第8話

文字数 899文字

[昭和三十六年~]

 中学に入学した後も僕は新聞配達をした。授業が長くなったので朝刊の配達に変えた。
 その新聞販売店には僕の他にも中学生の配達員が何人かいた。一緒にいる時間もあまりないのでさほど親しくないが、店で会うと挨拶はした。
 二年生になったある日の夕刻、本屋に寄って帰る途中脇道を歩いてみた。前方から四人の中学生が来た。同じ中学校の三年生だ。先頭を歩くのは素行が悪く、学校からも問題視されている生徒だ。僕は目を合わせないようにし、隅へ寄って過ごそうとした。が、彼は僕の前に来て「少し金を貸してくれ」と言った。僕は無い、と言ったが許してくれない。「金も持たずに街にくるか?」と睨んでいる。
 そのとき後ろにいた一人が中に入ってくれた。
「そいつは俺の朝の仲間だ。止めよう」
 同じ販売店で朝刊を配っている三年生だった。
「この辺は気を付けろよ」と言って去って行った。
 翌朝販売店で会ったので、礼を言った。その礼には反応せず
「勉強しないでいると、あんなことしか出来なくなるのさ」と自嘲気味に応えた。
 その生徒はその後も配達を続け、卒業後は東京で就職したと聞いた。その頃は中卒で就職する若者を金の卵と呼んでいた。また東京は、オリンピックを控えて活気づいていたことを新聞から得て知っていた。――それは僕の想像をはるかに超えていたのだが。
 三年生の夏、担任の先生が僕を呼んだ。進路のことだ。僕は就職をするつもりで、先生にもそう伝えていた。だが先生は、奨学金の制度で成績が優秀な生徒には通常より多く支給され、しかも返還は半額で済むものがあることを、おしえてくれた。僕の学業成績はかなり良かった。学年でもトップクラスだった。先生は上級の学校へ進んでもっと能力を伸ばす道を考えてくれたのだ。当然だが僕はその場で結論は出せなかった。
 その夜、先生は資料を持って家――その頃には公営住宅に住んでいた――へ来て、母にも説明をしてくれた。母も高校のことは考えていたようだ。奨学金のことを聞くと、推薦、手続きのことなどをお願いした。僕が定時制でもいいんだよ、と言ったら、「心配しないで勉強を、おし」と、安心を与える笑顔を見せた。
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