2-13. 神様の戯れ

文字数 1,857文字

 ジェイドの傷は快方には向かっているものの、重傷であり、少なくとも一週間は寝たきりである。
 その間、ユリアは食事を用意したり、包帯を替えたり、身体を綺麗にしたり、かいがいしく看病をした。
 公爵を捕縛した事はアルシェには伝えてあるが、ジェイドがこんな状態である以上、しばらく王都へは行けない。王国の立て直しは十四歳の新王には荷が重いとは思うが、化け物と化した公爵を見てしまったユリアには、もう政治の世界に近づく気にはなれなかった。

「公爵は……、なんであんな化け物になっちゃったのかな……?」
 ユリアは食後に紅茶を入れながら聞いた。
「分からない。だが、彼が使っていたのは神の力……、人間が手にできるような力ではない」
「後ろに神様がついてるってこと? 神様が私を追放させ、王国を滅ぼそうとしたってことなの?」
「そうなるが……、神様にはそんなことするメリットなんてない。公爵なんか使わなくても一人で王国なんて滅ぼせてしまうし」
 ジェイドは眉をひそめながら紅茶をすすった。
「そうよね……。どういうことなのかしら……」
「神様が関わっているとしたら我はもう出られない」
 ジェイドは傷口をさすりながら言う。
「そうよね……」
 アルシェを手伝ってあげたい思いもあるが、これ以上ジェイドを危険な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
 神様の戯れに振り回される人間たち……。
 ユリアは大きくため息を漏らし、紅茶をすすりながら思案に沈んだ。

         ◇

 その晩、ユリアがベッドに入ると、ジェイドが腕枕をしてきた。
「えっ!? 傷口が開くわよ?」
 ユリアは驚く。
「このくらい大丈夫だ。いろいろありがとう」
 ジェイドはユリアの頭をなでながら言った、
 ユリアはジェイドの精悍な男の匂いに頬を赤らめながら、
「このくらい大したこと無いわ」
 と言って、スリスリと頬でジェイドを感じた。
「最初の晩に……」
 ジェイドがちょっと恥ずかしそうに切り出す。
「え?」
「もしかして、水を……飲ませてくれた?」
 ユリアはボッと顔から火が出る思いで真っ赤にして、
「ごめんなさい、あれは必死だったの!」
 そう言ってジェイドの胸に顔をうずめた。
「謝らないで……。もっとして欲しいくらいなんだから……」
 ジェイドはユリアに頬を寄せ、耳元でささやく。
「え……?」
 ユリアは恐る恐るジェイドを見る。
 すると、ジェイドは優しくユリアの頬にキスをした。
 唇の温かな感触にユリアは少しボーっとして……、そして、吸い寄せられるようにジェイドの唇を求めた。
 ぎこちなく唇を重ねるユリアをジェイドは優しく受け入れる。しばらく二人はお互いの想いを確かめるように舌を絡めた。

 想いが高まったユリアはついジェイドを抱きしめようと、もう片方の腕に触れてしまう。
 うっ!
 ジェイドが痛そうな声をあげて固まる。
「あっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 ユリアは慌てて離れた。
「だ、大丈夫……」
 ジェイドは美しい顔を歪めながら傷口を押さえる。
 ユリアはジェイドの様子を申し訳なさそうにしばらく眺め、毛布を広げるとそっとジェイドにかぶせた。

        ◇

 翌日、ユリアが食事の用意をして部屋に持ってくると、ジェイドが深刻そうな顔をしている。

「ど、どうしたの? 何かあった?」
 ユリアがプレートをテーブルに置きながら、引きつった笑顔で聞く。
 ジェイドは大きく息をつくと言った。
「王国で内戦だ。公爵軍が反旗を翻した」
「えっ!? 公爵はもういないのに?」
「先日のオザッカの侵攻で王国軍がかなりやられてしまったので、統制が効かないのだろう」
「ど、ど、ど、どうしよう……」
 ユリアは青くなってうつむく。また多くの人が死んでしまう。アルシェも死んでしまうかもしれない……。
「どうしようもない。人間同士の争いに首を突っ込んじゃダメだ」
「そ、そんな……」
 ユリアが行ったとして戦争なんて止められない。それは分かっているが、王都の人たちが傷つくのは何とか減らしたい。何かいい手は無いだろうか……?
「治癒だけ、ケガを直すのだけやればいいのかも?」
「ダメだ。直した兵士はまた戦いに行くし、ユリアも標的になる」
「じゃあどうしたら!?」
 ユリアは今にも泣きそうな目でジェイドを見る。
 ジェイドは目をつぶり、大きく息をつくと諭すように言う。
「祈る……しかない」
「そんなぁ!」
 ユリアはガックリとうなだれ、涙をポロポロとこぼす。
 自分の無力さ、神の理不尽さ、そんな神に踊らされる人間たちの不甲斐なさに打ちのめされ、動けなくなった。
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