矢条王への謁見

エピソード文字数 3,364文字

「扇王様、面をお上げください」
 室内に、矢条王の温和な人柄を表すかのような、ふんわりとした、聴き心地の良い声が響く。
「矢条様、先だっては、お世話になりました」
 矢条王は、女官に合図したらしく、御帳台の前を覆っていた御簾が上がり、相変わらず穏やかな表情をしている彼の座している姿があらわになった。
 扇賢、暎蓮、王音、彪の四人は、謁見の間である板の間に座して、平伏していた。部屋の隅には、長将軍と獏烏も控えている。
「玉雲王となられて、また一段と、たくましくなられたようですね」
 矢条王は、微笑みを浮かべて言った。扇賢が、照れて再び平伏する。矢条王は、扇賢の後ろでやはり平伏している暎蓮にも、声をかけた。
「暎蓮妃、……相変わらず、お美しい『神気』をお持ちですね。『玉雲国』では、やはり修行の毎日ですか」
「はい。それが、わたくしの役目ですから……」
 矢条王は、にこやかにうなずき、さらに後ろで平伏している王音と彪に目を向けた。
「あなた様は、確か、関 王音殿ですね。『武術家』の……」
「はい。お初にお目にかかります。関 王音でございます。矢条王様、どうぞお見知りおきを」
「あなた様の武術の腕は、『天地界』中で知られていらっしゃる。今回の件では、是非、そのお力をお貸しいただけるとありがたく思います」
「恐れ多いことでございます。微力を尽くさせていただきます」
 矢条王は、今度は、彪を見た。それを察した扇賢が、
「矢条様、この者は、わたくしの弟のようなもので、白点 彪と申す者です。おわかりかとは存じますが、『巫覡』の力を持つ者です」
 と、彼を紹介した。
「……は、白点 彪と、申します。……よろしくお願い申し上げます」
 彪が慣れない口調で、それでも、一生懸命、あいさつする。
 矢条王は、微量でも『天人』の血をひく者である。彪のまとう、澄んだ『聖気』を感じ取ったらしく、優しく微笑んだ。
「彪殿。あなた様は、とてもお力のある『術』をお持ちのようですね。どうぞ、王音殿と御一緒に、我が国にお力をお貸しください」
「は、はい!……で、できることはすべて、させていただきます」
 矢条王からの、思った以上に親密な言葉がけに、彪は、緊張して、それでもできるだけ誠意をもって答えた。
 矢条王が、一同を見渡して、微笑み、うなずく。……やがて、言った。
「此度のこと、扇王様と暎蓮様の『神気』なくしては語れないことです。……扇王様にはすでに書状でお伝えしましたが、我が『月沃国』の失態で起きた此度の事件……あなた様がたに対しては、お詫びの言葉もございません」
「いえ、それは違います、矢条様」
 扇賢が顔を上げた。
「禍紗と魔紗の狙いはわたくしども……。それなのに、こうしてわれらを慮ってくださるご厚情には、むしろ、こちらのほうが感謝すべきことです。この事態は、もはや、いち国家自体の問題ではございません。やつらが、人あるところに必ず現れる魔物ならば、なおさらのこと。この、『天地界』すべてを護るためにも、我らが微力を尽くすのは、当たり前のことです。……それに……」
 扇賢は、矢条王を見上げて、にやりと笑った。
「やつらを退かせるためには、『力』をもって戦わなくてはならない。『力』によって平和と安寧を勝ち取れるというのならば、わたくしは、一人の王として、戦うことを厭うつもりは、ありません」
 暎蓮が、扇賢が『王』になって以来見なかった、あの、不敵な笑顔だった。暎蓮は、彼の本質が、ある意味少しも変わっていないことに、安堵した。
「そのお覚悟であられると思いました。……それでは、話を少々煮詰めましょうか」
 矢条王は、微笑みを絶やさず、うなずいて見せた。
 彼にとっては、扇賢は、やんちゃな孫のようなものだ。
「月沃から盗まれた薬は、全部で三種。魂ごと他人の体を奪う、『形成元魂(けいせいがんごん)』、自らの『気』を絶やさぬようにする、一種の精力剤のようなものである、『昇化精丸(しょうかせいがん)』、肉体の強度を上げる、『剛可力性(ごうかりょくしょう)』。我が国の『占天省(せんてんしょう)(『巫覡』や占術師を集めた省)』の実権を握る、『天帝』の落胤の一族である、薬士一門の曹家の者たちの作った妙薬です。……禍紗と魔紗は、一人身で二人ですが、『昇化精丸』を使って、おそらくは今頃、兄と妹、二人に分かれているはずです。そして、曹家の『巫覡』の視たところ、扇王様、あなた様は、魔紗に、暎蓮様、あなた様は禍紗に狙われているようです」
 矢条王は、そこまで言うと、いったん言葉を切った。
「暎蓮様、……あなた様は、なにもご覧になっていませんか」
「はい……。……はっきりとは視ていませんが、道中と、この国についたときに、微かに『邪気』を感じていました。……禍紗と魔紗……が、わたくしたち二人を……いえ、わたくしたち一行を、おそらく、『観察』、していたのだと思います」
