確保を指示していた。

 同行するカーレンはユウトの後ろで腰に手をまわし、ぐっと瞳を閉じて経験のない速度と振動に耐えている。最大速度のセブルは背の乗客に対して乗り心地に意識を向けられる余裕はないようで振り落とさないように縛り付ける程度の気遣いしかしていなかった。

 光りを放つラトムの元へ距離はぐんぐんと狭まっていく、次第に槍を振るうレナが見えその向こうに黒々として四方八方にうねるムチを伸ばす何かが見える。

「何だアレ。魔獣なのか?」
「グルルゥ(確かに最初は獣の形をしていました)」

 ユウトの疑問にセブルが返答した。 

「それはたぶん、レナさんが魔獣の首を刎ねたんだと思います」

 二人の会話を聞いていたカーレンが目を閉じたまま話す。

「魔獣には核が、二つあることがわかっています。一つは頭に、もう一つは身体にです。
 頭が切り離された身体は、暴走を起こします」

 激しい振動と風を切る音の中でカーレンは持っている知識を共有した。

「なら!その核を破壊すればあの魔獣は動きが止まるのか?」

 ユウトはカーレンに確認を取るために声を張って尋ねる。

「そうですっ!」

 それに答えるカーレンは半ば叫ぶように答えた。

「よし。ならやってみよう」

 もう、すぐそこまでセブルたちは魔獣に迫る。ユウトは光魔剣を取り出し握り締めた。



 ラトムによる明かりの支援によってレナの動きには余裕が生まれている。振りかざされる黒いムチのいくつもの攻撃にもレナは早い段階で動きを予測し、回避し、受け流した。

 それでもレナには疲労の色が現れる。暗闇の中で消耗した集中力に加え、深くえぐられたふくらはぎの傷からは脚を使うたびに血の雫が飛んで石畳の上を赤く濡らした。

 レナの頬に汗が伝う。フッと速く息を吐いて強く息を吸い込んでレナは神経の糸を張り直した。

 その時、レナは重く激しく石畳を叩く足音を後ろから響いてくるのを聞く。そしてパンと破裂音のあと、頭上を何かが飛び越えて魔獣のそばに舞い降りた。



 ユウトはセブルの駆ける勢いに乗って街道の石畳に足を付けると、圧縮した魔力の破裂の勢いで山なりに跳ぶ。マントをはためかせ光の刃が闇夜に延びる。

 それを察知したように魔獣のムチはユウトへといくつも振り向けられる。しかしそのどれもがユウトの身体に触れることなく全て切り落とされ、焼ききれた一瞬の炎が上がり、その先端は空を舞って霧消した。

 何事もなかったようにラトムの光を浴びて魔獣のすぐ目の前に着地したユウトへさらに攻撃の手が伸ばされ続ける。しかしそのどれも煌めく光の刃に動きを止められ届かない。

 魔獣の持つほぼすべてのムチはユウトへと収束されてゆき、拍子抜けするほどレナへの関心は失われる。レナがほっと張り詰めていた息を多少ゆるめるころ制動をかけて止まるセブルがレナの隣に並んだ。

「レナさん!状況は?」

 セブルから降りながらカーレンがレナに声を掛ける。

「カーレン?あ、脚に怪我があるけど戦闘は続けられる」

 レナはカーレンがこの場にいることに最初驚きをみせるもののすぐに緊張感を取り戻した。

 そして二人とセブルはユウトに目を移す。無限に思える魔獣のムチを無数の閃光の走っては消えを繰り返していた。

 ユウトは自身の身を守りながらも時折隙を見つけてはうごめく魔獣本体を切りつける。触れたところは赤橙色にえぐれるものの、すぐに埋まってしまっていた。

 ユウトとうごめく魔獣とのせめぎあいは続く。しかし次第に魔獣の繰り出す手が徐々に少なくなってゆきユウトへ伸びるムチは沈静化した。

 ユウトは頃合いかと考え地を蹴って後退する。魔獣からの追撃はなかった。

 しかし活動を停止したわけでもなく、うごめく黒い塊と化して減った手を補充しようと黒い針のようなものが伸びては揺れている。すでに獣であった面影はなく、膨らみ、巨大な軟体生物の様相となっていた。

「致命傷を与えられそうにない」

 レナ達の元まで距離を取ったユウトは報告する。魔獣からは視線を外さず話しを続けた。

「後続の支援ももう少し待てば到着すると思うけど・・・」

 ユウトはこれ以上の危険を冒す必要はないのではと思っている。レナの安全も確保できた今、無理をしてこの魔獣と戦う利点もなかった。

「あの森で戦った魔獣と同じように倒すのは難しいってこと?」

 レナが尋ねる。

「あの時は魔剣を暴走させてどうにか倒した。けど今持っている光魔剣には出力上限が設定されている。使い勝手と魔力効率は断然よくなっているけどあと一歩、押し切れないことがさっきわかった」

 レナは「そっか・・・」とつぶやいて考え込んだ。

「で、でも!」

 ユウトとレナの会話にカーレン少し声を張り上げて入ってくる。

「私はここで撃退することを推します。状態が回復すれば暴走状態の魔獣は逃げ出す危険性が高いです。今いるみんなで協力すれば無力化できると、考えますが、いかだでしょうか・・・」

 勢いよく語り始めたカーレンはユウトとレナの驚いた視線を感じて語気を弱弱しくしていった。

「確かにカーレンの言うとおりだ。大事な作戦の前の不安要素を取り除いておきたい。そのための危険性はここにいる皆で下げられる可能性も十分ある!」

 ユウトはカーレンに向けた視線をすぐさま魔獣に戻す。にっと口の端を吊り上げながらカーレンの意見に賛同した。
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