親愛なるN様

文字数 3,187文字

拝啓

 金木犀の花が甘く香る季節となりましたが、N様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。私は世を騒がせているかの病にかかり、療養の結果快復してきた矢先、初秋とは思えぬ突然の寒気にやられ、今度は風邪をひきました。空気の匂いがこんなにも青いとは。「夜風は体に悪い」と聞いたことはありますが、まさにあの「悪さ」を含んでいる空気だったと確信しております。今日ばかりは金木犀の香りも冬と雨の混ざった匂いに凍って落ちてしまいました。
 突然の私からの手紙に、もしかしたら驚かれているかもしれませんね。この時代に手紙。しかも、日頃連絡すらとらない相手から。えぇ、そうでしょう。しかし、お互い自ら連絡をとらない者同士であることは、私とあなたとの仲なら知っての通りでしょう。(だからこそ、気が合ったのですから。)いつでも人と繋がれる世界になりましたが、それが生き苦しい。「いつでも人と繋がれて、直接会わない時間も会話ができるようになり、会話をすることでその人と仲良くなれる。」人と仲良くなることに前向きな方々が言いそうなことですが、私たちには合いませんでしたね。いまや、これが恋人を作る常套手段でもあるのでしょう。意中の相手に電子のメッセージを送り、周囲の人々に知られず会話を交わして二人は親密になる。恋人たちのほとんどは、この方法で絆を深め恋仲になる。私は、会話をした量こそ少ないけれども、あなたのことを信頼しているのですよ。

 この度、私は遠くの海辺の町に引っ越すことにしました。憧れの、海辺の町です。
 昔は、海なんて苦手でした。
 海は冷たくて、中には得体のしれないものが漂っています。入ってその底を踏みつければ、怪我をするかもしれません。身体は波に攫われてしまいますし、顔が沈んでしまったら、もう息はできません。浜辺に着くまで、空気を求めて延々ともがかなければなりません。
 それに、あの潮風の香りを嗅ぐたびに、幼い頃の夢がよみがえるのです。
 幼い私が、親に置いて行かれた海。
 置いて行かれたら、もう生きていけません。
 生きていけないということを、子どもながら直感させられた海。
 あぁ、だから、人に頼ってはいけないのだと、知りました。
 私はちゃんと、一人で生きていけるようにならないと。
 たとえ置いて行かれても、生きていけるようにならないと。

 これはただの夢の話で、事実ではありません。事実ではありませんが、私にとって真実でした。
 こんな夢を見てしまうくらい、その頃の私から見える世界は不安で、今でも、そんな世界をまだ見ているのかもしれません。その頃は、このような世界への不信感を言語化することもできず、ただ漠然と抱えていました。世界の戦争が絶えないだとか、経済や雇用が不安定だとか、そういう話ではないのです。私は子どもにとって必要な、自分がそこにいる世界への安心感が、明日も自分を守ってくれる両親と仲良くいられて、仲の良い友達がいて、当たり前の生活が続くことを疑わないというような感覚が、少し欠如していたのでしょうね。最悪孤独になっても生きていけるように日頃から備えなければという、子どもらしからぬ危機感に呪われていたのだと思います。それを夢として私に示したのが、海でした。
 そうして、言葉にして言い表せないうちに、私の世界への不安は確立されました。今でも、そこから抜け出せ切れていないと感じています。
 ちなみに、私の親は海が大好きで、休日にはよく海に連れていかれましたが、私は海だけでなく、親といるのも苦しいと感じていました。お察しの通り、私は子どものくせに自分の親が好きではなかったのです。休日の私はいわゆる親の趣味に付き合わされている子ども、といった様子で、私にとって海は「親が大好きな海」であって「私の海」ではありませんでした。海は、私の親を象徴するようになり、両親の離婚により離別した後も、私はその訳もあってやはり海が苦手でした。(私が先程からお伝えしている「親」とは、母のことなのか父のことなのかは、あえて申し上げません。)

 そうして何年もたちました。一生海が苦手で、なるべく避けながら生きることもできました。
 そんな中、たまたまあの日の夕暮れ、あなたと海辺で会いました。あれは本当に奇遇でしたね。私も、稀な用事があって海辺の道を通りかかっただけなのですから。
 あなたは自分にとって、どれくらい海が親しみ深い場所なのか、どこが好きなのか、どんな過ごし方をするのか、今までどう海に通い続けて、海と付き合ってきたのかを教えてくれました。あなたとは以前から知り合いでしたが、あなたがあんなに海と馴染み深い方だとは意外でした。そうして、実際にその日は私と海に付き合ってくれましたね。人々と一緒に日が沈んでいくのを眺め、形の崩れていない貝殻を探し、漁船の明かりを眺めに行き、日が完全に沈んだ後は、あの水平線の闇と夜の海の雰囲気についてや、そのほか他愛のないことを語り合いました。大きな波音を立てる真っ黒な海は、一人で向き合えば、人知れず落ちて飲み込まれてしまいそうで恐ろしかったでしょうが、あなたがいれば平気なのだから不思議なものでした。二人でどこまでも冒険に行ってしまうような楽しさすら感じました。
 あの日から、私にとって海の「意味」は変わり始めました。
 ただの苦手な海、だけではなくなったのです。あの日、あなたと過ごした海になりました。
 それから私は、私も一人で海に通ってみる勇気を得ました。
 あなたが好きだという海ならばと、それだけの理由で。
 そうして海と付き合っているうちに、海は「私の海」になりました。
 親なんて関係ありません。あれはもう、私の海です。
 私が、広くて美しい景色と、そのさざ波や潮の香りが恋しくなった時に赴く海です。
 お気に入りのお店や場所なんかも、見つけたのですよ。海に通う理由が増えました。まぁ、理由なんてなくとも、行っても許されるのが海だと思っていますが。
 私が引っ越す先は、あなたと過ごした海とは異なる海です。それでも大丈夫、私はまた新しい海に通い、私の海と付き合っていけると思っています。

 私は、いや、私だけはなく人は、子どもの頃に受けた呪いのようなものを度々抱えているのだと思います。傷を言い表す言葉も、相談する相手も、解決策も分からないまま固まった呪い。呪いは遺伝や気質のせいかもしれませんし、その頃の環境や、具体的に誰かから受けたものかもしれません。「受けた」と言うと被害者のようですが、恐らく自分で自分にかけてしまった呪いもあるのでしょう。そして、大概それらは解けることなく自分自身になってしまい、一生抱えて生きる。そう思っていました。
 しかし、そうとは限らないと、あなたを通して「わかった」のです。これは私にとって革命でした。
 生きていれば、あなたのような素敵な人に会える。
 解けないと思っていた呪いが、少しずつでも解ける。
 自分の人生も、自分から見える世界の見え方も、もう分かり切っていたつもりだったのに。それが変わる可能性がある。
 子どもの頃がなんであろうと、これから変わるかもしれないという希望。
 それを、あなたのおかげで知ったのです。

 手紙を書いたのは、そのお礼を伝えたかったからです。こんな長い文章、電子で送ったら引かれてしまうでしょうからね。
 きっとあなたは、自分は何もしていないと言うかもしれません。それでも、ですよ。

 生きづらい世の中ですが、お互い年齢も近いですから、これからも同じ時代を生きましょう。
 寒暖差が身体に堪える日々ですが、ご体調を崩されませぬよう、お健やかにお過ごしくださいませ。お元気で。

 敬具

令和四年十月八日

T.T

親愛なるN様

追伸 電子のメッセージも送れなかった臆病な私を、どうぞお許しください。それでは。

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