「観察?」
「はい。なんと申し上げればいいのでしょうか……。そう……、相性が合うかどうか、と、わたくしたち自身の(うち)を、探られていたような気がするのです」
「なるほど。ありうることです。彼らはおそらく、あなた様がたの肉体と魂を奪うつもりでしょう。『形成元魂』を使えば、もしかすると、あなた様がたの今お持ちである『神気』すら、手に入るかもしれないのですから」
 かつて、彪が危惧していた通りのことを、矢条王は言った。彼は、再び、扇賢に顔を向けた。
「そのことも踏まえると、……扇王様、あなた様には、『曹一族』の頭領である、『曹 飛風』に、まずはお会いしていただきたい。彼の持つ力なら、あなた様にも『破邪』の策が見つかるでしょう。彼は、王宮から少し離れた、洞府に住んでおりますが、すぐにこちらに呼び寄せますので」
「はい。ありがとうございます。ですが、『天帝』様のご落胤であられる頭領様にお会いするのに、わざわざわたくしの側に足を運んでいただくわけにはまいりません。……頭領様には、わたくしのほうからお会いしにうかがいます。しかし、その前に、一日だけ、お時間をいただきたいのです」
「一日だけの時間を?……それは、どうして?」
「今回は、わたくしと、供の者たちだけでは、やつらに対抗しうる力が足りません。わたくしの妻にも、戦いに参加してもらうつもりなのです」
「お待ちなさい、扇王様。それは、とてもではありませんが、難しい問題でしょう。暎蓮様は、か弱き女性。戦いに参加するなど、おできになるとは思えません。それは、あなた様とて、よく御存じのはずでしょう。……我が国は、長将軍とその部下たち、それに、曹の『巫覡』たちにも当然参戦してもらうつもりでおりますよ。もちろん、暎蓮様の警護も含めて」
「ご配慮は、ありがたく頂戴いたします。しかし、わたくしは、わたくしの妻にも、この際、王の妻たる者として覚悟を決め、そしてまた、『玉雲国』の『斎姫』として、戦うための『破邪』の力を持ってもらいたいと思っているのです」
「……扇王様、あなた様は……。そ、それで、……その、一日の猶予で、暎蓮様になにをしていただくと?」
 扇賢の無謀すぎる提案に、さすがの矢条王も顔色を変える。しかし、扇賢は、さらに驚くようなことを言った。
「妻に、その一日で、戦いの力を学ばせます。わたくしと、こちらにいる関 王音が師となり、『武術』の基本を、そして、白点 彪から『気』自体の使い方を学ばせ、心身ともに、自らの身を護る法を覚えさせたいのです」
 暎蓮も、その発言を聞いて、驚いた。……扇賢は、たった一日で、自分に『武術』と『術』を教えようとしているのか。
 矢条王も、これはさすがに無理だと思ったらしく、少し困った顔をした。
「扇王様、それはさすがに……少々難しくはございませんか。たった一日だけでは……」
 戸惑いがちに言葉を返す彼に、
「たとえ無理でも、させます。そうしなければ、我らに生き残る道はないのですから。……では、早速、始めます。……闘技場を、お借りできますか、矢条様」
 扇賢は、矢条王の眼を見て、はっきりと言った。
 ……どう見ても、本気としか思えない眼だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。『玉雲国』国王にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。

普段はがさつだが、武術と芸術には強い。単純な性格だが、恨みをあとに引きずらない。生涯の女性は暎蓮ただ一人と決めている。愛刀は『丹水(たんすい)』。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。扇賢の年上の妃で、『玉雲国』の『斎姫』も務める。扇賢に一途な愛を注ぐ。『傾国の斎姫』と呼ばれるほどの美貌で、狙われやすい存在。使う武器は、『破邪の懐剣』。

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。

街の『巫覡』であり、また『術者』。扇賢の街での弟分。温和な性格だが、戦いでは後には退かない。

暎蓮に生まれて初めての恋をする。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。

扇賢のもと・武術の師で、『天地界』中に名を知られた武術家でもある。普段は扇情的な美貌とプロポーションを持った妖艶な女。だが、さっぱりした性格なので、過剰な色気はない。

扇賢から奪った愛刀、『散華(さんげ)』を持つ。夫、子供有。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み